赤の他人に己の趣味を押しつけてはいけない
ニルヴェイズの商店街の一角。ビルが解体されて久しい狭い空き地にたどり着いたCSたちは、それを目撃するに至る。CSは立ち止まり、C'は拍動銃を抜いて警戒する。
「何、こ、これ……」
そこにはいくつかのオブジェが綺麗に並べられていた。
全部、人間だ。直立不動で通行禁止の赤いコーンを頭から首まですっぽり被されて、老若男女分け隔て無く横一列に並べられている。
なんなら取り押さえに来たBROもまとめて固まっている。
「BROが、固まっている……相手は強敵だ……」
CSはこの世の理不尽に愕然とし、C'は目の前の景色と記録と自我がかみ合わずに硬直し、ブラッドはこれからもう一発芝居掛かった台詞をキメて精神安定を図ろうとしたところでこれを目視して固まった。
ディーは共感しない。誰ともだ。当然、オブジェともだ。が、視線は心なしか冷ややかだった。
こんな状態で最初に声を上げたのは、CSだった。
「は、は……拍動が、かわいそう! かたまってる! あんなっ、あんなおんなじ風に固められてっ、コーン……かぶされてる! なんで!?」
CSの目に純粋な慈悲から来る涙が浮かんだ。これが公開処刑だとはまだ気付いていない。が、Cの記録を持って照らし合わせ中のC'と一般的なニルヴェイズの知識を持つブラッドやディーはそうではない。
「コーンを、被されている? 直立、不動で……あ、これは。羞恥系拍動汚染の類い、だ。CS、直視すべきじゃない。これはかなり残酷なやり口だ」
「なッ、何て品のない! 不調和と暴力支配の極みだッ! まっったく轟音主義者は悪趣味な連中ばかりだね!?」
C'は頭から引き出せたが理解しきれない仕打ちに戸惑い、我に返ったブラッドは引きつり気味の顔で後ずさって悪態をつき、ディーはやはり何にも共感せず現場を眺めているが、視線は冷ややか寄りだ。
――悲しい話だが、よくある支配方法だ。羞恥は拍動汚染が解除された後も心的外傷が残り、再支配のきっかけになりやすい。
(二度と逆らわないよう、心を折る支配方法でもあるということだな)
Cの知識大辞典を引っ張り出しながら、C'は引き気味にこれを作った轟音主義者を探した。
拍動汚染が解除されたから、きれいさっぱり全てが治療されるわけではない。
心の傷は残り、自分と世界がかみ合ってない感じになって、また拍動汚染に手を出してしまう。
それはC'もなんだかよく分かる話で、胸につい手を当ててしまった。が、それはそれ、これはこれだ。
(これは剥がしたところですぐには戻らない。ミッションが示した通り、元を叩かなければならないタイプだ)
視線を戻し、固まってぴくりとも動かない犠牲者をちらっとだけ見て口元に人差し指の第二関節を添えて考え始めた。
個々人から感じる拍動は縮こまって押さえつけられて、軽く刺激した程度では戻らないのが明白だった。
ナリモノボディに響いてくる拍動は、この犠牲者たちが今まさに『恥ずかしい記憶』を思い出させられていることを訴えている。
「これが鎮圧対象のビートダウンの効果か。停止、硬直の誘導に警戒すべきだ。救助の届け出もCoLに出そう」
「もし、わたしたち負けちゃったら……固められちゃうって、こと!?」
「はぁ~ッ……これは断言してもいい。クソミッションだ」
極力事務的に応じるC'と戦慄するCSに対して、ブラッドはこめかみに手を当ててもみもみしている。CSを安堵させなければとC'は思って、潤んだ瞳のCSに手を伸ばす。優しく、気遣いを込めて、求められるなら手を握る気もあった。
「大丈夫だ。CS」
「しーぷらいむぅ……」
「俺たちの尊厳は――」
C'はふと気がついた。
「ああ、もう失われた後だった。失うものは何も、ない。頑張ろう」
「シープライムぅっ! 取り戻したよね!? 尊厳ッ! ねえッ!」
CSの悲痛な叫びが響き渡った。
残念ながらこっぴどく改造された現実を前に、C'は気遣いの拍を迷わせて真顔で回答してしまった。
