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新版 浦島さんの里帰り  作者: 磯悠


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第五話 守るために、目覚めた力


――ドォンッ!!


部屋の中に、激しい衝撃音が響き渡った。


「……え?」


結は、ゆっくりと目を開ける。


目の前に迫っていた魚人の姿を探し、息を呑んだ。


先ほどまで目の前にあったはずの魚人の左腕が、なくなっていた。


「……え?」


視界の端で、何かが宙を舞う。


「……あ……」


魚人の腕だった。


くるくると回転しながら落下し、床に落ちる。


ボトッ。


腕は一瞬で紫色の液体へ変わった。床に広がった液体は、すぐに蒸発していく。


結は、ゆっくりと顔を上げた。


浦島が、魚人を見据えている。


魚人もまた、浦島へ向き直っていた。


「浦……島……?」


浦島は答えない。


「結に、近づくな……」


その声は低く、震えていた。


結が浦島の周囲を見る。


そこには、無数の水の塊が浮かんでいた。大小様々な水が、浦島を取り囲むように漂っている。


魚人が、甲高い奇声を上げた。


「ギィィィィィッ!!」


次の瞬間、魚人が浦島へ突っ込んだ。


浦島は動かない。


両手を合わせ、少し丸める。


すると、周囲の水が一斉に動いた。


バシャァッ!!


水が浦島と魚人の間へ集まり、巨大な壁を作り出す。


魚人の拳が、壁へ叩き込まれた。


ドンッ!!


水壁が衝撃を受け止める。


だが、魚人の拳は止まっただけだった。


魚人は壁に拳を押しつけたまま、もう一方の腕を振り上げる。


「……!」


浦島の目が見開かれる。


二撃目が来る。


そう思った瞬間、浦島は片手を横へ払った。


水壁の一部が大きくうねり、魚人の拳を包み込む。


魚人が腕を引こうとする。


しかし、水は拳に絡みつき、動きを鈍らせていた。


その隙に、浦島がもう一方の手を前へ突き出す。


壁を形作っていた水が一箇所へ集まり、細く、鋭く尖っていく。


魚人が腕を引き抜いた。


同時に、浦島が手を振る。


――ドンッ!!


水の矢が魚人の胸元へ叩き込まれた。


「ギィィィィィッ!!」


魚人の身体が後方へ吹き飛ぶ。


その背中が家の壁へ叩きつけられた。


――メキメキメキッ!!


壁に亀裂が走る。


次の瞬間、魚人の身体が壁を突き破り、外へ転がり出た。


浦島は、壊れた壁の向こうへ駆け出す。


「結を傷つけようとしたこと……」


足を止めず、魚人を睨みつける。


「許さない。」


* * *


家の外。


魚人は地面を転がり、土煙の中で身を起こした。


左腕はない。


胸元には、先ほどの水の矢が残した傷がある。


それでも、魚人は立ち上がった。


浦島が外へ出てくる。


魚人は、残った腕を低く構えた。


「……?」


浦島は、魚人の姿を見てわずかに身を引く。


魚人の身体が沈んだ。


次の瞬間、地面を蹴る。


さっきより速い。


浦島は反射的に手を広げた。


周囲に浮かんでいた水が、細く尖っていく。


一本。


二本。


三本。


数え切れないほどの水槍が、魚人へ向けられた。


浦島が手を振る。


――バババババッ!!


水槍が一斉に放たれた。


魚人は正面から受けるのではなく、身体を低くして走った。


一本が肩をかすめ、二本が脇腹を穿つ。


それでも速度は落ちない。


魚人は、飛んできた水槍の隙間を縫うようにして迫ってくる。


「……っ!」


浦島が手を戻す。


だが、間に合わない。


魚人が目の前まで迫り、拳を振り上げた。


浦島は両手を広げる。


再び、水の壁が立ちはだかった。


ドンッ!!


拳が壁にめり込む。


水壁が大きくたわみ、浦島の身体まで衝撃が伝わった。


「……!」


浦島の表情が変わる。


「……っ!」


魚人がさらに力を込める。


ミシ……。


水壁に、小さな亀裂が走った。


亀裂は一本、また一本と増え、壁全体へ広がっていく。


浦島は両手に力を込めた。


壁を支えようとする。


しかし、魚人は拳を引かなかった。


むしろ、身体ごと壁へぶつけるように押し込んでくる。


――バシャァン!!


水壁が砕け散った。


硬く固められていた水が、支えを失って液体へ戻る。


ザバァッ……。


水が地面へ流れ落ちる。


その向こうから、魚人の拳が迫った。


浦島は身をひねろうとした。


だが、避けきれない。


拳が、小さな身体を捉えた。


「ぐっ……!」


浦島は大きく吹き飛び、地面へ叩きつけられた。


ドサッ!!


砂埃が舞う。


浦島はすぐに起き上がろうとした。


しかし、身体が思うように動かない。


視界の端で、魚人の足が見えた。


魚人は追撃を止めず、ゆっくりと距離を詰めてくる。


浦島は地面に手をつき、身体を起こそうとした。


魚人が拳を振り上げる。


浦島まで、あと五メートル。


その瞬間――


地面が淡く光った。


魚人の足元に、細い光の線が走る。


「……?」


魚人が足を止めた。


次の瞬間、地面から無数の水の線が突き出した。


――ズドドドドドッ!!


