船員を雇ってみた
一瞬で、がらんとした造船所から騒々しい酒場へ移動した。この、回り舞台が瞬時に切り替わるみたいなワープには、まだ慣れない。それはきっと、移動する時に体にかかる加速度とか浮遊感が欠如しているからだと思う。
窓のない部屋はかなり広く、壁に掛かっている複数のランプが辺りを照らすが、少々薄暗い。たくさんの丸テーブルには1つずつランプが置かれ、その光に照らされた男性客が四人ずつ座って、木製のジョッキを傾け、つまみを頬張り、賑やかに談笑している。女性の給仕が椅子と椅子との間を器用にすり抜けるように腰を振って歩き、片手に2つないし3つのジョッキを運んでいる。一番奥には、横に長いカウンターがあり、そこにも男性客が横一列になって椅子に座り、こちらに背中を向けている。見渡す限り、空席は見当たらない。
ただ、よく観察していると、客の顔とか動きが何パターンかに、くくれることに気づいた。顔が同じで服の色だけ違うというのがいくつも見えるし、同じ顔の複数人が同時に同じ表情で笑っている。なんだか、動きが同じ双子や三つ子がたくさんいるみたいだ。さすがに、何十人もの顔を全部違うようには描けず、しかも、それらをランダムに動作させることが出来ず、これがゲームでの描画の限界なのかも知れない。
また、全てのテーブルの上に置かれているランプの光の揺れ方が全く同じで、同期しているように見える。このように描画の限界があるのはやむを得ないとしても、酒場の雰囲気は実に良く出来ていて、等身大が動くリアリティに圧倒された。
ここに来る前は、酒場という言葉から想像して、アルコールの匂いやタバコの煙が充満する部屋を覚悟していたのだけど、未成年者への配慮からか、そのような匂いも煙もない。満席なので着席できないのは、お酒を飲む真似をさせないように配慮しているから、というのは考え過ぎだろうか。
興味津々と辺りを見渡していると、左手の袖が引っ張られた。顔をそちらに向けると、シャルロットが私の袖をつまんでニヤニヤしながら「私の船に乗りたい人は集まれー、って声をかけなよ」と言った。
「そんなんで集まるの?」
「集まるよ」
「お給料は? ここで払うの?」
「給料は出港所で払うから、今払わなくていいし」
「何人集めればいいの?」
「まあいいから、声かけてみなよ。どうなるか、やってみればわかるから」
やっぱりチュートリアルを見ておけば良かったと後悔しつつ、彼女に言われるままに「私の船に乗りたい人は集まれー!」と、大声を出してみた。すると、全員がニコニコした顔を一斉にこちらへ向けて、ジョッキを斜め上に持ち上げながら「おー!」と声を揃えた。この腹に響く唱和にビックリして、腰が抜けそうになった。
すると、一番手前にいた一人の男性客が「みんな、飲み終わったら後で行くから、待っててくれよな」と言った。それから、全員がまた談笑を再開した。
「どういうこと?」
私はシャルロットに説明を求めた。彼女は、しばらく私の驚きの顔を見て楽しんでいる様子だったが、解説を始めた。
「本当だったら、今いる客が席を立ってゾロゾロと出港所へ向かうはずだけど、ここの客はずっとこうして飲んだくれているから、動かないのさ」
「それじゃ駄目じゃない。船に乗ってくれないと」
「いやいや。なんて言ったらいいのかなぁ……。僕らがこの酒場から外へ出ると、ここの客はいつの間にか船に乗り込んでいるんだよ。でも、別のプレーヤーがここの酒場に来ると、これと同じ光景を見ることになる。どういう仕掛けかわかるよね?」
やっと意味がわかった。つまり、今見えている酒場の光景をどのプレーヤーにも同じように見せるために、客はいちいち募集の度に席を立ったりしないのだ。「飲み終わったら後で行く」というのは、席を立たないための方便というわけ。
「もし、複数のプレーヤーが酒場にいて私と同じように声をかけたら、同じ光景を見るの?」
「見るだろうね。でも、ほとんどのプレーヤーはクイックモードだから、酒場にこうして来る人はまずいないよ。僕は一度も遭遇したことがないし」
「ここにいる人は、ざっと五十人くらいだけど、あの船を動かすのに足りるの?」
「キャラベル・レドンダだよね。1隻で最低十人だったはずだから、3隻で三十人いれば足りる。あっ、ここに見えている人数は気にしないで。ここより多い百人や二百人が必要になっても一気に集まるから。ただし――」
「ただし?」
「出港所で給料を先に払うんだけど、その時にお金がないと、逃げていくよ。この原理を利用して、三十人のところに百人集まったら、三十人分の給料を払うと、七十人は帰って行くから雇いすぎることはない」
「なるほどね。逆に、三十人のところ、十人しか集まらなかったら?」
「もう一度酒場に行くんだね」
「めんどくさー」
「だから、大型船で小さな港の酒場に行って船員を集めるのは苦労するよ。第一、こんなに客がいないし」
「そっか。ガレオンの時には注意する」
それから私たちは、人差し指で画面を表示させ、「出港所」をタップした。
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