トラブルが秒単位で出てくる楽しいところ
熱狂のニルヴェイズにはもちろんスーパーがある。拍動が宿った食品には、それに適切な『おいしい』『あまい』『からい』などがきちんと封入されていて、料理を多少ミスった程度なら誤差の味わい。
拍動一つで脳が揺れちゃう敏感な人向けに、非拍動性の食べ物も売られているが、これは少数派。
かさ、かさっ:買い物の達成感だって、袋から鳴らせる時代だ。
お菓子の入った袋を手に、CSは満面の笑み。ディーとC'で食材をわけっこして、和やかな帰り道につく。人の気配よりずっと、そこかしこで鳴るビートの方が大きくて、近くに寄り添わなければはぐれてしまいそうにもなる。
「きもちいいの買っちゃったぁ。よかったの~、でぃー?」
「これぐらいなら全然。好きに分けな」
「C'、わけっこしよ? チョコレートとグミ、どっちが好き?」
CSに差し出され、C'は硬直した。彼の中でCの情報がシミュレートされる。
(Cは。どっちも好きだった。甘い物と読書経由の知識収集を好む。でも、チョコレートとグミの好悪の差は、ない。どちらも好き。どっちか? 俺が決める? おれが? 情報が足りない。これは、わからないのでは!?)
混乱するC'に、CSから差し出されるものがあった。
「んふふ。はい。さっきのおわび、ね?」
「あっ……あり、がとう。家で、食べる」
落ち着くよう流されるしあわせの拍動と差し出されたお菓子を、硬直しかけていたC'は受け取った。それは、非拍動性のチョコレートだった。拍動に溢れすぎた世界では、すぐにそれを拾ってしまうC'に向いている。
食べてもしあわせは少ない。でも、確かなチョコレートの味に満ちている。今はそれを食べず、C'は大切そうに自分の持つ買い物袋にしまった。
「でぃー、今日は何食べるの?」
「拍動控えめの食材でチキンライスにする予定。俺はまだやることあるから、先に食べてな」
「はぁい。C'、チキンライスってなあに?」
「米を基本として、ケチャップと塩胡椒で味付けした――」
そんな平和なやりとりも、ニルヴェイズではあまり長続きしない。三人の帰り道から少し離れた場所で、騒音が鳴り響く。
「また小競り合いだぁ!」「さっきもどっかの奴がしょっぴかれたじゃん!」
「お前の父ちゃんお華屋さん!!」
拍動ニュースで異常に気付いた人間が、目の前の通りを大慌てで退避していくのをCSとC'は見送った。CSは目を瞬かせ、物知りのC'に顔を向けた。
「C'、『おまえのとうちゃんおはなやさん』ってなあに?」
「彼は『ふざけんなこのカルト野郎』……――っ? と、言っている。えっ?」
C'の持っているCのおしゃれで理知的な記録は、「お前の父ちゃんお華屋さん」は「ふざけんなこのカルト野郎」という意味だと弾き出した。
が、口を突いて出た言葉の品のなさに、発した器は出ていった拍動を二度見した。
――スラングは『俺』の好きな言葉ではない。
(そうだな。君は、使わない。スラングの知識を持っていただけだ)
Cは口汚い人物だったかと記録を照らし合わせて、C'はファクトチェックを完了した。会話をしているわけではない。Cならこう言うという情報を参照して、シミュレートしているだけだ。
Cの知識大辞典とにらめっこして、頭の中で一人芝居して自我と記録を共存させようとしている。そうしないと、もう頭がこんがらがってしまう。
「たぶん……言わない方が良い。不適切だ」
認証が終わると、まだ何も知らないCSに視線を向けて、C'は自分の口元に指を寄せて小さく頷く。
「うん。いまので、わたしのおもてのところ、とげとげしてる。表面がちくちくする……」
しゃりん、しゃらら。きらめく黄金液体ケーブルを専用の水筒から取り出して、CSは自分から拍動を響かせ、頬や後ろ頭にある接続端末のあたりをすりすりしてもらっている。
幸福感と快楽がいくらでも出てくる最強の液体ケーブルは、しあわせが足りない相手を撫でるよう反応するのもあって、なんだかCSのペットのように従っている。
滴らない可愛いスライム的存在だ。
なおこのスライムは使い方によって人の脳と魂を容易にブチ壊すものとする。
「あぁっ! ちょっと! 誰か、わあっ、ひったくりぃっ! あだっ!」
その騒乱の街角から、今度は数名の男と少女が飛び出してきた。転んでしまった少女をあざ笑い、ひったくりたちはCSたちに背を向ける姿勢で走り去ろうとする。突然の出来事にCSはすくむが、C'は身構える。
(あれは、いけないことだ。止めなければ)
叩き込まれた記録の残響が「これを見過ごしてはいけない」とC'の身体に響いている。
自分の内側で揺れる、ほのかな熱。それに、C'は拒否感を覚えなかった。自然と、彼はひったくられた少女を支えて、すぐに犯人の方に身体を向ける。
「あつい? ぽかぽか、めらめらしてるよ」
「そうか? これは、熱い……」
胸に手を当てて、言葉にしてみて、実感する。これが記録から来るのか、別のところから来るのか分からないが、これを考えすぎるとひったくりがいなくなるのは彼の頭も理解する。もう、彼は前を見ていた。
【ニルヴェイズTIPS:もうみんな好き放題しているのでとんでもない案件が目の前で発生することもザラ。それも拍動で共有するときもちいいのでもう始末に負えない。『大事にしよう、見えない臓器』】




