はつたいけん
イノシシの魔獣が畑に現れたのは
四日目の深夜だった。
その晩はダニロさん、マギさん、僕の3人は馬屋で交代しながら畑を見張っていた。
ブロンは絶賛腹下し中だ。
最初にダニロさんが見張りをしていて、そろそろ僕が代わろうかと思ったときダニロさんが何かに気がついた。
ダニロさんの横から窓を覗くと半月が照らす薄明かりに何やらガサガサと地面を掘る影が見える。
ハッキリと分からなかったので暗視スコープをアポーツした。
電池式のおもちゃのような暗視スコープだけど、それを通して見ると確かにイノシシだった。しかし固定倍率で対比物のない畑の真ん中にいるから大きさが実感できない。
前に動物園で見た豚よりは大きい気はするけど。
スコープをテレポートして今度はゴルフとかでも使われるレーザーレンジファインダーをアポーツして距離を測る。
距離は62メートル、エアガンも魔法も射程外だよ。
「マギ、銀城。この距離でやれるか」
ダニロさんが聞いた。
「僕はこの半分まで近づかないと無理です」
「私はギリギリだね。あれの皮膚がどれくらい厚いかが問題だよ」
ダニロさんはちょっと考えると僕らに指示を出した。
「俺は右から回り込む、銀城は左から行ってヤツを挟む。マギはもう少し近づいたら俺達が位置につくまで待機だ」
イノシンは神経質とかいってたから下手に動くと出すと逃げられないかな。
「野生の獣は臆病な小動物でも以外なくらい食事を優先するんだよ。特に逃げ足に自信のあるやつはギリギリまで食べようとするね」
そういや、時折首を上げたりして警戒しながらも草を食むガゼルとかテレビの動物ドキュメンタリーで見たことがあったような。
「安心しろ銀城、ヤツは神経質だが一度興奮させれば目の前の敵を仕止めるまで追ってくるぜ」
イノシシ怖い、どこが安心なの。
「ここで逃げられると警戒されて次にいつ来るかわからなくなるんだよ。そうなったら面倒だろ」
分かりましたマギさん。餌だろうが囮だろうがとにかく今晩中にかたをつけないといけないんですね。
「俺達で挟み込んでマギの弓でヤツの闘争心に火をつける」
完璧だぜとダニロさんは歯をむき出しにして笑ってるよ。
仕方ない、僕も覚悟を決めて行くか。
自分の剣の柄に手を置き深呼吸する。
「あっ、そうだ。イノシシが突進してきたら寸前でかわすんだよ。早すぎると向こうも修正するし遅すぎたら、アレだから」
アレって終わりってことですよね。
「イノシシの突進なんて単純なもんだ。一目でタイミングをとれるさ」
ダニロさんは簡単に言いますけど、それはスパルタですか、ゆとりですか。
「マギ、射る前にランプで合図しろ。そんじゃ逃げられる前に行くぞ。」
了解っす。
ダニロさんは足音もたてずに闇の中を進んで行く。
僕も反対方向へ注意しながら回り込むがイノシシは時々こちらに顔を向けて様子をうかがうそぶりをみせる。
野生の獣を相手に僕程度の忍び足は通用しないみたいだ。
それでも距離があるからか今のところイノシシに逃げる気配はない。
地面に落ちてる小枝を踏んでパキパキやっちゃってるんだけど、僕と違って神経太いんだね。
この辺でいいかなと足を止めてイノシシの方を見る。
50メートル位先にイノシシの姿が、さらに向こうにはダニロさんが掲げる剣が月明かりを反射して白く浮かび上がるのがわかる。
僕も剣を軽く振って位置に着いたことを知らせる。
トランシーバーを渡しとけばよかったと今になって気づいたよ。
