ベリーホット
夏休みも中盤だ。僕は相変わらず先輩に振り回されている。本日も大学近くの喫茶店にてデートと称した京都観光の計画を立てている。
「山城制覇まであと一歩といったところでしょうかなコージ君。」何故だろう、甘味を足された先輩はそれまで一度も見せたことのない顔の引き出しを開ける。今回は昭和の課長さんだろうか。
此方も乗るときは全力で乗る。それが先輩と会話するコツだ。
「制覇が楽しみですな京子課長。」言ったあと仰々しく笑う。
「して、次は何処に。」次は龍安寺辺りが適当だろうかと思いつつ尋ねる。
「祇園祭りに行きたい。」先輩の口からはとっくに終わってしまった祭りの名が飛び出した。
はい。聞こえなかったことにしよう。黙って飲み終えたアイスコーヒーのコップに付いた水滴を指でなぞる。
「ハカタボーイは祇園祭も知らんのか。」いや、知っている。知ってるからこそ答えにくいのだ。気づいて下さい。
じっと黙る僕を見て先輩は少し口角を上げた。何やら考えがあるらしい。
「ぎおんにいぎだい。」
濁点パーティーだぜ。やったぜ。
これはあれですか。やれ仲間だの何だのを謳う例の冒険潭の名台詞ですか。暗い長髪という風貌は似てなくもない先輩なのだが、顔に浮かんだ笑みはまるで似せる気を感じさせないのは先輩だからか。
しかし、こちとら永遠の中学生である。こんな熱い台詞を投げ掛けられてはお茶を濁すことは憚られる。
だから僕は淡々と事実を告げる。「いや、無理っす。終わってます。」
先輩は絶望の表情を浮かべていた。
一転していつも以上に暗い顔で
「一回位は行きたかったんやけどなぁ。」と無念そうに俯く。
「いや、来年行けばいいじゃないですか。」励ましを投げるも微動だにしない。フリーズする事10秒、再起動した先輩は笑みと共に「来年、二人で行きたいなあ。」ポツリと溢した。
時折、先輩が見せる顔だ。どこか無理をしているような笑顔。その顔は先輩と出会う前の僕を写した鏡の様に見えた。
この人にこんな顔は似合わない。
だから話題を他所へ逸らすことを試みてみた。
「今年は花火大会で手を打ちませんか。」
「ほんなら江戸川花火行こ。」
「東京は無理っす。」
結局、スーパーで花火を買って公園でやるということで落ち着いた。
夜10時、しんとした公園で色とりどりの火花が散る。大空に咲く花を見ることはできなかったにしろこれはこれで風情があって良い。
「トリプルファイアー。」
先輩はどこか花火の楽しみ方を間違えている。
「それは本来の楽しみ方じゃなかとよ。」ついつい御国言葉が出てしまった。
「うん、何か文句があるのかね。博多戦士コージよ、勝負だ。」
先輩は手に花火を握り危険な臭いしかしない物騒な話を持ちかけてきた。
19にもなって物理的な火傷を負うのは勘弁願いたい。そんな願いに天が答えたのだろう、袋の中には線香花火しか残ってなかった。
「もうこいつしか残ってません。」線香花火を手に開戦しなかった戦争の終戦を告げる。
じじじという音と共に最後の頑張りを見せて死んでいく線香花火が好きだ。じんとした気持ちでその行く末を見つめる。線香花火は人の一生に例えられる。もしこんな死に方が出来たとしたらそれは素晴らしいことなのだろう。大半の時間を平穏無事に過ごし最期に少しの冒険を。平坦とは安定。安定こそ至高。多くの人間が望む生き方なのではなかろうか。マジ、ライフスタイル。
僕がそんな事を考えぼうっと花火を見つめている一方で対面する先輩はつまらなそうに「小っさいしシケとんな。」と一言落とした。
「だが、それが良い。」僕は前田さん家のケージーの真似をして言う。渾身の物真似は受け流された。先輩は黙って火種を見つめている。ならばだめ押しだと「傾くならこうだ。」と先輩の火種に自らの火種をぶつけた。
「これでシケてないでしょ。」
そう言って笑うと先輩も笑みを浮かべ頷いた。
虫の音が聞こえる帰り道。二人並んで歩く。
「いやぁおもろかった。あれはあれで江戸川とは違った風情があって良かったな。」言葉以上に表情が先輩がいかに満足したかを物語っている。
「大きい花火も良かけど、手持ち花火も良かろ。」隣でこんな表情を見せられたら感情のコントロールが効かなかったらしく、つい御国言葉が出た。
「よかよか天国です。」先輩は天に召されたらしい。
「お魚天国みたいに言うな。」よかよか天国などこの世にないと間髪入れず突っ込む。
そんな他愛ない会話をしていると先輩の家に着いた。
別れの言葉を言おうと隣を見やると先輩が空を指差した。
「あっ、流れ星。」
条件反射で空を見上げるもそれらしきものは見当たらなかった。
最後の最後に下らない嘘をつくところが先輩らしいなと思いつつ再び視線を戻そうとリセット動作に入ったその時、僕と先輩の唇がぶつかった。
「私も傾いてみました。」先輩はそう言って照れた笑みを隠すように此方に背を向け高々と挙げた右手を左右に振った。
「ほんなら、お休みちゃん。」
夜なのに体が暑いのは京都特有の気候の所為だろう。
部屋が片付かない。
少しだけ片付けてみる。
そしてその倍散らかる。
そんな毎日。




