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新版 浦島さんの里帰り  作者: 磯悠


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4/7

第四話 日常のそばに、迫る影

「……ん……」


朝。


結は、窓から差し込む朝日によって目を覚ました。


眠たい目をこすりながら、ゆっくりと体を起こす。


「ふぁ〜……。もう朝かぁ……」


浦島と出会ってから、3日が経過していた。


結がベッドから降りると、部屋の隅に置かれた小さな机の上に、一枚の紙が置かれているのが目に入った。


それは、学校から配られた夏季補講の予定表だった。


「そういえば今日、学校だった……」


結が呟くと、部屋の中にいた浦島が振り向いた。


「今日は夏季補講だったな」


「え? なんで知ってるの……? あ、予定表を見たのか……」


結はもう一度、机の上に置かれた予定表へ視線を向ける。


「そうだよ。でも、午前中には終わるから」


「そうか。気をつけろよ」


「うん……。行ってきまーす」


結は少し気のない返事をすると、部屋を出ていった。


浦島は、そんな結の後ろ姿を静かに見送った。


* * *


「おはよー……」


学校に到着した結は、教室へ入るなり、少し眠そうな声で挨拶した。


「あ、おはよう。結!」


声をかけてきたのは、結の友達だった。


青みがかった髪と、穏やかな雰囲気。


彼の名前は――


紫汀(しけ) 青凪(あおな)。


結とは、浦島と出会う前からの友達だった。


「青凪、おはよ……。夏休みなのに、補講で学校来るとか……面倒だよねぇ……」


「まぁまぁ。午前中だけなんだし、頑張ろうよ」


「そうだけどさぁ……。夏休みなのにぃ……」


結は机に突っ伏す。


青凪はそんな結を見て、くすりと笑った。


「そういえば、結。夏休みに入ってから何かあった?」


「え?」


「いや、夏休みに入ってから会ってなかったし。何か面白いこととかあったかなって」


「あー……!」


結は顔を上げると、少し考えるように指を顎に当てた。


「そういえば、うちに妖精みたいなのがいてさ……」


「妖精……?」


青凪が聞き返す。


「うん! ちっちゃくて、羽が生えててさ。最初はびっくりしたんだけど、今は一緒に暮らしてるの」


さっきまで眠そうだった結の表情が、少しずつ明るくなる。


「へぇ……。妖精みたいなのが、結の家にいるんだ……」


「そうなの。ただ、そいつ、自分のことを『浦島だ!』とか言っててさ……」


「浦島……?」


「昔話の浦島太郎っているでしょ? たぶん、あの浦島太郎だと思う」


「どうしてそう思うの?」


「うーん……。なんか、昔のことをいっぱい知ってるし、話を聞いてると、もしかしたらって思えてきてさ……」


結は、浦島との出来事を思い出しながら楽しそうに話を続ける。


「それでね――」


結はそこまで話して、ふと口を止めた。


――青凪なら、浦島のことを話しても大丈夫かも。


ずっと一緒に過ごしてきた友達だし、きっと変に騒いだりもしない。


それに、誰か一人くらい、浦島のことを知っていてくれたほうがいい気がする。


「ねぇ、結。今日、このあと結の家に行ってもいいかな……?」


「いいけど、なんかあった?」


「いや、俺も一回、その浦島と会ってみたくてさ」


「……うん。いいよ」


結は少し考えてから、ふっと笑った。


「じゃあ、帰りは一緒に帰ろ!」


「うん。ありがと」


青凪はそう言って笑った。だが、その表情にはどこか真剣なものが残っていた。


* * *


補講が終わり、結と青凪は学校を出た。


「やっと終わったぁ〜!」


結は大きく伸びをする。


「お疲れ。そういえば、課題だったボランティアの活動レポートのほうは終わったの?」


青凪が尋ねる。


「うん。活動日が夏休み初日だったから。早めに終わらせられてよかったよ」


「それはよかった」