マギさんにどうやって知らせようかな。
どうしようかとマギさんの姿を探していたら暗闇にランプの灯りが円を描くように振られるのが見えた。
マギさんも確認できたんだね。
今度は反対回りに2回灯りが回されて見えなくなった。
いよいよですね。
僕は何時でもいけるように剣を構える。
ランプの灯りでイノシシが警戒していたが、しばらくたつと畑の作物をボリボリと食べ始めた。
その様子をうかがいながら僕は気を落ち着かせようと呼吸を1つ2つと数えたときシュバッという微かな音と共に、闇を切り裂く矢の光の筋がイノシシに吸い込まれるのを見た。
「ブギュー」
直後、イノシシの悲鳴がこだました。
ナイスショット。
「うおー」
ダニロさんが剣を振り上げながらイノシシめがけて走り出す。
うわっ、ビックリした。新しい魔獣でも出たのかと思ったよ。
「かかってこいや」
ダニロさんはその巨体に似合った大声でイノシシを挑発する。
いかん、今回は僕もアタッカーなんだった。
僕もダニロさんに負けじと大きく息を吸い威勢よく叫んだ。
「こっちだ、豚野郎。来やがれ」
注意、豚野郎はオークの人達への差別用語なんだそうです。後でマギさんに注意されました。
僕も叫びながらイノシシに駆けていく。
「うわー」
気合いを入れたつもりが声が裏返っちゃったよ。
イノシシは近づくダニロに対峙するように構えていたのでこちらに尻を向けている。
ラッキー、残りの距離は20メートルかな、声を押さえ無防備な背中に奇襲をかけることにした。
あと10メートル、ここまで来てやっとイノシシの非常識なバカでかさが分かり気後れしてしまった。
荷車に載ったドラム缶ていえば想像つくかな。
だって牛くらいあるよ、尻尾が胸元の高さにあるんだよ。
大型バイクよりデカくて軽自動車より小さい感じ。
どこに切りかかればいいのさ。尻を刺すの、怒って後ろ蹴りされたら一発で骨がバキバキになるよ。
ボウボウの毛に覆われたデカイ尻に僕の剣が通用するの?
今すぐ引き返したい。
ところが僕の勢いの鈍った足がちょうどよく乾燥した小枝を踏み折った。
パキン
その瞬間イノシシが振り向き目があっちゃった。
さっきまでバキバキ踏んでも気にしなかったじゃん。
「ブモー」
咆哮と共にイノシシは僕に狙いをさだめて突撃してくる。
迫ってくる大きく開いた口に長い牙に腰が引ける。
ひいっ、とっさに左手のアームガードで胸元を庇いつつ左に待避した。
闘牛士の足元にも及ばないへっぴり腰でなんとか直撃はかわしたが、イノシシのでっぷりとした脇腹をアームガードが掠めて体をもっていかれた。
ギュルンと一回転しながら弾き飛ばされる。
げふっ
昔大型バイクのミラーではねられた事があったけどこんなに衝撃は受けなかったぞ。
地面にうつ伏せに叩きつけられた。
全身から血の気が引き代わりに冷たい汗が流れる。
ドクンドクンと心臓の鼓動が頭に響く。
僕、生きてるよね。いや、生きてるのはわかるけど手足はついてる?怪我は?
「バカ野郎、さっさと起きろ」
上の方からダニロさんの怒鳴り声が聞こえた。
地面に伏せた僕の視界を横切るように走り去るダニロさんのブーツが見える。
やばい、起きなきゃ。
近くに落ちていた自分の剣をつかんで慌てて起きる。
走るダニロさんの方を見ると、プギプギと鳴きながらもがくイノシシがいた。
その体には何本か矢が刺さっていた。
そこに斬りかかるダニロさん。
さすがベテランハンター、もう僕の出番ないんじゃないの?
