ワンパン暴徒とダメージ表記
「このミルクだよ! このミルクをそう!! 上からぶちまけると完成するんですよォォッ!!」
「うわぁ~! 今日の気分はストレートでーす! ばいばい!」
今日も頭の溶けたニルヴェイズの暴徒は右から左に登場して消える。今日はCSがしゃがんで防御態勢を取ったことで、暴徒はそのまま蹴躓いて縦回転してミルクの弧を描きながらハケていった。
暴徒とゴミ箱がフュージョンする低レアサウンドが響き渡り、脳天気なファンファーレがその辺のゲームセンターから鳴りまくる。
大人しく自我発達中のC'も、毎日のように走り回る連中の思考を理解できずに固まっている。
「何だったんだ、今のは……」
「全部の拍動が出るものにミルクを掛けるといいみたいなのは聞こえたかも」
「どうすればそうなるんだ?」
「わかんない。ミルクになったらわかるかも」
「リズムがワ・ロックめいて詩的だ」
C'はCSの575センスを淡々と77で評価した。
C'とCSはCoL本部から外へ出て、先にニルヴェイズの商店街に向かったブラッドと合流することにした。
通信端末を使えば、拍動のリズムですぐに位置は特定できる。彼はちょうど、アーケードの半ばでCoLのジャケットを着て、退屈そうに通信端末を弄っていた。
「やあやあ、さまよえる羊のライムくん、そしてしあわせハードパンチャーのシーエスくん!」
「やーやー、いつも初手だけおかしいブラッドくんじゃあないか~。えへへ! お待たせ!」
CSはブラッドの挨拶を真似して、大きく手を振る。今日はそれだけで十分だ。三人ともいつもの服にCoLのジャケットを着て、かっこよくキメている。
将来的には拍動やスタイルに合ったコスチュームが配布される予定だが、今はまだ普通のスタッフさん風味だ。
「引率は~……まだか。優秀な君たちは当然、端末のミッションを確認しただろうね?」
「はっ、どうやってやるんだっけ」
CSにブラッドくんからのご丁寧な案内が入る。
「このアプリを動かして、そう、その場所を押すんだ。そうすると拍動で連絡が来ているから……そう、いいね。え、文字列だけで確認したい? 仕方ない子だね、それなら――」
1割の皮肉と9割の懇切丁寧。ブラッドくんの華麗なアメムチ拍が決まったところで、C'も与えられた任務に少し心をそわそわとさせながら、自分の端末で拍動を受け取った。
『迷惑轟音主義者の拍動鎮圧:Mr.イッテーと呼ばれる轟音主義者が、商店街の空き地を陣取って住人をビートダウンで支配している。Mr.イッテーの拍動支配を停止されたし』
画面にはいかつい男が我が物顔ではみ出しそうなぐらいの顔を向けている。CSはぱちぱちと瞬きしてから、男の顔をじっと眺めた。
「拍動支配装置さえどうにかすればいいんだよね?」
「そ。本人を止めるか、所有しているビートダウンや影響を全て無力化すれば良い。響き続けて問題が出てる拍を止めるのさ」
「待って、それオーインさんから聞いたかも! 『大きすぎる拍を止める』!」
ブラッドの言葉でCSが思い出した教官の話に、C'は静かに頷いた。
CoLとはうるさいを伝える壁ドン代行として活躍している。
人がおかしくなっている拍動の発信者や発信源に対して「静かにして!」を通せばいい。もっとも、そのためには拍動をぶちまけ合い、相手を無力化する必要があるのは言うまでもない。
親切なブラッドくんはダメージ表記についても教えてくれた。
「あと、共鳴過多のログの見方は覚えていいかもね。ぼくらのダメージはこう区分けできる。声掛けや拍動を送ってノせられないように引っ張るのは必須テクだよ」
「チュートリアルガイドたすかる~」
~自我フヤでも分かる拍動汚染レベル~
0:【通常共鳴】周囲の拍動を感じ取る やや酔いもまだこの辺 日常
