Clap!Clap!Drub!Drub!
つまり、CoLとかいう民間組織はデカいビハインドをしあわせ二大巨頭にそれぞれ一個ずつ背負っている。
おまけにBloomPotを観測できる肝心のマエストロ殿は相棒の真っ二つ案件でワーカホリックという名の自己犠牲――という皮を被った、合法的っぽいセルフネグレクトをキメかけている。
底の底。もうドブ底。なんならカルト教祖からの最悪のモテ期がもうすぐ来る。
「困ったわね。順番に来てくれるといいのに」
CoL本部では、ミュートとオーインが部屋で会合をしていた。所長室は、一応体裁としてかっこいい木製の事務机やいい椅子はあるけれど、ミュートが使っているのは人をもてなす応接用のテーブルとソファだ。
二人して『おいしい』紅茶を飲んで、ふかふかの椅子に座ってにらめっこしている。拍動遮断性の高い壁は、二人以外の解析も覗きも一切通さない。和やかでありながら静かで誰も入れそうにないほど、二人の拍がみっちり詰まっている。
「『リフさん』の調子はどう?」
「ドクターなら大分良くなりましたが、現状では外部活動は困難です。CoL内なら問題なく活動できていますが、外では正常な拍が聞けなくなっています」
「CSさんとC'さんは、だいぶ調子が良さそうね」
「どちらかといえば、ストレスを《観束の指輪》でごまかしている保護者の方が問題と言えるほどですよ。相変わらず、二期生随一の問題児です」
オーインは短い髪の生えた頭に手をやった。相変わらずろくに動かない表情筋に、ミュートは彼の豊かな心を感じ取って表情を柔らかくした。
「懐かしいわね。全て覚えているわ。だいたい、彼が無理をして、小柄な方のCが引きずってくるの」
「それでドクターが悲鳴を上げ、慌てて手当てをしながらディーをぽかぽかと叩くんですよ。『ばかばか、なんでまたそんな怪我するの』とね……」
オーインの話を聞くミュートはいつだって穏やかな顔だ。彼女はデカいビハインドこそ二つあるが、それ以外の厄介ごとは堅実に手配して始末してきた。現に彼女の手元には、もうBROの警官が一人『お花になった』話が届いている。予言のカードみたいに、全部持っている。
「ま、CSさんたちの不安要素を強いて言うなら、七期生のブラッドともども、いかんせん良い子すぎるところですね」
「安心拍を研究しているところの息子さんね。来たばかりだもの。明日、ほんのり悪い子になっていることを期待しましょう?」
今は見守りましょうと、ミュートは人差し指を立てた。そして、穏やかに笑みを見せた。
「その点、郊外から来てくれた『三人組』は、のびのびしているわね」
「あちらはあちらで、ペースを乱されるのが苦手です。ひとかたまりで場数を踏ませ、合流させる予定です」
「うん。それでいいわ。顔合わせが楽しみ」
相槌を打ってからオーインは紅茶で口を湿らせて、小さく息を吐いた。
「あとは、個人での志願が二人。ここは接点はありませんが……逆に臨機応変に対応させてもいいでしょう。CSさんたちと同じです。『リハビリ帰り』は底の底を見てきたからこそ、打たれ強い」
「『ニルヴェイズっ子』はどう育つかしら。志願理由がとっても可愛らしいの」
「ああ。"ひったくりから助けられてから、もっと自分も何かしたいと思った"……でしたっけ。折れずにやってくれるといいですが……今年も少人数部門は個性豊かですね」
穏やかな縁側が欲しいオーイン先生は、それはそれは沈痛な無表情で天井を仰いだ。
「招待状を送ったあなたも、きっと喜ぶ者ばかりです」
オーインだけがミュートの正体を知っている。このひとはCoL設立以前から、おてんばで、とんでもない負けず嫌いの『箱入りお嬢様』だ。
目を細めれば、彼にも見える。彼女は今、この時も『護衛』を連れている。こと、守ることにかけてはニルヴェイズの誰にも負けやしない。
「今年が、一番大変な荷を背負わせることになるかもしれないわ。心配はしているの。でも、私は躊躇しない。この都市を溶かさない最適を選び続ける」
彼女の唇から漏れたほのかな悲しみと覚悟が、拍動遮断性の壁に阻まれて外に出ずに消える。彼女が犠牲に悲しみながらも必死に『防音壁』を立てているから、ニルヴェイズは溶けきっていない。