ちょっと気が抜けた僕は自分の体の具合を確かめる。
あれ、どこも痛くないな。
アームガードの下の腕に痺れはあるけど無事だね。骨の2,3本はいったかなと思ったけどよかった。
地面がふかふかの畑だったし作物もニンジンか大根かわからないけどそんな感じの葉っぱが生えていたから怪我しないですんだみたいだ。
これがカボチャとかだったらアザだらけになってたよ。
「銀城、そっち行ったぞ」
ひいっ、
ダニロさんに斬られて血まみれになっていたイノシシが僕に向かって突進してきた。
体に刺さった矢の数も倍になってまるで牛サイズのヤマアラシだ。
こえーよ。
「かわしざまに斬れ」
ダニロさん、そんなん無理です。
そうしている間にもイノシシは迫ってくる。
ヤバイ、とりあえずかわす事だけ考えよう。
「斬れ」
体は逃げようとしていたが、剣の修行中さんざん聞いたダニロさんの怒鳴り声で無意識に右手が剣を振りかぶる。
「斬れ」
体をさばいた瞬間イノシシの無防備な側面に剣を叩きつけた。
「プギー」
イノシシは悲鳴をあげながら僕の前を走り抜ける。
「銀城」
愉しげにダニロさんが僕の名前を呼ぶ。
やった?出来たよ。
「うおー」
僕の口から雄叫びが飛び出した。剣を持つ右腕がカッと熱くなる。
いける、剣で戦えるぞ。
見るとイノシシはズザザーと減速しながら再び僕に向き直ろうとしていた。
僕は剣を構える。
この感触を忘れないうちにもう一度きめてやる。
その場で地面をガツガツ蹴りながら僕を睨むイノシシ。
「来い」
「ブモー」
イノシシが走り出した。
迫る巨体を見つめながら剣の柄を握り直し。避けたら斬る、避けたら斬る、避けたら斬る、それだけを考える。
近づくイノシシ。
避けたら
僕は剣を振り上げながらイノシシの側面に回ろうとした。
だがイノシシは僕の動きに合わせるようについてきた。
ヤバイ
早くにかわしすぎた。
イノシシの牙がスローモーションのように下から僕の首もとめがけて突き上がるのを感じた。
とっさにアームガードを盾にしながら振り上げた剣をイノシシの顔に降り下ろす。
ガキン
剣の根本と牙がぶつかり衝撃で剣は僕の手から飛んでいった。
イノシシもそれで牙の狙いがそれたのか豚鼻がアームガードと思いきりぶつかり合った。
吹き飛ばされる僕。
この一瞬がスローに感じたのは地面に叩きつけられるまでだった。
げふっ、またかよ。
衝撃が全身を貫いたが今回はパニックにはならずにすんだ。
痛いけど怪我はない、受けた腕も動く。
素早く起き上がるが剣が無い。辺りを見回しても暗くて何処に落ちたのかわからない。
まずい、場所が分からないとアポーツも出来ないよ。
そうだ、イノシシはどうなった?
「プギー」
イノシシは僕を突き飛ばした場所から動いていなかった。
見ている前で背中に矢が次々と刺さっていく。
マギさんが足止めしてくれたんだ。
ダニロさんも声をあげてイノシシを挑発しながら駆けつけようとしている。
しかし、ヤツは鼻血を流し痛みにもがきながらも僕から目を離そうとしない。
そして全てを無視してまた僕めがけて突っ込んできた。
武器もなしに戦えないってば、武器が欲しい。死んでしまう。
「ブオー」
目の前まで来た。武器は?
その時不意に右手に馴染みのある感触と重さを感じた。
それは草の魔玉を込めていたハンドガンm93rだった。
ヘルプミー
すかさず足元にむけて引き金を引いた。
3連発の魔玉が地面に当たると畑から生えていた野菜の葉っぱが爆発するように太く長く伸びだし3本の蔓となって目の前のイノシシをからめとった。
「プギー」
やったね、僕のエアガンは世界一。
僕は思わず手にした銃にキスしようとしたが何かに銃を持つ右腕を引っ張られた。
イノシシをからめとった蔓が僕の腕に巻き付いていた。
あらら?
更に胴にも巻きつき残る手足も押さえられてしまった。
そして体が持ち上げられる。
なんか、まずいかも。
眼下には身動きの取れないイノシシと矢で剣山になったその背中。
宙吊りになった僕はゆっくりとイノシシと背中合わせになるように下ろされていく。
「ぎゃー、痛い、痛い、痛い」
防弾ベストごしに背中で矢の折れる音がバキバキする。
2度の衝突と押し付けられる矢でベストの背中に入っている発泡スチロールが完全に割れちゃったよ。
下でもがくイノシシがゴリゴリ矢を押し付ける。
「ダニロさーん、マギさーん。早く助けてー」
情けないけど脱出不可能です。
痛い、痛い。
ダニロさんはガッハッハと高笑い。マギさんは物珍しそうに僕達を縛る蔓をつついている。
「お願いだから早く助けてよー」
その夜、小さな村には月の照らす畑の中心で助けを求める声と高笑いがしばらく聞こえたのでした。




