第三話 ひとつの思い出、ふたりの一歩
翌朝。
「そういえば、浦島はこれからどうするの?」
「俺は……元の時代に帰らなければいけない。向こうには、母がいるんだ。それに……元の姿にも戻りたい」
「そうなんだね……」
「ああ。だが、その方法がわからない。どうすれば帰れるのか……」
「……」
「……」
「まあ、今すぐ答えを出さなくてもいいんじゃない?」
「……そうだな。焦っても、良い答えは出ないか。少しずつ考えていくとしよう」
「それに、今日は浦島にこの街を紹介するって言ったでしょ。だから、難しいことを考えるのはまた今度」
「そうだな……。ありがとう、結」
「あ、でも……」
「?」
「外に出るなら、やっぱり浦島の存在は、人には知られない方がいいよね」
「そうだな。俺が何者なのか知られたら、騒ぎになるかもしれない」
「うん。だから、できるだけ普通にしててね」
「分かっている。その辺は俺も気をつける」
「じゃあ、行こっか!」
「ああ」
* * *
結と浦島が最初に向かったのは、図書館だった。
「ここね、お父さんと一緒に来てた図書館なんだ……。よく読み聞かせとかしてもらったなぁ」
「……読み聞かせするか?」
「えっ? 浦島が僕に? ありがとう」
「ちょっと待っててくれ。本を持ってくる」
浦島が持ってきたのは、子ども向けの絵本だった。
「ちょっとぉ、もうそーゆーの読まないって」
「まあまあ、遠慮するなよ」
「もう……」
そう言いながらも、結は浦島の隣に座った。
そして二人は、ゆっくりと絵本を読み始めた。
読み終わったあとも、二人は並んで本を眺めながら話を続けていた。
「この本いいよ!」
「そうか? じゃあ、今度読んでみるか」
「うん!」
そのときだった。
「あっ」
結の視線の先で、一冊の本が棚から落ちた。
しかし、結が動くより先に、浦島がふわりと飛び上がる。
そして、落ちた本を何事もなかったかのように棚へ戻すと、何食わぬ顔で結のもとへ戻ってきた。
「……」
結は、そんな浦島の姿をじっと見つめていた。
* * *
次に二人が向かったのは、公園。
「この公園ね、昔お父さんとよく来てたんだ。本気でしっぽ取りしたり、キャッチボールしたり、たくさん遊んだなぁ……」
「一緒にやらないか?」
「え? でも、用具ないし……」
「ボールとタオルなら持ってるぞ」
「え!? 浦島すご!」
「ふふっ。どうだ?」
「じゃあ、やろう!」
二人はさっそく、しっぽ取りを始めた。
「さぁ、俺のしっぽをとれるかな?」
「臨むところ!」
「ほら、こっちだぞ!」
「ちょっと、飛ぶのはずるいって!」
「ははは!」
しばらく走り回ったあと、今度はキャッチボール。
「浦島、その体なのにコントロールすご! プロじゃん」
「まぁな」
「自分で言うんだ」
「ははは!」
思い切り遊んだ二人は、ベンチに座って休憩する。
そのときだった。
「あっ」
近くにいた小さな男の子が、手に持っていた風船をうっかり離してしまった。
風船は、そのまま空へ飛んでいく。
結が反応するよりも早く、浦島が飛び上がった。
そして、親子に気づかれないように風船を取り戻すと、近くのベンチにそっと紐を結びつけた。
しばらくして――
「あっ、僕のふうせん! どこ!? ……あった!」
「ねえお母さん、僕のふうせん飛んでいっちゃったのに戻ってきた!」
「あらそう。鳥さんが取ってくれたのかしら? よかったね」
「うん!」
結は、その光景から目を離せなかった。
* * *
最後に二人が向かったのは、近くの喫茶店だった。
この町で一番美味しいと言われている店で、人気メニューは亀の形をしたパンケーキ。
「最後はここ。ここのスイーツ、よくお父さんと食べにきてたんだ」
「……亀の形のパンケーキが有名なのか……」
「そうなの。せっかくなら食べて行こうよ。お金も持ってきたし、浦島の分も出すよ」
「いいのか……? ありがとう……」
「うん!」
二人は、亀の形をしたパンケーキを注文した。
「美味しいな、結」
「うん! すごく美味しい!」
「おっと、口にクリームついてるぞ」
「あっ。えへへ、ありがとっ」
浦島は、結の口元についたクリームをそっと拭った。
そのとき、結はふと窓の外に目を向けた。
そこには、父親と小さな男の子が歩いていた。
男の子は父親の手を握りながら、楽しそうに何かを話している。
父親も笑いながら、その話を聞いていた。
「……」
結はしばらくその親子を見つめていたが、やがて静かに目を伏せた。
「……そろそろ行こっか」
「……ああ」
* * *
――そして、二人は海へやって来た。
夕焼け色に染まる海を、二人で眺めている。
「ここね、僕とお父さんの思い出の場所なんだ……」
「……綺麗だな」
「……そう、だね」
「……なにかあったのか?」
「……」
「最近ね、どうしてか綺麗に見えないんだ。なんていうか……もやがかかってるみたいで」
「……父親のことか?」
「え……どうしてそれを……」
「居間に置いてある仏壇を見てしまったんだ。それに……今日、結と行った場所は、全部父親との思い出の場所だったんだろ?」
「……うん」
「……あのね、浦島」
「ん?」
「実はさ、今日、浦島がいろんな人に親切にしてるところ……ずっと見てたんだ」
「……」
結は、静かに海を見つめる。
「……なんだか、今日はすごく懐かしい気持ちになったんだ」
「……」
「僕のお父さんも、そういう人だったからさ」
「なんか……今日一日、お父さんと一緒にいるような気分になれたんだ」
「……久しぶりに、本気で笑えたなぁって」
「……そうだったのか」
「でも、それで結のことを少しでも支えられていたんなら……俺は嬉しいよ」
「……」
「ねえ、浦島」
「ん? どうした?」
「僕、浦島が元の時代に帰るのを手伝えないかな……?」
「……え? いいのか? でも……結に迷惑なんじゃ……」
「ううん。むしろ、手伝わせてほしい」
「今日の恩返しもしたいから」
「……そうか。ありがとう……」
「えへへ。じゃあ、改めて。これからよろしくね、浦島」
「ああ。よろしくな、結」
二人は、それ以上何も言わず、しばらく夕焼けの海を見つめていた。
波の音だけが、静かに響いている。
やがて、太陽が水平線の向こうへゆっくりと沈んでいく。
結は、隣にいる浦島をちらりと見た。
その横顔は、夕焼けに照らされていた。
ほんの少し前まで、父親との思い出に胸を締めつけられていたはずなのに。
今は、不思議と心が穏やかだった。
「……行こっか」
「ああ」
二人は、沈みゆく夕日に背を向けて歩き始める。
その背中を、波の音だけが静かに追いかけていた。
――今日、少しだけ取り戻せたものがある。
そして、これから取り戻していくものもある。
夕焼けの残る海辺を、二人は並んで歩いていった。
「浦島さんの里帰り 第三話」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回も、このくらいのペースで投稿予定です。4話以降も読んでいただけると嬉しいです。今度ともよろしくお願いします。
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