自我が行方不明でハイライト激減の目がますます死んで、拍動が生きる喜びを見いだせずに静かに止まっていく。
そんな彼の背中を、優等生のブラッドくんは軽くつついて拍動を送る。
カカカカンッ!カンッカンッ!:指揮台をタクトで叩く音。ブラッド本人と同じく、ちょっと演技感がある。でも心なしかユーモラスな拍が、どこかに行っている者の集中を促し、いい感じに調律する。
「こらこら、ここまで来て急に拍がフェードアウトするのは面白いから。だめだよ」
「そうだよぉ! こんなことをした人、ずんずんしてお静かにさせちゃお!」
CSは固められてしまった人々を見て、「どん」と足を鳴らす代わりにビートを鳴らした。
人生は尊厳を踏みにじられても普通に続くという厳しい現実を目の当たりにして、C'は目の前がくらくらするのを感じたが踏みとどまった。
「……」
ディーはコートから小さな筒状のガジェットを出して、指先で弄んでいて黙っていた。が、彼は物陰の一面に目をやって、不意に口を開いた。
「で? いつまでそこから眺めてんだ、おっさん。覗きは拍動時代前から犯罪だぜ」
「……これを見てまだ文句つけやがる馬鹿がいるとはなァ。新人ちゃん三人と、スカした保護者さま一人か」
ディーに促され、いかにも粗暴な口調で物陰から出てきたのは、手に赤黒いコーンめいたメガホンを握り締めたいかつい大柄な男だった。
じゃらじゃらとスタッズがついた黒いジャケットが目を奪う。
肩に小さいコーンめいたとんがりがセットされていて、魂の底まで通行止めに染まっていると身体で自己紹介をしてくれている。
なんだったらもう片方の手でコーンを引きずってきている。
内側からはじりじりと、不快な拍動の気配もある。他人を思い通りにできなくて、イライラしているビートだ。
【Mr.イッテー:だいぶ厄介者の『轟音主義者』。気に入らない人間を拍動で固めて頭にコーンを被せ、並べて縄張りを主張する。羞恥心で人間の尊厳をめちゃくちゃにするタイプの迷惑拍動犯罪者だ。イッテーはたぶん、一時停止が由来】
その姿を認めた時、真っ先にCSが人差し指を向けて声を上げた。
「おじさん! 人間を固めるの、いけないよ! 戻してよ!」
「オレが何なのか、分かってねェ顔だな……ここらじゃ俺の名前を知らない奴はいねェ……ッ」
メガホンとコーンを力強く握り締め、巨漢の男は天に向かって叫んだ。
「俺こそがッ、拍動固めのプロッ! Mr.イッテー様だぜ!」
「この世の終わりだ、美意識を疑うよ」
「問題ない。今から終わらせる」
「来てくれたBROの人まで固めるなんて! やめなよ~! よくないよぉ!」
よいこの三人組は口々に非道な轟音主義者をなじった。だが、イッテーはにやりと笑ってその場にコーンをどかっと置いた。
「BROがここんとこ忙しそうだからさァ、そろそろ縄張り取り戻そうって思った先にこれだ」
イッテーは面倒臭そうにため息交じりに喋って頭を振り、ちょっと質の良さそうなメガホンを構える。
「オラッ、来い、ガキども! お前等も固めて恥ずかしい記憶を思い出させながら並べてやらァ!」
そんな口上垂れられたら、そりゃもう構えるしかない。
「BeatAimer! ちゃんと狙う、ね!」
「BeatOrder、システム起動。同期完了」
「BeatScore展開。さて、今日の譜面を解析しようじゃないか」
液体ケーブルを端子に繋げて身構えたCSも、銃を抜いたC'も、楽譜と指揮台を起動させてタクトを振り上げたブラッドも。
あるいは『CoL対応中!』の看板をガジェットで用意し始めたディーさえも。見解は一致した。
なんとなくこの図々しい轟音主義者はやや強い、一種のボス格みたいなものかもしれない、と。
イッテーのメガホンからいやにノリのいいビートが響き始める。巨体が機敏に揺らぎ、リズムを刻み始める。最悪のセッションが今、始まろうとしていた。
【ニルヴェイズTIPS:轟音主義者はだいたい迷惑な存在だ】




