私の仲間たち
見上げていた船の上に何の浮遊感もなく着地するこの瞬間移動は、時短で便利。でも、ちょっと物足りないので、せっかくVRゲームなんだから跳んだ気分を味わおうと、今更ながら「とおっ!」と垂直にジャンプして着地した。これで、波止場から甲板に飛び乗った気分を味わう。
見渡すと、想像以上に広い甲板だ。メニュー表の小さな絵は船を横から見た構図なので、こんなに広いとは想像も出来なかった。甲板では、酒場にいた船員たちが私を見て笑顔で手を振っている。十人いるはずだが、数えると三人足りないのでちょっと焦ったものの、きっと見えない場所で働いているのだろうと解釈する。艦長の私は、最初の印象が肝心だと思って、胸を張って威厳を保ちながら満足そうに微笑み返した。本当は、両手を高く上げて「おーい! みんなー!」って手を振りたい気分だったが。
船の縁まで歩いて下を見ると、波止場でシャルロットが笑顔で手を振っていた。私も手を振り返す。他のプレーヤーの姿が見えないが、みんなクイックモードでプレイしているからだろう。もし、ここにたくさんのプレーヤーが集まったら、彼らの船で港が溢れるはず。港は無限に広くないので、出港できないプレーヤーが出て来るように思うが、実際はどうなのか、今度シャルロットに聞いてみよう。忘れていなければね。なんてことを考えていると――、
「お頭」
背中にビリビリ響く太い声が聞こえてきたので、ギョッとして振り返った。そこには、背が高くて日焼けしたムキムキの男性が腕組みをして笑顔を向けていた。その近くにひょろっとした男性が立っている。半袖で両腕の筋肉を強調するマッチョ系の男性が軽く頭を下げて、
「俺はミゲル。操帆手なら任せな。そして、ひょろいこいつは、操舵手のマルコ。あっちにいるのが測量士のオスカル。今真ん中のマストに寄っかかっている奴は見張りのアントニオ。向こうで顔だけ出しているのが調理人のジョアン。その隣で手を振っているのが修理専門の大工のレオナルド。それと……大砲のところに突っ立っている奴が砲手のドミンゴ。今は甲板にいないけど、調理係のミカエル、砲手のマルコ、サントスがいる」
こんな調子でミゲルが次々と船員を紹介するけど、私は頭がいっぱいになって覚えきれなかった。きっと、しばらくはミゲル以外は顔と名前が一致しないだろうなぁ。
「残りの2隻には、船長代わりにカルロとペドロがいる。操帆手以下は省略な」
そうして欲しい。立て板に水みたいな調子で紹介されても、右から左に抜けていくし、そもそも三十人も覚えられないから。そう思うと、このミゲルの記憶力は相当だ。
酒場にいたとき、単なるNPCのアバターにしか見えなかったが、こうやって名前で紹介されると、不思議なことに親近感が湧いてくる。なんだか、急に身近で頼もしい存在に思えてきた。
でも、私は艦長。彼らに守ってもらうだけではなく、私が彼らを守らなくては!
そう心に誓うと、ミゲルが「ところで、お頭。どこへ行くんだい?」と尋ね、ジッと私を見つめる。私が「ポルトよ」と返すと、彼は「承知した」と答えてマストの下へ走り、帆を上げた。
私はこういうときに航海に必要な道具がいるのではと思い立ち、コートのポケットから六分儀、羅針盤を取り出すと、まだ顔を覚えきれないので誰だかわからないが、それを待っていたかのように一人の若い船員が近づいてきてそれらを私の手から取って持ち場に着いた。彼は測量士の……オスカルだっけ? ついでに、双眼鏡を取り出したら、誰もやってこないので、どうやらこれは私が使うものらしい。
係留に使われていた綱が巻き取られて碇が上げられると、ビューッと風が吹き、3隻の船が一斉に向きを変えて沖に向かって滑るように動き出した。ここで銅鑼の音がジャンジャンなると風情があっていいが、大航海時代にはそんな風習はなかったのだろう。遠ざかる波止場の方を見ると、すでにシャルロットの姿はなかった。
実際は、こんな簡単に船が向きを変えて動くはずがないと思うけど、そんなリアルとの違いなんか吹き飛ぶほど感動的。
――私がこんな大きな船を動かしている!
ゾクゾク、ワクワクが止まらない。こうなると、黙って立っていられず、私は舳先に向かって駆けだした。
背中から強い風を受け、耳元でビューッと音を立てる。髪の毛も服までも風で揺れる演出が凄い。帽子が飛ぶのではないかと気になって、思わず手で帽子を押さえる。
ザザーッという波の音が迫ってくる。寄せる波でわずかに船が上下する。
このリアルこそ、フルダイブ型VRの醍醐味。ゲームだということを忘れてしまいそうだ。
この波は幾重にも重なり、編んだように見える。そこを船の先端が波に切り込むようにして進んでいく。船の後方へ回って見ると、切り込まれた波が斜め方向に白い軌跡を描いて広がっていく。船は少し揺れている程度だが、これから沖に出ると波が高くなって大きく揺れるかも知れない。私は船酔いには強いはずだが、大丈夫だろうか? VR酔いならぬ船酔いに悩まされないことを祈ろう。
私は羅針盤を操っている若者に近づいた。笑顔が爽やかな彼は、私の方を向いて軽くお辞儀をした。
「ねえ。名前は?」
「オスカルです」
やっぱり、オスカルだった。君の名前と顔は覚えたぞ。
「オスカル。ポルトまでどのくらいかかるの?」
「片道で1日はかかると思います」
「い、1日!?」
「ええ。普通ですよ」
私はめまいを起こしそうになった。冗談じゃない。これでは、学校を休まないと終わらないではないか。
「ねえ。もっと早くならないの?」
「無理です。リスボンからポルトまで300キロメートルありますから」
大航海時代の距離はメートル法だっけ? まあ、ここはツッコミなしで行こう。
「この船の速度は?」
「この風の感じなら、最大10ノットも出ればいいです」
CPUの割には、私の問いにちゃんと答える。もしかして、対話に特化した高度なAIが裏で動いているのだろうか?
「いやいや。ノットなんて言われてもわかんないから」
「1ノットは1時間に1海里進む距離です」
シャルロットが海里のことを言ってたけど、忘れた。
「その海里とやらもわかんないから」
「1.852キロメートルです。300キロメートルをずっと最大の10ノットで行けば16時間12分程度ですが、まあ、無理でしょうね。途中で風が吹かなくなりますから、運が良くて平均7ノットってとこでしょう。そうすれば、23時間9分」
「そんな……。海より陸路の方が早くない?」
「それはないですよ。陸路は300キロメートル以上ありますし。1時間に10キロメートル進む馬車だって30時間以上かかります。と言っても、夜通し走る馬車はありませんからもっとかかります。その点、海は断然早いです」
さあ、困った。学校には仮病を使うか……って、ヘッドギアを被って寝ている状態では仮病も使えない。
「私、降りる」
「それは困ります」
「いや、こっちも困るんだけど」
本当は、頭を抱えたり掻きむしったりしたいが、艦長は威厳を保たないといけないので、腕組みをしてごまかした。
何とか時短は出来ないものか? ワープはないのだろうか? えーと……、
(そうだ! クイックモード!)
私は人差し指で画面を表示させ、スワイプでクイックモードのボタンを探す。すると、やっと「クイックモード」というボタンを見つけることが出来た。直ぐさまそのボタンを押すと、画面が消えて、私は一気に宙へ舞い上がった。この時は、どういうわけか、浮遊感があった。
「何、何、何!?」