「てか話朝に戻るけどさ、せっかくの夏休みなんだから、やっぱ学校なんて来たくないよねぇ」


「結、朝からずっとそれ言ってたな」


「だって本当にそうなんだもん」


「はいはい」


二人は顔を見合わせて笑う。


さっきまでの補講の疲れも、二人で話しているうちに少しずつ薄れていった。


「そういえば、青凪は夏休み何してたの?」


「俺? 特にこれといって……。家でのんびりしてたくらいかな」


「そうなんだ。せっかくの夏休みなのに、もったいないね」


「結だって、今日は補講が嫌だって言ってたじゃん」


「それはそれ。今日は学校だったから嫌なの」


「ふーん」


「だって、夏休みは自由に過ごしたいじゃん」


「それは分かるけども」


二人は他愛のない話をしながら、結の家へ向かって歩いていった。


やがて、見慣れた家が見えてくる。


「あ、着いた!」


結は玄関の前で立ち止まると、扉を開けた。


「ただいま!」


結が玄関で声を上げる。


「おかえりなさい。あら、青凪くんもいらっしゃい」


結の母親が、青凪に気づいて声をかけた。


「お邪魔します」


青凪は軽く頭を下げ、結の後についていった。


「浦島ー! 帰ったよー!」


結は靴を脱ぐと、急いで自分の部屋へ向かう。


青凪も、その後ろをついていった。


* * *


「浦島!」


結が部屋の扉を開ける。


浦島は部屋の中で、結の声に振り向いた。


「おかえり、結」


「ただいま! 今日は友達を連れてきたよ!」


結は、後ろにいる青凪を紹介する。


「この子、僕の友達の青凪!」


「初めまして。紫汀青凪です」


青凪は浦島へ向かって、軽く頭を下げた。


「こちらこそ。私は浦島太郎だ」


浦島も軽く頭を下げる。


「本当に妖精なんだ……」


青凪は、浦島の姿をまじまじと見つめた。


「ね! すごいっしょ?」


結は少し嬉しそうに笑う。


「浦島はね、昔は人間だったんだよ。それで、乙姫様から玉手箱をもらって……」


結は浦島が妖精になった経緯を、青凪に説明していく。


玉手箱を開けたこと。


本来なら老人になるはずだったこと。


しかし、何らかの力が働き、老人ではなく妖精の姿になってしまったこと。


そして、元の時代へ帰りたいと思っていること。


さっきまでの楽しそうな表情とは違い、結の声は少しずつ落ち着いていった。


青凪は、二人の話に静かに耳を傾けていた。


「……そうだったんだ」


話を聞き終えた青凪が、ゆっくりと口を開く。


「浦島さんは、元の時代に帰りたいんだね」


「ああ。私は、母のもとへ帰らなければならない」


浦島は、真剣な表情で答えた。


「それに、なぜ私がこのような姿になったのかも、まだ分かっていない。元の姿に戻る方法も探さなければならない」


「そっか……」


青凪は頷いた。


「大変だね……」


「だが、結と一緒に元の時代へ帰る方法を探している。心強いことだ」


浦島は結へ視線を向ける。


「えへへ。これから一緒に頑張っていこうね、浦島」


「ああ」


青凪はそんな二人を見つめていた。


「……仲がいいんだね」


* * *


しばらくして。


青凪は、突然何かを思い出したかのように立ち上がった。


「あっ……!」


「どうしたの?」


結が尋ねる。


「悪い。俺、ちょっと用事があったのを忘れてた」


「用事?」


「うん。急いで帰らないといけない」


青凪は、少し慌てた様子で鞄を手に取った。


「そっか。じゃあ、また遊びに来てね!」


「ああ。今日はありがとな、結」


青凪はそう言うと、浦島にも視線を向けた。


「浦島さんも、じゃあね」


「ああ。また会おう」


青凪は結の家を出ていった。


結は玄関まで見送り、青凪の姿が見えなくなるまで手を振っていた。


「またねー!」


やがて、青凪の姿が道の向こうへ消える。


結は少し名残惜しそうにその方向を見つめたあと、家の中へ戻っていった。


* * *


夜。


結の家は、静かな闇に包まれていた。


結と浦島は、それぞれ眠りについていた。


