バースト
そろりそろりと忍び足。
カラスを一羽担ぎ上げ狼達の方へと僕は向かった。
奴らを刺激しないように何気ない素振りで口笛を吹きつつ、君たちに気づいてなんかいませんよ的なごく自然な動作でだ。
狼と視線を合わせないように明後日の方を見ながら畑から10メートルは離れた草むらにカラスを下ろした。
がさがさっ
ヒイッ狼が動いた!
「止まるな銀城。さっさとカラスをバラせ」
「落ち着いてゆっくりとやればいいんだよ」
「めんどくせえからこのままダァーって駆け寄ってやっちまおうぜ」
離れたとこで僕を見守る3人が声を押さえながら指示を出す。
出来れば意見は統一してからの方がいいんですが。
ガルルルー
最後に言った馬鹿の声で狼達が興奮している。TPOにあった声色があるだろ。
思いきり怒鳴りやがって。
「銀城早くやれ」
「狼を刺激しないように落ち着いて」
「俺に殺らせろ」
ガルルル
みんなやめてよ、僕パニクりやすいんだから。
とにかくカラスを解体しよう。
魔獣製のボディーアーマーの右胸に取り付けたアーミーナイフを引き抜く。
前に戦争映画で見た特殊部隊がナイフの先端を上に向けてタクティカルベストに装備してたのを思い出して真似して見たけどナイフが抜きやすくていい感じだ。
鞘にしまうときは刃が上向きで怖いけど。
カラスの解体は売りもんじゃないから適当に腹を裂いて内臓をばらまけばOKなはずだ。
ザクッ、ドロドロー
血抜きもしないで一晩中ほっといたから生臭くて血がドロドロだよ。
コレじゃブロンでも臭くて食べらんないじゃないかな。
初めての狩りの時の大トカゲは肉を1ブロック貰ってみんなで焼いて食べたけど狩ったその場で処理したから臭みもなく鶏肉みたいで美味しかった。脂身は変わった感じで気持ち悪かったけどブロンにあげたら喜んで食べてた。
いやいや、現実逃避はダメでしょ。狼の目と鼻の先でボーッとしてたら死んでしまうじゃん。
僕は二の腕まで血にまみれながらカラスの内臓をぶつ切りにして周囲にばらまいた。
血と糞尿の臭いで吐きそうだ。
早くこの場を離れて水で洗い流したいよ。
撤収だ。
みんなが待ち構えてる場所に戻ろうと体を向けると3人の様子が変だった。
マギさんは両手を上下に振って、伏せろ?それとも落ち着けか?
ダニロさんは右手を回して……ベースコーチか?ランナー進塁かな?
ブロンは顔を青ざめて頭の上でバツ印、意味が分からん。
とにかく戻ろう。
一歩踏み出そうとしたら、
グイっ
逆に背中を引き戻された。
背中に背負ったリュックが重い。
僕の場合、私物は自分の特異能力のアポーツとテレポートがあるから基本的に荷物は無い。それでも一応水や食糧等を多少リュックに入れて持ち歩いている。仲間の荷物を預かったり薬草や臨時の獲物をしまうこともあるが今日は村と畑の往復だけだから1リットルの水筒しか入っていない。
はずなんだけど。
「なんだなんだ?」
よく後ろが見えない、何かがリュックにぶる下がってるみたいなんだけど。
フシューフシュー
は、鼻息かな?すごいヤバい気がビンビンする。
それだけじゃない、ものすごい数の生き物の気配が山の方に集まってる。
5,6匹じゃない桁が違う。
終った?
