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ニルヴェイズへようこそ!!

 快楽と熱狂の都、ニルヴェイズ。

 ひとはその巨大すぎる街をそう呼んでいる。そこかしこで拍動が人を引き寄せ、街じゅうのスピーカーから重低音がぶちまけられる。


 年中お祭り騒ぎのこの街は、拍動の時代を象徴するおしまい感を希釈なしで楽しめる。


「いらっしゃいませ~! 『さわやか』拍動トッピング好評発売中です!」


『しあわせグミ、セール中!』


 拍動はどこにでもある。『さわやか』レモネードを吸えば心が確定で爽やかになって、『しあわせ』グミを食べればじゅわっと幸せが直に染み出して脳を潤す。人はぶっちゃけもう飲み食いだけで最高に気持ちよくなれる。


 これが空気を震わす拍動の共鳴ともなれば、みんなで同じ気持ちいいを共有できる。同じビートで一緒に踊ったら、そりゃもう一日ハッピーでいられる。


「今日めっちゃ楽しかったね!」「折角だしご飯行く?」


 誰も一人じゃない。拍動さえ合わせれば、初めての人同士でも一緒に食事ができる。おしゃべりをして、しあわせになれる。感情を読み違えて間違った情報を拾うこともない。


 何もかもから幸福を得られる、燃え上がるアツい涅槃ねはんがここにある。


「ばんざぁぁい! ばんざぁぁい! 変えてくださってありがとうございまぁぁす!」

「るん……るん、らん……」


 が、結果として、拍動に魂を溶かされた人間がそこかしこで奇声と奇行を繰り返すのが当たり前になった。


 アーケードの片隅には自我溶解と言われる『自我が復元できない』拍動汚染の末期症状の人間が転がっていて、自分の身体の中に残ってしまったリズムに指や頭をうつろに動かしている。


「何見てんだオラッ! 見世物にすんぞ!!」


 なんだったら、自作だったり安物だったりの拍動支配装置ビートダウンを手に、我が物顔で商店街の一角を支配したりしてるやつもいる。


「目を合わせるなよ。ろくでもないのに絡まれちまう」


 全部に関わっていると、最寄りのスーパーにすらたどり着けない。ディーは手触りのいいお手製ガジェットをカチカチ鳴らして回しながら、二人と歩いている。

 関わるなとは言わないけれど、関わってもいいことないよって淡々とした歩調で二人を案内中だ。


「すごいねえ……あっちこっちから、拍動がきこえてくる……」


「ニルヴェイズ表層はあまり変わってないな。いや、俺……でなく、Cの、件から。三日しか経過していないといえば、そうだが」


 何も知らないCSは、C'と手を繋いでディーの後ろをくっついている。C'はいくばくかの明晰さを取り戻し、あたりを見回している。ディーは二人を先導しながら、すっかり茹で上がったアーケードの一角を見る。


 ゲリラライブは拍動が基準。いかに快楽の負荷を魂まで突っ込めるかだけ。

 和音偏重の歌や旋律の権利は、凶悪な重低音の波に呑まれてどっかに行ってしまって久しい。

 重なる美しい音より、シャウトや打音によるクソデカで暴力的な拍の方が伝わると分かってしまったからだ。


 今は打楽器、スピーカー、アンプ。これだけあればいい。

 幸せ。拍動。デカい方がいい。これがニルヴェイズのスタンダードにして現実。


(ゆ、揺れる……身体が……。鳴らされている……)


 C'はあらゆる音が反響して、頭を揺らしそうになったり、近隣住民がドラム缶を叩いて踊っている様で歩調を崩している。


「三日ぐらいじゃ何も変わらねぇさ。ここは昔からそうだ」


「あれも、昔からある?」


「行ってみるか?」


 CSが指さした先には拍動の詰まったソーダの屋台が一つ。ディーに促されて、CSは頷いてソーダ屋台に飛びついた。C'は引きずられていく間、相変わらずハイライトが死んでいたが、ディーが観察している限り三日間ほどだいたいこうだ。