窓の外では、遠くに僅かに見える、夜の海が静かに揺れている。


その海は、昼間に結が図書館からの帰り道で見た、あの海だった。


波の音だけが、辺りに響いている。


――そのとき。


海面が、一瞬だけ紫色に光った。


光はすぐに消え、海は再び暗闇に包まれる。


しばらくすると、海面から何かがゆっくりと姿を現した。


それは、人間のようでいて、人間ではない何かだった。


体つきは人間と同じように二本の腕と脚を持っている。


しかし、その頭部は魚のような形をしていた。


暗い海の中から現れたその姿は、不気味な存在感を放っている。


魚人は海から上がると、どこかへ向かって歩き始める。


向かう先は……。


――結の家の方向だった。


* * *


「……ん……?」


結は、かすかな物音によって目を覚ました。


「……あれ?」


結は布団の中で身を起こす。


部屋の中は暗く、浦島はまだ眠っているようだった。


「浦島……」


結は小さな声で呼びかける。


「浦島、起きて……」


「……ん? どうした、結……?」


浦島が眠そうに目を開けた。


「さっきなんか物音したんだけど……?」


結が不安そうに尋ねる。


浦島は周囲を見回した。


「さぁ、気のせいじゃないか?」


「そうかな……」


結は納得しきれない様子で、ゆっくりと窓のほうへ視線を向けた。


そして、窓の外を覗き込む。


「……え?」


そこには、何かが立っていた。


人間のような体。


しかし、人間ではない頭部。


魚のような顔をした異形の存在が、暗闇の中からこちらを見つめていた。


魚人と、目が合う。


「……っ!」


結は咄嗟に身をかがめ、窓から離れた。


「なに、あれ……?」


震える声で呟く。


浦島が結の様子を見て、慌てて尋ねる。


「どうした、結!?」


「い、今……窓の外に、変なのが……!」


結は恐る恐る、もう一度窓の外を見た。


しかし――


そこには、誰もいなかった。


「……あれ?」


海の音だけが聞こえる。


魚人の姿は、どこにも見当たらない。


「私の気のせいだったのかな……」


そう思った、その瞬間。


「結! 後ろ!!」


浦島の叫び声が響く。


「え?」


結が振り向く。


そこには――


先ほど窓の外にいたはずの魚人が、すぐ背後に立っていた。


「なっ……!」


結が考える間もなく、魚人は結へ向かって襲いかかる。


「浦島……!」


結は咄嗟に浦島の名前を呼んだ。


魚人の荒い息遣いが、すぐ近くで響いている。


結は身をすくませたまま、必死に後ずさった。


魚人の手が、結の肩へ伸びてくる。


「いやっ……!」


結はとっさに腕で顔を覆った。


(え、僕……死ぬ……?)


頭の中が真っ白になる。


魚人の手が、すぐそこまで迫っていた。


(まだ死にたくない……!)


結は必死に助かる方法を考えた。


逃げなきゃ。


どこかへ隠れなきゃ。


……無理だ。


恐怖で体が動かない。


(もう、ダメかも……)


結は静かに目を閉じた。


(助けて……誰か……!)


魚人の気配が、さらに近づいてくる。


その瞬間――


部屋の中に、激しい衝撃音が響き渡った。

「浦島さんの里帰り 第四話」を読んでいただきありがとうございます!


第五話以降は元の作品(改稿前のもの)がないため、ネタを一から考える関係で、投稿ペースが遅くなっていきます。ごめんなさい。作品の質を下げないためなんです。許してください…


本来であれば、これを第三話として出すつもりだったんですが、「その前に浦島と結の関係が深まる回を入れたい!」と思い、急遽変更。もとの改稿前のものから流れを変えて、こちらを四話とさせていただきました。

「あれ、元のやつと違うじゃん!」って思った方、いたらごめんなさい…


第五話以降も、読んでいただけると嬉しいです!

今度も「浦島さんの里帰り」をよろしくお願いします

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