1:【拍動抵抗低下】相手にノせられてる ちょっと気持ちいい
2:【快楽負荷】脳内報酬系が踊り出す 陶酔がひどくなってくる
3:【思考力低下】判断や発言力があっぱらぱーになってくる
4:【行動制限】自分の意思で動けなくなってくる
5:【自発行動不可】自分じゃもう動けない 一人だったら大ピンチ
6:【反復学習発生】いわゆる洗脳開始 気持ちいいと感じる行動・思考を繰り返す
7:【拍動喪失】自分の拍を見失う 自我溶解のカウントダウンが出るレベル
X:【自我溶解】たすからない(軽微な認識の災害を残して『いなくなる』)
2:軽度/4:中度/6:重度 ――CoL&BRO規格
「ま、3で戦闘不能が近いと見ていいよ。4でも、相当頑張らないと動けない。少なくともぼくは4で立てなくなった」
ブラッドは愛用の譜面台にウィンドウをぽぽんと浮かべて説明してくれる。これも、拍動のエフェクトの為せる技だ。
「5とか6は、もう自分じゃ動けないもんね……わたしたち、長いことここにいたんだぁ」
CSはじーっと解説を眺めた後、Xの部分に目をやった。
「軽微な認識の災害?」
「お墓作っても名前が読めないとか、いなくなった人のちょっとした持ち物が一部、見えなくなったりとか。全部、『意識の外』で処理されちゃうようになる」
「えっ!? それって性別と同じ《《欠ける》》、だよね!?」
「そ。『いない』『いなくなった』は死とは明確に定義が違う。認識の災害が残るし、下手すると殺人より罪が重いよ」
CSはブラッドくんの社会授業と基準を見て大層ショックを受けたが、またひとつ世界が開けた。
(自我溶解の定義も、気になるが……。俺はこの中で陶酔の調整をしないと適切な火力が出ない……難しいな。BeatOrderの他者介入はそのため、でもあるかもしれない)
一方、リストを見て、C'は微妙な顔をした。EchoCoreは陶酔すると火力を上げる傾向があるからだ。
慎ましい性格に反して身体が快楽と熱狂でヒートアップするほど強くなるのは、そろそろ自覚し始めている。
「一発で支配まで持ってくるやつもいるから、あくまでも公式の目安って感じだね」
「わたし、拍動汚染れべる2までは訓練でも行ってるかも……あっ、ディー!」
そうして待っていると、引率のディーが大分お気軽な感じでやってきた。いつものくたびれたエンジニアコート姿で、相変わらずマエストロ感はまったくない。
CSは両手を広げて歓迎し、C'は位置をわずかにずらしてブラッドの隣にディーを誘導した。
「でぃー! いらっしゃいませ~いらっしゃいませ~」
「なんか俺が顧問みたいになってね? 悪くないな、よろしくどーぞ。ターゲットはあっち。定位置に居座ってるタイプだ」
端末もディーも指している方向はアーケードの中だ。ブラッドはその奥を睨んで、小さく唸った。
「……なんだろうね、シーエス、シープライム。ぼくは今、すごくイヤな拍動を感じるんだよ」
「そう?」
「ああ~、ぼくの天命はマエストロときみたちとの出会いで尽きたかもしれない。はぁ~、なんか気が重い。何故かなァ……」
何か嫌な予感を覚えて天に両手を向ける芝居っぽい仕草でどうにかやり過ごし始めたブラッドを、C'は横で見て、視線を前に戻してから自分のヘッドセットの位置を調整した。
『皆様のしあわせを祈願します。みなでしあわせを分かち合い、楽園となりましょう』
近くの道路を通りがかったクソデカカルトの街宣車が、やかましい合成音声を鳴らして遠ざかっていく。
今日もニルヴェイズはひどい治安だ。
今までろくでもない案件との衝突はあったが、街宣車とは別方向のアーケード奥から、いよいよ厄介者と衝突するという予感めいたものが、流れているような気がした。