「銀城、荷物をゆっくりと下ろしてそっと戻ってこい」
「まだ大丈夫、絶対に走ったらダメだ。刺激しないようにゆっくりと歩いてくるんだ」
「焦るなよ、骨も残らねぇぞ」
あのブロンまで声を押さえてる。本気でヤバいんだ。
リュックに噛みついてるらしい狼に用心しながらそっと肩紐を外していく。
フゥフゥフゥ
その鼻息止めてください。
左右の肩紐から腕を抜きリュックを下ろすと狼がそれをくわえて群れのいる山の方に引きずって行くのを感じた。
振り返っちゃダメだ。今振り返って奴等と目が合ったら…
前方でダニロさん達が思いおもいに手を振ってる。今度は分かった。皆バラバラだけど早く戻ってこいってことだよね。
慎重に、焦らず、その上で最速に一歩一歩進める。気分は平均台を歩いているみたい。
草むらを抜けて畑まであと少しというところで左足がズッシリと重くなった。
見なくても理由はわかる。
僕の履いてるブーツは脹ら脛の真ん中ら辺の高さまで、そして重いのは丁度その辺り。
「銀城、ブーツを脱げ」
「レッグガードごと外すんだ」
確かに僕の足にはブーツの他にレッグガードも着けてますけど無理です。
「ダニロさーん、牙が脹ら脛に刺さってまーす!」
痛いのと情けないので泣きそうです。
レッグガードはカマキリの外殻のプレートを仕込んであるけど脛の部分だけなんです。
狼の牙が刺さってるって考えただけで吐きそうだ。
「銀城、やっちまえ」
ブロンが叫びながら剣を振りかざして駆け寄って来る。
ダニロさん、マギさん、ごめんなさい。この状況に耐えられません。
「うおぉー」
僕は雄叫びをあげながら左手にナイフを持ち変え足に噛みついている狼の首にそれを突き立てた。
首を刺された狼はビクンと体を痙攣させて僕の足を解放した。
もう後には引けない。
「ちくしょう、やってやるぜ」
「行くぞマギ!」
「分かってるさ」
二人の声を聞きながら僕はナイフを捨て右手にHK社のMP7を左手にベレッタ社のM93Rをアポーツし振り向きざまに狼達に撃ち込んだ。
狼との距離は20メートルはあったからこの切羽詰まった状態で一匹一匹狙うなんて無理なはなし、両手の銃はフルオートの連射モード。
右手のMP7は牽制を兼ねた雷魔法の魔玉、当たれば感電だし外れても地面や障害物に当たって派手に雷光が弾ける。
左手のM93Rは草魔法の魔玉が装填してありそこらの雑草に当たるを幸いに魔法で蔓のように伸びた草が狼達を絡めとる。
阿鼻叫喚とでもいうべきか、電撃で麻痺し涎を垂らしながらぐったりと倒れ、蔓に巻かれ首や足を吊り上げられた狼達の死屍累々。
まだ生きてはいるからキャンキャンと鳴き声がこだまする。
全弾撃ち尽くすまでに3,40匹に増えていた狼の群れの7割かた押さえることが出来た。
なんたるまぐれ、上出来すぎるでしょ。
指揮系統が混乱したためか襲うでも逃げるでもなくうろつきながらただ吠える狼達。
そして駆けつけたダニロさん達によって残った狼の掃討と僕が押さえた狼達の止めが手早く行われた。
その間、僕はザックリやられた脹ら脛の痛みと傷口のエグさに吐き気を堪えていた。
「なんとか終ったな」
剣を肩に担ぎダニロさんがため息をはく。
「狼は喰えねえよな」
ホントにこいつはそればっかりだな。
「ブロン、カラスも血抜きしてなかったから物凄い血生臭さだったぞ」
僕は血が抜けて貧血気味だけど。
「次は旨いもんを狩ろうぜ」
「キューキュー」
ダニロさんのフードから飛び出したジンがパタパタと前ヒレを使い僕の周りを飛び回る。
「心配してくれるのかジン」
「キュー」
「ありがと、大丈夫だよ」
ジンのつぶらな瞳で見つめられているとなんだか痛みが和らぐ気がする。
「先ずは銀城の手当てだな。終わったら狼をカラスと一緒に荷車に乗せて引き上げだ」
「狼は俺とダニロでやっとくからマギは銀城の手当てをやっといてくれ」
「分かったよ」
了解したマギさんが弓を肩にかけて僕の足の傷を見るためにしゃがみこんだ。
「ちょっと痛いだろうけどレッグガードとブーツを外すよ」
装備を止めていた紐にマギさんが手をかける。
「あうっ!」
ズッキーンてきた。ちょっとじゃないですよ、我慢しますけど。
「深いって程でもないね、ブロン消毒用の酒は飲んでないよね」
「あんな味も無い酒なんか呑まねえよ」
「良かった。それじゃあ持ってきてくれ」
「……半分しか無いけど足りるよな」
半分も飲んだのかよ。
「足りるが……ダニロ、今度から私が持つことにするよ」
「あぁ、二度とブロンには任せん」
ブロンから酒の入った銅のスキットルを受けとるとマギさんは無慈悲に傷口を押し広げて酒を注ぎ込んだ。
「はうっ!」
ぐぅ、この感想は言葉では言い表せない。
「反対側もね」
ノォー!
