第五話:これでお別れ?
僕は、机の上の日記を開いた。
僕に宛てて書いたのなら、バチも当たらないだろう。
『今日から日記を描きます。
何を書けばいいのか、分からなかったので、お兄ちゃんに聞きました。
お兄ちゃんは、琴音の好きなように書いていいと言ってくれました。
なので、今日あったことを書こうと思います。
お兄ちゃんが、琴音に名前をくれました。
琴音の、琴音だけの名前を。
それが、嬉しかったです。
また、書いていきます。
お引越し、完了しました。
クッションやシーツなどを取り換えます。
お兄ちゃんは、詞音さんの分を押し入れに入れておこうと言いました。
賛成です。別に、見たくないからじゃありません。
琴音が使って使い物にならなくなったら困るので、いつか来るお別れの時まで、押し入れで待っててもらうんです。
お父さんがやって来ました。
なんだか、目を合わせるとチクチクします。
だって、お父さんが見てるのは琴音じゃないから…。
ごめんなさい。琴音が詞音さんじゃなくて、ごめんなさい。
お兄ちゃんが、高校に合格しました!
あっぱれ!おめでたいです!
お赤飯を食べました!
もちろん、琴音も手伝いました!
炊飯器のスイッチを押しましたよ!
お兄ちゃんが、バイトを始めました。
生活費の足しになるから、だそうです。
先輩も優しいそうなので、安心です。
女の人らしいので、お鼻が伸びてないか心配ですが…。
でも、帰りが遅いので少し寂しいです。
明石と一緒にお家で待機です!
ペンギンさんのDVDを買ってきてくれました!
初のお給料です!
お兄ちゃんは、もう立派な大人さんです。
…琴音は、このままでいいのでしょうか?
ペンギンさんは、強いです。
後ろに歩きません。
だから、琴音も頑張ります。
お兄ちゃんに、少しずつ勉強を教えて貰っています。
お兄ちゃんの料理は美味しいです。
琴音には到底真似できません。
コツは、レシピ通りに作ること。
お兄ちゃんが言ったのはそれだけでした。
それだけで美味しく作れるなんて…凄いです、お兄ちゃんは!
お兄ちゃんがピンチだと思ったら、違いました。
どうやら、同級生の方が隣に引っ越してきたようです。
その人の名前は、白昼夢さん。
白昼さんのご飯は、懐かしい味です。
誰の味か、分からないけど、涙が出ました。
他にも、色んな恥ずかしいところを見せてしまいました。
でも、あの人と一緒にいると、落ち着くのは何故でしょう?
大変です。お兄ちゃんが二人目の女の子を連れてきました。
これは…小説に書いてあった修羅場というやつでしょうか?
大変です、お兄ちゃん殺人事件です!
と思ったけれど、そうはなりませんでした。
彼女の名前は魚住志穂さん、お兄ちゃんの後輩さんです。
とっても優しい人で、髪を切って貰う約束をしました。
大大大ニュースです!
カラフルパレットのモミジさんが来てくれました!
琴音もおもわず外に出てしまいました!
それくらいに大ニュースなんです!
サインもくれて、とってもいい人です!
誕生日、琴音に皆がプレゼントをくれました。
どれもこれも、嬉しいものばかりです!
優劣なんてつけられません!
皆さん、ありがとうございます!
今日は、白昼さんとお兄ちゃんと一緒に外に出ました。
夏祭りに行く練習です!
お二人といたらなんだか安心します。
浴衣まで貰えました。
感謝、感謝です!
お兄ちゃんに彼女が出来ました。
嬉しいです!心の底から嬉しいです!
お兄ちゃんの幸せは、琴音の幸せ。
だから、悲しくなんてないです。
それに、相手は魚住さんです!
琴音にも優しくしてくれましたし、お似合いの彼女さんです!
それに、夏祭りもとても楽しかったです!
