第二話 昔話から来た君
「……え?」
結は、目の前のものを見つめていた。
玉手箱から出てきた、小さな何か。
最初は、ぬいぐるみだと思った。
手のひらに乗ってしまいそうなくらい小さくて、どこか人のような姿をしている。
けれど――
「……あったかい」
触れてみると、確かな温もりがあった。
ぬいぐるみなんかじゃない。
生きている。
「え、ちょっと待って……」
結は慌てて、その小さな体を持ち上げた。
けれど、反応はない。
「ねえ、大丈夫?」
返事はない。
「……どうしよ、どうしよ……」
結は部屋の中を見回した。
何をすればいいのか、全然分からない。
とりあえず――
「水……?」
結は急いで部屋を出た。
* * *
「お母さーん!」
結が母を呼ぶ。
「どうしたの? こんな時間に」
「ちょっと来て!」
「何?」
「なんか……なんか変なのがいる!」
「変なの?」
母が結の部屋を覗き込む。
そこには、玉手箱のそばに倒れている小さな存在がいた。
「……ぬいぐるみ?」
「違う! たぶん生きてる!」
「生きてる?」
「うん! 触ったらあったかかった!」
母は小さな存在を見つめたあと、結を見る。
「結、今日はもう遅いんだから。疲れてるんじゃない?」
「いや、ほんとだって!」
「はいはい。分かったから、もう寝なさい」
「……」
結は何も言えなくなった。
「僕、変なこと言ってると思われたかな……」
結は小さな存在を見る。
「……まあ、明日になったら分かるか」
結局、自分で水を持ってくるしかなかった。
小さな存在の口元に、少しずつ水を近づける。
すると――
ほんの少しだけ、体が動いた。
「……飲んでる?」
ゆっくりと水を飲んでいく。
さっきまで苦しそうだった表情も、少しずつ落ち着いていった。
「よかった……」
結は、ほっと息をついた。
それからしばらく、その小さな存在を見つめていた。
何者なのか。
どうして玉手箱から出てきたのか。
分からないことだらけだった。
でも――
「……まあ、明日になったら分かるかな」
そう呟いて、結は眠りについた。
* * *
「結、お腹が空いたんだが、何か食べるものないか……?」
「はいはい、ちょっと待ってね……」
結は、まだ眠かった。
目をこすりながら、布団の中でもぞもぞと動く。
「……ん?」
今、何か聞こえたような。
「結?」
「……ふぇ?」
結はゆっくりと目を開けた。
そして――
「ふぇぇえええええ!?」
一気に目が覚めた。
目の前にいたのは、昨日の小さな存在。
しかも――
「しゃ、喋った!?」
「驚かせてすまないな、結」
「えっ?」
結は固まった。
「……なんで僕の名前知ってるの?」
「……」
「ていうか、まず誰!?」
「……」
「何!? もしかして宇宙人!?」
「そんなに一気に聞かれても困るぞ」
「いやいやいや! 普通に考えて困るのは僕だから!」
そのときだった。
ぐぅぅぅぅ……。
部屋に、大きな音が響いた。
「…………」
「…………」
「すまないが、何か食べるものをくれないか……?」
「……ちょっと待って」
* * *
結が持ってきたのは、おにぎりだった。
母が作ってくれていたものだ。
「これでいい?」
「ああ、ありがとう」
ソレは、おにぎりを受け取る。
そして――
ぱくっ。
「……!」
ソレの動きが、ぴたりと止まった。
「どうしたの?」
結が不思議そうに見つめる。
ソレは何も言わず、もう一口、おにぎりを頬張った。
「……うまい」
その声は、どこか震えていた。
「……?」
結が首をかしげる。
すると――
ソレの頬を、一筋の涙が伝った。
「え……?」
結は驚いた。
「ちょ、どうしたの!?」
ソレは、自分でも驚いたように頬を触る。
「……あれ?」
指先に触れた涙を見て、ソレはしばらく黙っていた。
どうして涙が出たのか。
自分でも分からない。
ただ、この味が――
なぜか、とても懐かしかった。
「……」
ソレは、もう一度おにぎりを見る。
そして、静かに食べ続けた。
結はそんなソレを見ながら、
「……よっぽど美味しかったんだなぁ」
そんなことを考えていた。
もしかしたら、久しぶりのご飯だったからかもしれない。
やがて、最後の一口を食べ終えると、
「ふぅ。ありがとう。腹が満たされたよ」
