タイミングとメンタルの調整しよ!
C'の声には勢いも音程もない。空気だけ吐いて、自身に囁き聞かせる程度の小さな抵抗の暗示が、まだ暗く沈んだC'の魂をほどよい熱で震わせる。
「――Upper……Upper……Upper……Upper……」
一つ呟く度に、CSの拍動に引っ張り上げられるように。C'の顔が和らぎ、ほのかな頭の揺れで髪がかすかに動く。四拍で一回の応答で十分に機能する。
拍動に合わせた意識の集中。これはCSとC'が応急策として考えた拍動の送り合いだ。でも、今日のCには刺激が強すぎた。ぶるぶるっと身体を震わせて、早くなった呼吸と鮮明すぎる視界に眉を寄せている。
「どきどきしすぎてる? じゃあ、逆もやろ? 拍動がいちばん通る、C'のおなかのおくの、『きもちいい』とこ。今日は、わかる?」
「おなかのおく、というのは……ああ。思い出した。コアか。君はコアを活性化させて問題はないのか?」
CSはゆるく微笑んだ。
「うん。平気。わたしのこれは『きもちいい』をたくわえて、みんなに『しあわせ』を響かせるためのもの。わたしは管理されて、きもちいいを与えて与えられて……それだけで完成してるんだよ」
C'は胸に手を当てた。CSの『きもちいい』はおなかのおくと表現するけれど、それは間違いなく心臓の位置だ。
拍動が聞こえてくれば、今度は頷くような振りではなく、C'はごくわずかに横に揺らす。小さく、汚染まみれで判然としない頭に染み渡らせるように。
「――Downer……Downer……Lower……――Set」
パチッ!:鮮明なスイッチ音。散逸していた意識が一点に集中して、世界の色が見えてくる。
意識が先ほどよりも鮮明になり、C'は小さく息を吐いた。鈍く重たく見えていた世界が、丁度いい彩度を取り戻す。
こぢんまりしたディーの秘密基地の、木造風シートの木目柄やコンクリートの凸凹がよく見えるようになる。
「はあ……冴えてきた。これが丁度いい」
「ふふ! やった!」
「……ん。ありがとう、助かった」
C'のかりそめの心臓も落ち着いた。ディーはペンを回しながら、もう一枚の資料を見る。
【C'/C-prime補足:肉体は精巧な『残鳴機構』である】
人間を模して作られた人造人間。人の拍動を入れて、再生できる。だからナリモノ。人間型の録音再生装置だ。ただし、自我がある。
心臓もちゃんと動いてる特注品の類い。敏感共鳴体質の原因は、そもそもそういう作りだからだ。身も蓋もない。鳴るのが仕事ってやつだ。
「ふぅ」
リズムで整え終えた彼は自他の境界線が少し、しっかりする。焦点が合って、繋がれた手を軽く手で握り返したり、情報に紐付いた思考ができるようになる。
「なんとなく記録が馴染んできた、俺、じゃなくてCは。もう少し声と表情が鮮明だったが、再現が難しい」
「うん、拍動から『ざりざり』がなくなってきたかも、準備できたね~。えらい、えらい」
ぼんやりしていた自我のズレが合って、少しだけ喋り方も鮮明になる。それと同時に、二人の様子を観察していたディーは、丁度一枚の資料を手にしてそれと二人を見比べる。
最後に見るのは、いわゆる『外せない装備』ってやつだ。
(コア。コアなあ。遺失されてるはずのもんを平気でつけやがって……)
【CS:BloomCore CS心臓付近に固定された球体装置。CSの快楽を増幅させ、範囲全ての人間に通称『しあわせ拍』を拡散する】
【C':EchoCore C'内部に縫い止められている装置。BloomCoreに共鳴し、自分に対する拍動の効果を増幅する。C'に不利な情報を入力する主原因の可能性が高いため、要警戒】
無表情のディーの指先でペンがせわしく回って、ペン先の残像が輪になっている。
(俺はC'のことを不良品と思っちゃいない。わざとそう組み込んだって線のが濃厚だな。破綻してるのがやった奴のデザインなんだ)
彼の瞳はかすかに冷たく光った。
(下手をすればあたりに快楽を広げちまうCSと一緒で、こいつは命令で何でも取り込む拍動支配装置になる可能性がある、が……二人ともがひとまず保護観察処分。で、俺が二人を引き取ってるってわけ。観測終了、セーブ)
Cはあらゆる肉体と魂の音の記録、それに紐付いた全ての尊厳とを生きたまま溶かされ、肉体と記録の二つの団子に引き裂かれて発見された。
肉体はCSになったから死体はない。Cは作戦中に仲間を逃がしたあと、『いなくなった』のだ。
20分弱も優しく撫でられ、快楽に沈み、消えた。情報はバッヂ型の保存装置に残っていた15分あたりまでの悲痛な音声データ、それだけ。
主犯のビートダウンは、もうその場にいなかった。二人以外のあとに残るのは、あのあと救助されて、病院で目を覚ましたディーだけだ。あの日、ディーの中からCという一番大切なメジャーコードが失われた。
「できたよ、でぃー! いこ!」
「俺も問題ない。護身用のガジェットだけ、貸してほしい」
「はいよ。暴れても問題ないやつにしときゃいいな」
「そうしてくれると、助かる」
でも、ディーは一度も二人を責めていない。二人はディーに保護されて、最悪な底の底で平穏に時を過ごしている。
Cの断片はもう元の形が認識できないぐらいに、ばらばらだ。ディーは二人に影法師のように寄り添っている。
これが現実。相棒を失った青年と、相棒だった二つの欠片がドアを開いて出かけていく。行く先は買い出し。新しく始まっているらしい、日常の出だし。
【ニルヴェイズTIPS『接続端子』:人体に取り付けられる液体ケーブルの接続先。これがなきゃ、この世の快楽は始まらない。だいたい首の後ろにあるけど、入出力がいっぱい要る人は耳の後ろとか手首も選ぶ。接続端子がなかったら五感とか骨伝導とかから拍動食らって治療手段もないみたいな感じになって人生が終わるので必須装備。日帰りで開くことはできる――閉じることはできない】