パニックしかけている僕を無視してマギさんは手早く包帯を巻いていく。
「マギさん、もっと優しくして」
「どうやっても痛いんだからさくっと終わらした方がいいだろ」
そうかもしれないけど何かやだ。
「キューキューキュー」
「ジンもそう思うよな」
いつの間にか肩にとまっていたジンにマギさんの非道さを訴える。
「キューキュー」
様子がおかしいな。ジンは山の方を見つめしきりに鳴き続ける。
「マギさん、ジンの様子が……」
おかしいとマギさんに言おうとしたその時。
「全員気をつけろ。来るぞ!」
マギさんが山を睨み警告してやっと僕も分かった。
何か大きなモノが木々をかき分け猛スピード山を駆け降りてくる。
「ちょっと待って、僕動けませんよ」
どうしようとすがるようにマギさんを見る。
「数は3、いや2匹。俺とブロンで止める。マギは銀城を守りつつ援護しろ」
「よっしゃ、猪か鹿来い」
「マギさん、落石とかじゃないですよね」
「それはないね」
ですよね。タッタッ、タッタッて足音が聞こえるもん。
マギさんは油断なく弓をつがえる。
僕も弾を撃ち尽くした銃をテレポートしスパス12ショットガンをアポーツして構える。3発同時発射のこのエアガンにはジンにチャージしてもらった風の衝撃魔法の魔玉を込めている。
ストッピングパワーは手持ちの中では一番だ。
次が雷魔法で決まれば一番なのは草魔法だが発動から効果が出るまでの時差がネックで動きの早いヤツには難しい。
そんなことを考えているうちに山を駆け降りてきたモノが姿を現した。
シロクマ?動物園で間近にみた北極熊を思わせる白い狼が2匹、木々の間から飛び出してきた。
「ま、魔獣か」
2匹の狼は飛び出した勢いのまま迫って来ると一匹はダニロさんとブロンを牽制するように横に回り込む。
全長3メートルはありそうな巨大狼だ。ダニロさんたちはとっさに二人で対峙する。
そしてその隙にもう一匹が反対側から僕めがけて飛びかかってきた。
マギさんの放った矢が肩口に刺さるがそれを無視して牙を剥き出しにして襲いかかる。
僕の理性が銃を撃つより、本能が逃げようと体を支配し動かした。
しかし痛めた足が思うように動かず迫る攻撃から逃げ出せなかった。
狙いは僕の首だ。ボディーアーマーに襟も付けてあったけど首全体をがっちり守ってはいない、剣の鍔のように肩に受けた攻撃が滑って首に行かないようにするためのちょっとしたストッパー程度で今の状況だとガブリとやられてしまう。
まずいと思ったが人間の防衛本能はスゴい。思うより先にアームガードをつけた左手で首を守ろうとしていたよ。
アームガードは鉄板入りだけど腕の内側はただのなめし革だからガブリときたら痛いんだろうな。
あぁ、狼の牙が迫ってきた。
呆然とその瞬間が来るのを見ていた僕の肩から噛まれる寸前にパシュっと風が吹いた。
そして鮮血が飛び散る。
何か見えないハンマーで殴られたように頭を弾かれた狼は口や鼻から血を撒き散らし、僕とマギさんのすぐ横を通り抜けていった。
何が起こったんだ。
呆けている僕にマギさんの声が聞こえた。
「スゴいぞジン。よくやった!」
ジン、ジンの魔法か!
「キュー」
僕の頬に頭を擦り付けながら嬉しそうに鳴くジン、やっと僕は助かったのだと気がついた。
「ありがとジン」
「キュー」
「銀城、まだ終わってないぞ」
そうだった。
巨大狼はジンの魔法で脳震盪でも起こしたようでフラフラしていた。
その無防備な狼の腹にショットガンをバシュッ撃ち込む、当たった3発の魔玉はその瞬間に風の衝撃魔法を発動し皮膚から筋肉そして内臓に衝撃波を伝える。
ゲフッ
狼は口から大量の血を吐き出し崩れ落ちた。
「ジンの風の魔法は大したものだね」
「はい、ジンが味方で本当に助かりました」
肩に止まっているジンの頭を指先でコリコリと撫でる。
「クウクウ、キュー」
魔法はとんでもないけど癒されるな。
「あっちも終ったようだね」
もう一匹も丁度終わったとこだった。
ダニロさんの盾に噛みついた狼の首を横からブロンが断ち斬っていた。
「多分この二匹の魔獣が狼達のボスだったんだね。これでさすがにおしまいだろ」
マギさんはやれやれと肩をすくめる。こうゆうポーズが似合うのが時々妬ましい。
「結局全部喰えないヤツばかりじゃねえか!」
ブロンはウガァーと天に吠える。
「そう腐るな。最後の狼の魔獣は毛並みもいいし高く売れるだろ。町に帰ったら宴会だ」
「流石ダニロだぜ。肉喰うぞ肉」
「それより僕の足の治療が先ですよね。うっぷ、ぎもぢわるぐなっでぎだ」
痛み止と安定剤が欲しいよ。
「ダニロ、ブロン、急いで撤収の準備だ。急げ」




