喫煙所にて
ある日、喫煙所に向かう途中、黒のコートに黒ボトムスという真っ黒な服装の女性が一人で煙草をくわえている姿が目に入った。この時期に厚手の黒コート。遠目からでも視認できる程に目立つ姿はある種の畏怖を覚える。太陽光を嫌った白い肌。暗い髪。黒目こそ大きいが気だるそうな瞳。真っ赤なリップ。毎夜ヘッドバンキングでもしていそうな風貌だ。
この先の人生、絶対に関わることのないだろう人種が数歩先に居る。加えてその醸し出されたオーラから、彼女は孤独ではなく孤高の存在だと感じとることができた。根本的に人間としての格が違う。僕と彼女は言わば、ねじれの位置にいる関係なのだろう。そう理解し歩みを進めた。
到着しライターを忘れた事に気づいた。借りようと思うも、気だるそうな目をした白黒の美人は独りにさせてくれというオーラを全開に放っている。声を掛けることは憚られる。だがしかし、喫煙者は同族、つまり友達。誰かの名言を信じ、なけなしの勇気を振り絞った。
「ライター貸して貰えますか」
一声かけると如何にも高飛車そうな美人が訝しげに一瞥をくれる。
何か間違えたのか。
しかし、この膠着が続くことはよろしくないと判断し、もう一度声をかける。
「ライターかして貰えますか」
女性は「イントネーションが嫌いや、だから無理」と笑った。発言とは裏腹にその手にはしっかりとライターが握られていた。
「ありがとうございます。」
感謝の言葉を述べ、煙草に火を着けると「自分、私のことじろじろ見てたやろ」と問いただしてきた。
完全にバレていたでございます。いや、季節外れの白黒オセロコーデは奇っ怪さ全快じゃないですか。アンタの格好は嫌でも視界に入るじゃないですか。眠たそうな目の割には良く見える目なんですね。はい。
僕には「余りに美人に見えたので」と返す程の度胸はない。
かといって「良く僕の正体が分かりましたね。そうです僕の正体はジロジロ次郎です。」とウケを狙う手は明らかな失策だろう。答えに窮する。行き詰まった僕を見て彼女は「何下向いとんねんホンマおもんないインキャやなぁ」と笑う。なぜ笑いと罵倒がセットなんですか。これが巷で噂のアンハッピーセットですか。そうですか。もう、訳がわからない。
一言「すいません」と謝る。
すると、一際大きな笑みを浮かべながら満足そうに「返事は適当でええねん。要はノリや。ノリ。」と今度は表情と一致した言葉を吐いた。ひとしきり笑った彼女はタバコを吸い終えたらしく、明日会える確証はどこにももないのに「おもろかったわ。また明日」と言い放ち喫煙所を後にした。狐につままれた気分だ。僕はタバコの煙の行く末を見つめることしか出来なかった。




