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パレードの終わり

Latata(らたた)-talata(たらた)-Latatata(らたたた)-Dadada(だだだ)!」


「おあっ!?」「地面が揺れたぞ!?」


 ノリにノってきたCSの拍動に足下が縫い止められ始める者が出てくる。まるで見えない快楽に足首を掴まれ、這い上がられるように。

 CSは一切、それらに痛みを与えない。『しあわせ』だけで制圧する。


 無条件の和解と絶対の承認による支配、沈む安心と溶かす官能で徹底的に蕩かせる。二度と逆らわないように。やさしく、傷つけず、相手に何に従うべきかを叩きつけ続ける。


 今、この場を支配しているのは何か。

 おまえたちは、何に服従するべきか。

 CSのからだは、それを知っていて使うことにためらいがなさすぎる。


「この感覚! やばいっ、こいつ『しあわせ』持ちだ!!」


「あ、足が動かない! あっ、だめだ! ああっ、ゆるされるぅっ! 近づくなぁっ!」


「身体が、負けを悟ってる! あしがっ! 足の裏から『快楽』に食われるっ! なんだこいつ!!」


 真実、CSは快楽の化身だった。これはその帰還パレードだった。

 刃向かおうとした者たちは、路地裏に逃げる前に無力化されて固まっているか、すでに聴衆と共に手拍子を打っているかだ。


 あるいは叩き込まれた拍動に突き上げられ、次々と内側から敗北して悦びの中に悲鳴を上げ、転がり、床じゅうに響くCSの振動にずんずんされて、魂の底から勝てないと理解させられている。


Dada-Dudy(だだ・どぅーでぃ)-Dalila(だりら)! Dada-Dudy(だだ・どぅーでぃ)-Dalila(だりら)!」


 だーだー、どぅーでぃ、だりら!

 より響きやすい音に。力強く。唇に刻む音を変える中、C'はCSに身を預けながらも魂を奪われないよう、確実に四拍子を口ずさむ。隙間は空けても許される。


Charge(かけあし)Chase(おいつけ)、……、Jump(とびつけ)!」


挿絵(By みてみん)


「ぐえっっ……! ひっ、わ、わるかったって!? ひびくっ! ひぃっ!? 押すな! こんな、拍に、押しつけられたらっ!」


 ひったくりを追い詰めて、飛びついて床に押しつける。華奢な身体でどうにかまたがって、ひったくりの肩をぐっと押す。

 取り押さえられたひったくりの身体は精神より先に場に呑まれた。突き上げる衝撃によって、全身に教え込む拍動を叩き込まれ、魂の危機に悲鳴を上げる。


(捕まえた――)


 C'は爛々と空色の瞳を光らせながら、藻掻いているひったくりを押さえ続ける。ウェイトでは大の男に勝てない以上、陶酔で底上げされた身体で床に押さえつけ、CSの拍動が侵し尽くすまでたっぷりビートとしあわせの拍動を聞かせてやる。


 そもそも、自我溶解はオーバーキルだ。大抵の人間は快感を流されると止まる。実際、C'自身も呑まれるギリギリだ。取り押さえてついた膝から振動が伝わって、突き上げられる悦びに身体が震える。


 何もないはずの自我のどこかで、この拍動をもっと欲しいような気がすると思ってしまう程度には。


Keep(まだだ)……、Hold(おさえろ)……ッ」


 息が詰まる。快楽が身体の内側で反響して自我を塗りつぶそうとする。自我が一段階、青い陶酔の下へ沈む。ちらちらと目の裏に花びらのような光が散り始める。


「おっ!? おぉぉっ!? 折れる! おぉぉ! こんなん無理! 無理! 溶けるっ! わかる! わかりましたァ!! 逆らってすみませんでじだぁっ! 溶けるぅっ!!」


 ずんずんと重低音で背骨から魂を揺さぶられた男は白目を剥いて助けを求めている。魂に貫通する快感に全身を痙攣けいれんさせ、耐えられない幸せに躾けられている。C'は逃がさないよう、力を緩めない。

 呼吸のタイミングをずらさなければ快感を逃がせないのは、蝕まれるC'が一番よく分かっている。


 CSは陶酔の果てに、このままこのあたり全ての魂を拍動で包んでしまいそうになる。その瞳はほぼ完全に拍動汚染の深い青だ。

 周りのきもちいいを増やすために、みんな壊そうとしてしまう。


「っ、CS! まずい、出力が過剰だ、周囲に被害が出る……!」


 はっとして、C'はCSの方を見るが、もう遅い。青く沈んだ瞳で、歓喜のまま全てを『しあわせ』にするよう、CSは拍動を広げていた。


「|Dada-Dudy-Dalilaだだ・どぅーでぃ・だりら! Dada-Dudy(だだ・どぅーでぃ)-|Dali-Dali-Laだり・だり・ら!!」


 La la la la……。たんったんっ、たった……。


 CSの歓喜の旋律のあと、ぴたっと音が止んだ。残響だけが、先の熱狂の名残を人々に与える。人々の瞳は青い光を失い、最初から機能していなかった者以外はきょろきょろとあたりを見回している。調和。世界は喧噪を一瞬だけ失って、平和になった。