 CSはC'を引きずって、どこにでも連れて行きたそうにしている。C'自身もどうしていいか分からなそうだが、嫌な顔は一度もしていない。


「あれなんだろ~! ねえねえ、これなあに? えっと、えっと、すみませーん、これください!」


 ソーダを買って目をきらきらさせるCSを見て、自分の頭の中にある情報と自我を確認するように、C'は小さく右に左に頭を揺らしている。


「C'、これどう?」


「Cは……甘い物を好んだ。から、俺も好き……? どんな味がする?」


「指の先からね、もう、すごくふわふわする。飲んでみるね。いただきまぁす」


 我慢できず、CSはストローから幸福で爽やかな味わいのソーダをたっぷり吸い上げた。

 しゅわしゅわが弾ける感覚と甘みの中に、『爽やかで』『刺激的で』『あまくておいしい』という確定情報が入っている。


「あへぁ~……きもちいぃ……」


 たまらずCSは脳がハッピーになって、だらしない声で表情を蕩けさせた。脳内麻薬がどッばどば出た顔で、ソーダの甘味そのものより拍動の情報に酔っている。


「うぅ……」


 それを見たC'は考えをやめて顔を強ばらせ、近場の極楽浄土に向けて飛び上がっていったCSの精神とだらしなくお解脱したツラ、雰囲気の変わらないディーを見比べる。


「拍動汚染を受けている、俺たちが。道端で拍動を含む飲食をするのは危険なんじゃないか?」


「よく気付いたな。次から安全なとこで飲ませた方がいい」


「え? ああ……そうする」


 ディーは積極的には干渉してこない。ただ、聞けば答えてくれる位置にいる。自主的な反応を促してくれていると分かるので、C'はソーダを快楽の濁流と共に吸い上げるCSを止めることにした。


 しあわせはCSの身体からはみ出し、周囲の空気も蕩かせる。C'はそのかすかな震えにさえ共鳴しそうになる。もうなんか、ちょっと望まないきもちいいがめり込んでいる。


「CS。CS……それは過度の拍動情報に対する陶酔反応だ。よくない……」


「あぇ……しーぷらいむも、のむ?」


「やめておく……買い出しを、するんだ。それが任務……。そんな目で見ないでくれ、CS。Cは甘いものが好きだった。なら、俺は、好きであるべきだ。拒むことが困難だ……」


「でぃーの側なら、だいじょうぶ、かも?」


「……っ、ううっ、分かった。一口だけなら、大したことはないはずだ。知識はある、依存性はない……これは、ニルヴェイズの、普通の飲み物だ……」


 と、最初は引き留めていたものの、Cが甘い物が好きだったという記録に引っ張られ、CSの頼みも断れず。C'は観念して自分の言っていた主張を翻し、一口だけソーダを口にした。してしまった。


 瞬間、『甘くて』『爽やかで』『刺激的』という確定情報が、C'のめちゃくちゃになった神経ネットワークを跳ね回り、ボロカスな精神と魂に強烈なアッパーカットをかました。


 ばちん!!:快楽が爆ぜる音。主に神経から精神領域あたりに響き、思考を甘く痺れさせる。いわゆるクリーンヒット。神経が過負荷に悲鳴を上げてる音なので普通に危機(ヤバ)なライン。


「は……? あ、あれ……? あぁ……そ、そんな? ばかな? こ、こしが、ぬけ……」


 ストローから口を離した瞬間、C'自身は自分の足が浮いたと思った。口から勝手に吐息が漏れた。視点が定まらなくなり、C'はよろけて、その場に膝をついた。頭に星やひよこさんが飛んでいるのが共鳴越しに見えている。


 きもちいいに浸かっているCSは、酩酊のまましゃがんでC'の様子を見つめている。耳まで真っ赤なC'が、快楽信号に耐えるために震えている顔がCSには見える。本気で心配をしているけれど、きもちいいを感じるとCSは基本的に止まれない。


「あぁ~、わぁ! そ、そこまで違うんだ、ごめんね!」


「ぅ……やめ……やめてくれ、……しー、えす……ぅ。いまは、さわるの、だめ……」


「わ、ぁ……! あ、あぁ! そうじゃない、そうじゃないの……」


 C'が感情で酔っ払って自分と似たトーンの甘い声を漏らし、身体を隠そうと背を丸めた時、CSは顔を赤らめた。

 おまけにぞくっと身を震わせた。が、己のしてしまった振る舞いに陶酔状態のまま平謝りをした。ディーは肩をすくめて、二人の肩をぽん、ぽんと叩く。それだけで、身体の内側から響くソーダの刺激的な拍動は止まる。


「ほら、今日の主目的を忘れてねぇか?」


「はっ! そうだった! 買い出し!」


「そうだ、任務、任務がある……そうだった……」


 そういうわけで、道端の飲食物一つさえ幸せがどん底まで響くこの世界。スーパーに行くのだって一苦労、帰るのだったら二苦労。

 残りのソーダを吸い上げ尽くしたCSが、溢れきったゴミ箱のてっぺんにカップを置いて、ゆるく笑っている横で、C'は消え入りそうな声で呟くのだ。

 

「――Downer(おちつけ)Lower(たかぶるな)……ううっ、そんな。たった一口で、こんな……Cは、こうじゃなかった、正常に再生できていない……」


「ジュースひとつも、いのちとりかも……もしかしてここって、きもちいいけど、危ない?」


 CSは目が慣れてきて、あちこちに張り巡らされたカラフルな液体ケーブルに気付き始める。それだけではない。どこもかしこも拍動が通る。

 スライミーなケーブルが通っているせいで、まるで商店街の至る所がとろけているようにも見える。未来、全ての輪郭を失っていくのを予言するように。


 そして、その質問にディーはこう答えた。

 

「んー、まあ。半分はもう溶けてる。みんな気にしてない。もうどうしようもねえから」


 加えて、彼はへらへら笑って付け足した。


「不安なら近寄らずに、好奇心があるなら調べりゃいい。そんだけ」

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