頭脳戦
将棋が陽の目を浴びるようになって久しい。日本人ならばチェスや囲碁よりも馴染みが深い遊びであることは確かだが、実際にルールを知っているかと問われるとその数は驚くほど減少する。しかし、近年では大手動画コンテンツとのタイアップ初めとし、若手スターの登場等で各媒体で熱く取り上げられている競技でもある。そんな中、見る将なる存在が認知され初め、それは確固たる地位を確率している。
かくいう僕も見る将です。ですが、ネット将棋も指す兼業見る将なのです。誰に話しかけているのかって、それは将棋の神様だよ。ヨッシャル様だよ。どうか、角さんの数歩先に居られる銀さんにお帰りしていただく簡単な方法を僕に教えて下さい。ハビー・ヨッシャル様。
それはいつもの放課後。講義が終わり喫茶店でクレープを頬張るハムスターが鞄から将棋盤を取り出したことから始まった。
「コージは将棋は出きるん。」
「出来ますし流石に京子さんには負けないかと。」
特に根拠もなく強がってみせた。
「ほんなら、やろか。」
そう言い放った先輩はその黒い服と長い髪という出で立ちも相まって相当に強そうに見えた。
「いきなりですね。」
「そうや、何事も瞬間や。生きる意味を探すんや。」
意味不明な宣戦布告を無視し、追加で水出しを二つ頼んだ。そして、この水出し二つを賭けて勝負する運びとなった。
「まぁ、やりましょうか。」
初期配置に整えることが早かった先輩が先手番と相成った。
えらく流麗な手つきで2六歩と指した。ほぼ居飛車党確定の一手。
目尻を下げ、組んだ腕を机に乗せ、顔が近づいた。
「私はヨッシャル先生ガチ勢の正統派居飛車ガールやからな。」
将棋の戦法は飛車の位置で決まる。そしておおよそ二つとされている。基本的に初期配置から動かさない居飛車を女性が好んで使うイメージは希薄だ。にも関わらず先輩は2六歩。これはいわゆる一つのガチ勢なんですかね。
少しの動揺も悟らせるな。という強い意思で角道を通す。恐らく相居飛車の戦いになるだろう。
そうして序盤は滞りなく駒組が進むと思われた。
僕ら以外の客は居らず居心地の良い静寂が二人を包んだ空気のなか、煙草の火を消し終えた先輩が口を開いた。
「もし、勝ったらヤらせたるわ。」
煙が逆流し、激しくむせかえった。
意味なんて一つしか無いのだろうが、形式的に尋ねた。
「どういう意味ですか。」
「どういう意味でしょ。」
発言したその瞬間、気づいた。
あっ、ダメだ。この問答は続かせたらダメだ。心理戦を仕掛けられているのだ。
気を取り直していこう。
そして気持ちを落ち着かせ、数手指したところで事件は起きた。
完全に棒銀体制だった先生の飛車は銀と歩だけ残して唐突に7八に回った。先輩の飛車はやっと出会えた角さんとの出会いを噛み締める様な足つきで歩みを進めた。なんだこの一手は。一見してこの一手はこれまでの方針を根底から覆す意味不明な無駄な手に見えた。
「その手は悪手だと思いますが。」
思わず口を突いて出た。
対面する先輩はどこ吹く風で「確かにこの一手は一目悪手に見える。多分、実際悪手やろうな。表面的にはコージの動揺を誘う為の無駄な心理的な意味しか持ってない刹那的な一手かもしれん。ただ、刹那的な一手に意味を持たせることが出来るのは自分だけやねん。それは人生においても同じやと思うで。だから足掻けよコージ二等兵。」
びっしっと敬礼された。
僕は兵隊さん要素はゼロな訳だが。なんだか舐められているような気がする。よし、捻り潰すか。そう覚悟を決めて一手指した。
そして中盤。先輩はこちらの飛車先を容赦なく逆襲し、王様の寝城の頭上からもちょっかいがかけられている。
「な、言うたやろ。これが刹那の一手に意味を持たせる京子式無計画概念破壊飛車の威力や。私の尊敬するハビー・ヨッシャルもたまに無茶苦茶やるやん。これはゆうたらハビーに対するリスペクト棋譜になるな。」
だめだ、訳がわからない。多分これはヨッシャルのようなマジックでも何でもない。ただの自力の差で蹂躙されているだけだ。
目を盤上に向ける。先輩の率いるサーカス団にこちらの規律正しい真面目な兵達が削られている。負けたくない。最後にハビー・ヨッシャルに助けを乞う。
しかし、その願いは届くことなくあっさりコージ軍は敗れた。
「負けました。」
「楽しかったな。」
結局、水出しだけでなく追加注文されたパフェも奢ることとなった。