 ゆるく開かれて、ほのかに脊髄端末が見えるCSの背中を、ディーがそっと触れながら低く柔らかく囁いていた。


「これ以上はやめとけ。みんな大分、きもちよくなっちまってる」


「あぇ……そうだぁ……。きもちいいは、していい?って、してから、かってに、ずんずんしちゃだめ……あぁ……」


 自我が安定しないリバーブまみれの声で、CSは頭を軽く揺らした。しゃりん、しゃりんと音を立てて、水筒から半身を覗かせた液体ケーブルが撫でてくれている。

 昂ぶった心が青い光と共に収まっていけば、やがてCSの自我が戻る。空色の瞳が取り戻され、ぱっと顔が上がる。


「はっ! でぃー! いけない。わたし、きもちよくなりすぎちゃってたね! いけない、いけないことだったよね! 意図せぬずんずんはだめ! しーぷらいむ、大丈夫?」


「C'はあっちだ。ちゃんと仕事してる」


 はっとして、CSは後ろを振り向いてディーから離れ、きょろきょろとC'を探し始めた。

 C'も額に浮かぶ汗を拭って、心地よさげに目を閉じ小さな吐息を漏らした。その足下には、完全に呆けてしまったひったくりが取り押さえられていた。


「しーぷらいむ! うごける?」


「う……ディーを、呼んでくれ。さっきの高揚がぶり返した……上がりすぎて、立てない」


 C'は漏れ掛けた熱っぽい声を喉に押し込んで、口に手を押し当て、身体の熱を冷ますためにだけ吐息を漏らした。


「あひぃ……」「ひあわへぇ……」


 ひったくりは精神を完全に折られていた。鞄を取り直したり、逃げる余裕もなく、頭からつま先までしあわせビートに巻き込まれ、神経を揺さぶられて停止している。

 その青く変色した瞳は極上の悦びに満ち、哀れにもびくびく震えて注がれたしあわせという名の『快楽』に敗北し尽くしている。


「はい、お疲れさん。引っ張り上げて直すから力抜いといてくれ」


「すまないな……」

 

 ディーだけが熱狂にまったく共感せず、胸に下げた指輪を左手の薬指につけ、すいすいと歩いてきてCSに買い物袋を預けた。あとはC'に手を差し伸べて引っ張り上げる。まともに立てない彼の目元を覆い、支え、胸元のコアの埋まるあたりに左手を添え、CSにしたように耳元で囁く。


「『さがる』」


 ――ぱちん。


「『さめる』」


 ――たたたっ。


「『……おちつく』」


 ――とんっ。


 指輪からコアに直に送られるのは極めて簡潔な振動だ。これも立派な拍動伝達手段の一種。信号を受けるごとに一瞬だけ強ばったC'の身体は、元の調子を取り戻して立てるようになる。ディーは、ぱっと手を離して、再び指輪をチェーンに繋げて首からかけ直した。

 

 これがこの世界の戦い方。それぞれ特有のリズムとビート、装置や暗示、論理で自分を守り、相手を己の拍動で圧倒して意思もろとも無力化する。あるいは制圧する。


 陶酔、元凶の制圧と場の支配、そして、その競り合い。

 熱狂の拍動時代において、こうした路上での戦いも日常に起こる出来事として人々は認識している。


 誰も、無理に身体を殺さなくてよくなった。だから世界はビートに溢れた。何回でも殺すために、ひとは轟音で相手を打ちのめすのだ。


「急に何しはじめたんだと思ったら、お前らほんとさぁ……はーっ、無事でよかった」


「ごめんね、あのね、これ! とりかえしたよ!」


 CSは鞄を大切に拾い上げて、ディーの後ろから走ってくる少女によく見せた。

 

「すみませんっ! まさか、取り返してもらえるなんて……!」

 

 ニルヴェイズではよく見る風体だ。明るめの茶髪で、エクステが何色か入ってて、赤みがかった丸い瞳が熱狂の時代によく馴染んでいる。

 この街の賑やかさを思わせる華やかなジャケットとホットパンツが特徴的だ。ポップな鞄を渡せば、その目がぱあっと輝いて、拍動があれば感じられる二人に向けて唇が動く。


「わあ、全部揃ってる……へへ! ありがとうございましたっ!」


 この街はあまりに騒々しい。だから、住人の声そのものはかすかにしか聞こえなかった。でも、ふんわりとした熱が二人の響く感覚に届いて、柔らかく満たした。

 『ありがとう』。それは間違いなく、その人の声や輪郭から溢れ出た感謝の拍動だった。


 今の時代、人は声だけでなく全身で拍を伝える。彼女が元気よくお辞儀して走り去るのをC'は見送って、ほっと強ばっていた表情を緩めた。


 CSは小さく震えて、拳を握って、そのままそんなC'に飛びついた。


「っ、や、や……やったぁっ! やったよ! しーぷらいむ~! よかったぁ、わたし、いま『しあわせ』ぇ! コアがずんずんしちゃう!」


「うわっ、ま、待ってくれ。まだ感覚が……! 響く! 膝が笑っ、ゆ、揺らさない、で、くれ……!」


 重低音がC'のコアの入った胸の奥まで響き、自然と身体がしあわせになろうと響き始める。C'が藻掻いているのを、ディーが助ける。でもってC'はCSと手を繋ぎ、買い物袋をわけっこする。


 熱狂の都、ニルヴェイズじゃ幸福と快楽は溢れ放題。だから、たった一つの小さなしあわせを守るのが大変だ。二つの断片は今日、小さなしあわせを守ったらしい。それはどうやら、いいことらしい。



《しあわせ拍動譜面記録001:化身の帰還/ジャンル:パレード&行進曲/BPM:120》



【ニルヴェイズTIPS:ニルヴェイズは警察も行政も頑張ってるけど治安はだいぶ悪いため、自衛が推奨される。今回のCSたちの行動は『自衛圏内』及び『対応後のケア』があったのでお咎めなし。『きちんと守ろう、あなたの拍』】


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