ソレは、涙を拭いながら笑った。
「それは良かった」
結も笑った。
そして、改めてソレを見る。
「それでさ」
「ん?」
「君は誰? 名前は?」
ソレは、少しだけ黙った。
「あぁ、俺は……」
何かを言いかけて、止まる。
そして――
「いや。俺は浦島太郎だ」
「…………」
結は、固まった。
「んんん???」
浦島は首をかしげる。
「どうした?」
「浦島太郎?」
「ああ」
「……あの昔話に出てくる?」
「知らんが、多分その浦島太郎だ」
「いやいやいやいや!」
結は思わず立ち上がった。
「なんで浦島太郎がこんなところに!?」
「……」
「ていうか、お爺さんの姿じゃないの!?」
「……」
「なんでぬいぐるみみたいな見た目してんの!?」
「……」
「なんで!? なんでなんでなんで――」
「そんなに一気に聞かれても困るぞ」
「……あ、ごめん」
結は一度、深呼吸した。
「じゃあ、まず……」
結は浦島を見つめた。
「なんでこんなところにいるの?」
「それは――」
浦島は、玉手箱を見た。
「多分、その箱の力だと思う」
「箱……って、この箱?」
「ああ」
「じゃあ、その箱にはどんな力があるの?」
浦島は少し考えた。
そして、
「……俺もよくわからないんだ」
「え?」
* * *
浦島は、自分がここに来るまでのことを話し始めた。
亀を助けたこと。
その亀に連れられて、竜宮城へ行ったこと。
そして、竜宮城から帰るときに、玉手箱をもらったこと。
「それで、箱を開けたら……」
「お爺さんになった?」
「……いや」
浦島は、自分の小さな体を見た。
「こうなった」
「なんで!?」
「俺に聞かれても分からん」
「そっか……」
結は頭を抱えた。
昔話と同じようで、全然違う。
浦島は老人にはならなかった。
そして、気づけば見知らぬ時代にいた。
「それから?」
「しばらく、この時代を歩き回っていた」
「一人で?」
「ああ」
「何か食べたりは?」
「……何も」
「え?」
「何も食べていない」
結は、昨日の浦島の様子を思い出した。
あれだけ弱っていた理由が、少し分かった気がした。
「それで……?」
「そのうち、力が入らなくなってな」
浦島は苦笑した。
「そのまま倒れた」
「……」
「そして、気がついたら――」
浦島は結の部屋を見回した。
「ここにいた」
「……玉手箱のところに?」
「ああ」
結は、目の前の玉手箱を見た。
昨日まで、ただの古い箱だと思っていた。
けれど、この箱から浦島太郎が現れた。
どうして。
なぜ。
まだ分からない。
「……変なの」
結は小さく呟いた。
* * *
「それで……」
結は、浦島がここへ来るまでの話を思い返していた。
現代に来てから、ずっと一人で彷徨っていた。
食べるものもなくて、最後には倒れてしまった。
「……一人でいたら、また同じことになるんじゃない?」
「……まあ、そうなるかもしれんな」
浦島は困ったように笑った。
結は少し考えた。
そして――
「じゃあさ」
「ん?」
「しばらく、うちにいれば?」
浦島が目を丸くする。
「いいのか?」
「だって、また一人でどっか行ったら大変でしょ」
「しかし……」
「それに、僕だって君を放り出したら、あとでどうなったか気になっちゃうし」
結は少しだけ面倒くさそうに言った。
「だから、ここにいればいいよ」
「……そうか」
浦島は、ほっとしたように笑った。
「ありがとう、結」
「うん」
結は頷いた。
……まあ、僕が何かするわけじゃないけど。
そう心の中で付け足す。
自分から動いて、何かを変えようとするのは――
今の結には、少し怖かった。
だから、とりあえず。
「うちにいればいい」
それくらいでいいと思った。
こうして、結と浦島太郎の、奇妙な共同生活が始まったのだった。
「浦島さんの里帰り 第2話」を読んでいただき、ありがとうございます!
今回のお話は、改稿前に考えていたネタをもとにしている部分も多かったため、比較的スムーズに執筆することができました。
そのおかげで、思っていたよりも早く投稿できてよかったです!
この調子で、第3話もできるだけ早くお届けできたらと思っています。
次回もぜひ、読んでいただけるとうれしいです!
追記:後書きで「!」を使うことを覚えました




