決意と別れ
すみません、まだ主人公の名前は出ません。次こそは
公務員にも残業はある、それもサービス残業ってやつだ
民間の人が聞けば何を今さら言ってんだと思うだろうけど、僕は勤める前は市役所員は定時に帰れる気楽な仕事だと思い込んでいたから勤め始めて早々それはもう驚いた。
そのくせ極一部の職員は朝から定時まで市民の見えないところで将棋や囲碁やらやって暇そうにしているんだから僕らの士気は下がる一方、だからといって市民の皆様にたたかれないようにコツコツ真面目に働くのだ。
そうして今日も残業を終えて帰ろうとしたとき、同僚の一人が会議室のドアの前で妙なことをしている。まるで盗み聞きをしているみたいだ。
時間は午後の7時間をまわっている、こんな時間に残っているのは僕みたいな一部の下っぱ位だし会議室を使うなんて今日の予定表にも書いて無かった。
なんとなく気になり近づいて行ったら、彼もこちらに気がついたのかギョッとしたように驚いた。
それでも音を立てないようにシーって人差し指を口にやりながら僕を招き寄せる。
なんか面白そうだ
サバイバルゲームでつちかった忍び足で僕もドアに聞き耳を立てる。
まさかこんなところで誰かが逢い引きでもしているのかな、ちょっと下世話な好奇心に期待をした
始めは複数の男の声にがっかりしつまらなく思ってすぐに帰ろうとしたが、会話のなかに聞き捨てならないワードを拾ってしまった。
そばにいる同僚の真剣な顔を見て間違いないと分かった。
これって公共工事の談合じゃないか
中から「それでは今日はここまでということで、金曜日に改めて入札額を皆さんで話し合って決めましょう」
うわ、出てくるよ
慌ててその場から逃げ出そうと思ったら同僚の姿は見当たらなかった。
完全に気配を殺してさっさと逃げやがったな
なんとか見つからずに逃げ出せたけど、まさかこんな身近でニュースで見るような事件に出くわすとは
帰りの電車のなかで悶々としていたらいつの間にか寝てしまった。
「よう、久しぶりぶりだな孫よ」
懐かしい声にびっくりしたけどじいちゃんだ。
じいちゃん、何でこんなとこに居るの、そういえば僕は電車に乗っていたはずだけど
まさか電車が事故って僕は死んじゃったのか、それでじいちゃんがお迎えにきたのか
「んー、迎えっていえばお迎えになるんかな」
腕を組んで小首を傾げるじいちゃん。
やっぱり死んじゃったのか、でもまだ逝きたくないよ、サバイバルゲームの定例大会も近いし打ち上げのバーベキューも皆で食べたかった、マサさんとこの子供も連れて来るって言ってたから会ってみたかったし、アパートにあるエアガンも両親に捨てられちゃうんだろうな、会社がなくなってもう生産していないお宝もあるのに、せめて遺言でものこしていたらマサさんなり革ジャンにでも託せたよ
いや、どうせ職場に行かなくなるなら談合のことを世間に暴露してやればよかった
「そうか、良いも悪いも含めてまだまだこの世界に未練があるみたいだな」
頭を抱える僕にじいちゃんはニヤニヤと笑みをうかべて言った。
信長だって人間50年て舞っていたのにこの年で死にたくなんかないよ
あいつ何だかんだ波乱万丈の戦国で49歳まで戦い抜いてたんだよ
のっぺり平坦な人生の僕が31歳って悲しすぎるよ
「ならば最後に一波乱起こしてみるか」
ニヤニヤ。
は、今なんておっしゃいました、最後もクソも人生終わったんですが
「まだ死んじゃおらんよ、早とちりするな」
さっき自分でお迎えにきたって言ってたじゃん
息をひきとる瞬間まで大丈夫だったのに死んでからボケちゃうなんてあんまりだよ
「ボケちゃおらんよ、この小わっぱが」
大丈夫、生まれ変わるまで僕が側にいて面倒みるから一緒にあの世で暮らそうね
「だから違うと言ってるだろ。お前はまだ生きているし、迎えと言ってもあの世じゃなくて別の世界だ」
大変だ、ボケどころの話じゃないよ。じいちゃんはそっち系の人じゃなかったのに、あの世で何があったんだ
じいちゃん、気をしっかりとして
「まだ若いくせに頭が固いな、以外と父親に似ていたのか」
失礼な、あの堅物親父と同じにするな
「だったらワシの話を聞け」
もちろん聞かせていただきます
「話の腰を折られたくないから要点だけいうぞ、ワシはいまこことは違う世界に生まれ変わっている。地球じゃないとかこの宇宙の別の星でもない、全く異なる世界だ。そこで精霊として神に仕えているんじゃ」
ほほう、なんとも壮大な話だね
「そこはまるでお伽噺のような、ここから見れば幻想的な魔法の世界だ」
ま、魔法ですか
「まだ見ぬ未開の地も多く、そこでならお前の能力も遺憾なく発揮できるだろう」
「魔法と冒険のワクワクする世界だぞ、行きたいとは思わないか」
「あ今すぐ決めろとは言わんよ、片道キップだ、この世界との縁を絶つことになる」
片道分だけなのか
「4日後の新月の晩に道が繋がる、向こうとこちらの因果率だの星の配置だの複雑すぎてワシにも理解できないがチャンスは1度とおもえ。日本は良い国だ、ここで平穏に暮らすかあちらで冒険の旅にでるか。好きな方を選べ」
じいちゃん
「これがただの夢でない証拠として記念品を渡しておこう。ちなみに孫の夢枕に立つくらいなら年に数回はいけるがな」
さすがは僕のじいちゃんだ、生まれ変わっても魂は変わらないね
わははは、って豪快に笑うじいちゃんの姿が空気に溶ける様に消えていった。
そして僕の降りる駅のアナウンスが何処からか聞こえてくる。
起きないと
目を覚ました僕の手の中にはアポーツで呼び寄せられない見知らぬ木製の指輪があった。
ただの夢じゃない、本当なんだ
ならば僕はちゃんと選ばないといけない、人生で最初で最後の最大の選択だ
期限は4日後、つまり金曜日の夜
その日は確か、あれがある日
もうこれは運命じゃないのか、だったら決まりだ
この世界で最後の、いやこの世界の僕の人生最高の一波乱
やってやるさ