豊岡さんに、お兄ちゃんに内緒で花火大会のステージに上がって欲しいと言われました。
魚住さんも一緒です。
きっと、お兄ちゃんは喜んでくれます。
琴音のアイドル姿を見たら、お兄ちゃんもおかしくて笑っちゃいますかね?
やっぱり、お兄ちゃんは笑ってくれませんでした。
本当に笑うのは、詞音さんの前だけなのかもしれません。
でも、花火は綺麗でした。
その後、琴音はお兄ちゃんに酷いことを言ってしまいました。
自らの過去の苦しみなんて何も分からない琴音が、説教なんてする資格ないのに…。
ごめんなさい、お兄ちゃん。
生まれて初めて海をこの目で見ました!
透き通る青、どこまでも続く水平線…なんだか、世界の果てまで続いてそうです!
お兄ちゃんは、こんな風景を毎日のように見ているのでしょうか?
だとしたら、とても羨ましいです!
今日は、なんだかいっぱい泣きました。
生まれて初めて、お母さんに会いました。
なのに…、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになって、泣いちゃいました。
白昼さんがお母さんだなんて、ビックリしました。
そんな薄っぺらい感情しかありません。
今まで一度も会ったことなんてないんですから。
お兄ちゃんの高校に行きたいです。
理由は、詞音さんのことを知らない人が多そうだから。
それに、同じ高校に行けば、お兄ちゃんみたいにかっこよくなれるかも知れません。
お兄ちゃんは、琴音の理想ですから。
須磨さんに会いました。
なんだか、霧が少し晴れたような、そんな感覚です。
琴音には、もう時間が無いのでしょうか?
お願いです。もう少し、琴音に時間をください。
今のままで詞音さんと入れ替わると、悲しませてしまいます。
お母さんと詞音さんを守れなかったと今悲しんでいるように。
琴音は、お兄ちゃんに胸を張って欲しいんです。
だから、目標を口にしました。
そして、それが全部達成できたら、お兄ちゃんは胸を張れると思います。
琴音の力になってあげたって。
お兄ちゃんは、まだ気がついてないんです。
だから、もう少しだけ。
今日は、お兄ちゃんと水族園に行きました。
なんだか、カップルみたいで少し恥ずかしかったけど、お兄ちゃんとならむしろ嬉しいです!
それに、ペンギンさんにも会えました。
琴音は、もう満足してしまいそうです。
でも、まだです。
まだ、高校に行けてませんし、中学校にも登校してません。
だけど…、もう、長くないんでしょうね。
最後です。今日でこの日記も終わりにしますね。
ありがとうございます、お兄ちゃん。
沢山のものを貰いました。
悲しいこともあったけど、それでも、琴音はお兄ちゃんと過ごした日々が宝物です。
一日一日が、宝石のように輝いています。
どうか、泣かないでください。
そして、笑顔で詞音さんを迎えてあげてください』
琴音の日記の最後のページは、文字が滲んでいた。
僕も泣いてしまったが、僕の涙ではない。
琴音も、泣いてたんだ。
でも、琴音は望んでいる。
笑顔で、詞音を迎えることを。
だから、袖で涙を拭い、歩き出した。
後悔が無いわけじゃない。
でも、それも琴音が残してくれたものだ。
これも、抱えて生きていく。
すると、家の電話に公衆電話から電話がかかってきた。
誰だろ?
『おそーい!』
思わず、受話器を耳から遠ざける。
不満たっぷりの声で話しかけてきたのは、詞音だ。
「ごめん、お金持ってきてなくて、家まで取りに帰ってる」
『そっか、なら仕方ないや…、早く来てね。お兄ちゃん』
「うん、分かっ…た…」
その次の瞬間、僕は目を疑った。
そう、例えるなら、鳩が豆鉄砲を食らったような顔というやつをした。
なぜなら…。
「お兄ちゃん?」
『お兄ちゃん、どうかした?』
何故か、琴音と詞音同時に存在していたからだ!
『ちょっと、お兄ちゃん!?』
その声も僕には届かず、琴音は呆然としている僕を不思議そうに見つめた。