鋭い水流が魚人の身体を貫き、腕や脚を絡め取る。


魚人の動きが止まった。


「ギィィィィィッ!!」


浦島は、その声を聞きながら立ち上がった。


足が震えている。


息も乱れている。


それでも、魚人から目を逸らさなかった。


「お前は……」


浦島が手を構える。


地面から伸びた水流が、魚人を押さえつけている。


だが、魚人はなおも身体を動かそうとしていた。


水流が軋む。


魚人の腕が、少しずつ持ち上がる。


「ここで……」


浦島は、周囲の水へ意識を向けた。


「俺が、倒す!」


浦島が両手を前へ向ける。


空中に浮かんでいた水が、一箇所へ集まった。


今度は小さな槍ではない。


水は何度も形を崩しながら、太く、長く伸びていく。


魚人が水流を引きちぎった。


「ギィィィィィッ!!」


自由になった腕を、浦島へ向けて伸ばす。


その瞬間、浦島が手を突き出した。


――ズドォォォン!!


巨大な水槍が魚人の身体を貫いた。


魚人は後方へ吹き飛び、地面を何度も転がる。


水槍は崩れ、周囲へ流れ落ちた。


浦島は荒い息を吐きながら、魚人を見つめる。


魚人は動かなかった。


「……終わった……?」


浦島が呟く。


だが、魚人の足先が地面を擦った。


身体が、ゆっくりと起き上がる。


傷だらけの身体を引きずりながら、それでも浦島へ向かおうとしていた。


浦島の表情から、わずかな安堵が消える。


「……まだ、来るのか」


魚人は答えない。


ただ、残った腕を前へ伸ばす。


その先には、家がある。


結がいる。


浦島は、魚人と家を交互に見た。


そして、静かに手を構える。


「これで、終わらせる……」


その瞬間、空気が変わった。


風が浦島の周囲を渦巻き始める。


地面の砂や水滴が巻き上げられ、浦島の身体を中心に回り出した。


髪や服が激しく揺れる。


魚人が、最後の力を振り絞って踏み出した。


一歩。


また一歩。


そのたびに、地面へ紫色の液体が落ちる。


浦島の背後で、水がせり上がった。


最初は細い柱だった。


それが次第に太くなり、轟音を立てながら空へ伸びていく。


巨大な水柱。


その勢いに押され、周囲の風圧がさらに強まった。


水柱は空中で広がり、集まり、重なり合う。


やがて、浦島の頭上に巨大な水塊が形成された。


それは槍でも刃でもない。


形を持たない、ただ重い水の塊だった。


魚人が、浦島へ向かって跳びかかる。


浦島は、その姿を見上げた。


「さらばだ……」


手を動かす。


頭上の水塊が、落ちた。


――ズドォォォォォォン!!


巨大な質量が魚人を押し潰すように直撃した。


大地が揺れ、衝撃で水が一斉に弾ける。


水飛沫が夜空へ舞い上がり、やがて雨となって降り注いだ。


ザーッ……


雨の向こうで、魚人の身体が震えている。


立ち上がろうとした足が、途中で崩れた。


皮膚が紫色に濁り、身体の輪郭が崩れていく。


肉体は液体へ変わり、地面へ流れ落ちた。


そして、完全な液体になった瞬間から、蒸発が始まった。


紫色の霧が立ち上り、夜の空気へ溶けていく。


あとには、何も残らなかった。


* * *


「浦島!」


結が、家から飛び出してくる。


浦島は、結の姿を見て顔を上げた。


「結……」


「浦島……!」


結が駆け寄る。


浦島は、かすかに笑った。


「俺、やったぞ……」


「浦島……」


結は浦島の身体を見た。


傷だらけで、呼吸も荒い。


それでも、浦島は立っている。


結は、先ほどの光景を思い出した。


「さっきの力……なに……?」


「さっきの力……?」


浦島は、自分の手を見る。


「……あれ、なんだっけ……」


ぼんやりと首を傾げる。


「ていうか俺、どうやって魚人を倒し――」


言葉の途中で、身体から力が抜けた。


バタッ。


「浦島!?」


結が慌てて抱き起こす。


「浦島ー!」


返事はない。


結の声だけが、静かな夜に響いた。


――その様子を、遠くから見つめている者が一人。


「魔法……」


その人物は、険しい表情で呟いた。


「クソっ……これはまずいことになった……」


周囲を見渡す。


「万が一のために深海隔域(テリトリー)を展開しておいてよかった……」


その人物は、踵を返した。


「すぐに報告せねば……」


そう呟いた瞬間、姿が闇の中へ消える。


直後、戦闘の痕跡が薄れていった。


砕けた壁。


地面に残った傷。


それらが、見えない何かに撫でられるように消えていく。


辺りは、何事もなかったかのように静まり返る。


* * *

「浦島さんの里帰り 第五話」を読んでいただきありがとうございます


戦闘シーンを作るのにめちゃくちゃ時間がかかってしまい投稿が遅くなってしまいました(ごめんなさい…)

第六話はもう少し早く出せるように頑張ります…


次回も読んでいただけると嬉しいです!

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