ソファの背もたれに体重を預け、オーインはカップを持ったまま、紅茶をゆらゆら揺らす。
「はぁ。私の引退と退職金はまだですか、ご婦人」
「いつでも用意しているのに。どれだけ貯まったか見たい?」
「……用意していただけているならいいです。じゃあ、もう少し頑張りましょうか。よりよい立地を期待します」
初老の教官の返答に、貴婦人は微笑んでいる。その柔和な目の奥には、ニルヴェイズの熱狂にまみれても消えない、柔らかい光が宿っている。でも、逆らったからって率先して殴られてきた『CoL』の消えない熱も、瞳の奥の緑のシステム光と共に無数に宿っている。
Clap!Clap!Drub!Drub!:ミュートの彼方にうなる破裂音と地鳴りのような何か。C'が初対面時に感じた、空気のわななきの正体。
所長の足取りは感じられない? みんな静かになる? 違う。たくさんの残響にかき消されて、彼女の拍動を感じなくなるだけだ。彼女の後に続く、無数の負け犬どもが踏みならす靴音と手拍子に共感して、知らず知らずの内に黙るだけだ。
「自分の意思で響きを選びたい人たちの拍動。一つだって無駄にはできないわ」
【ミュート :CoLの『溶けずに帰ってきた』全ての拍動データを預かる素敵なご婦人。保管される拍動にアクセスし、必ず次に繋ぐ。そして、帰るべき家族や居場所に届けて静寂に還してくれる。でも、これもミュートさん都市伝説の一つって話】
【オーイン :CoL設立当時から残っている拍動制御の古強者。これから七期生もお世話することになるので引退は相当先!】
「皆、霧の中のような今を何とかしたくてここに来る。だから、我々は育てる。結局、今年も同じルーティーンですよ、貴婦人。私も思っていますとも。あのしあわせを名乗って多くの幸福を溶かしたBloomPotと華拝み連中を、いい加減――」
「そう……あの困ったビートダウンと、ニルヴェイズを率先して溶かすカルトのてっぺんを……」
今日も、オーインは引退を先にする。何せ、目の前には『やること』がある。声を揃えて言いたいぐらいの大仕事だ。
「ぶっ飛ばさなければ気が済まない」
「ブッ飛ばさなきゃ気が済まないわ!」
たくさんの拍動が集合する。きっと、CoLは忙しくなる。少なくとも新人八名の顔合わせは、もう目と鼻の先だ。校長と教頭みたいな二人は、同じ拍動の紅茶を飲んで、それぞれに違う拍の息をついた。
「でも、私がいなくなるのが先かしら」
「もう少し時間はあるでしょう。付き合いますよ」
「ふふっ、ありがとう。あなたはやっぱり、私にとって最強の側近よ」
ニルヴェイズが正午の鐘と轟音と消音に揺れる。二人は作戦会議を続けている。それを聞いている者は、誰もいない。今のところは所長室は至ってクリーンで、オールグリーンなエリアだった。
【第一部『そこから口ずさめ』の上演は終了しました。次回、幕間『ワンパン暴徒特別編』は明日から!】
◆
【映画で言うとこのスタッフロールのあとの"C"パート】
「ディー、入るぞ。……いや、留守か」
ディーのラボにC'が訊ねてきたとき、ディーは不在だった。あちこちに様々な機材が並び、壁には納品スケジュールがびっしり貼られている。
数多の図面があり、それらは機器に猛然と修正され、ブラッシュアップされ、次の機材に移動していく。そして最終的には納品先ごとの箱やら記憶端末に流し込まれている。
(いつもここに引きこもっているのか……ほぼ自動化している。ん?)
その中で、C'は片隅に異質なものを見た。開かれたままの硬質な金属製の箱と、着るものがいないCの燕尾服がある。古い方のネイビーのやつだ。ディーは大事にしまって、飾っていた。
(これは、Cの戦闘衣装と拍動装置?)
箱の中には壊れた拍動装置が収まっていた。
直刀の鞘のような形をしているけれど、中に剣を収めるほどの隙間はない。ただ、剣の柄と鞘が触れあうところに、親指で弾くような銀の引き金があった。よく見ると小さなボタンもあって、鞘はオーボエやクラリネットを思わせる。
否、C'の記録は、これはファゴットに似ていると、そう告げた。
「ビート、クワイエット……」
鞘の片隅に小さく刻印された文字を見て、C'は意識をCの記録に巡らせる。「お静かに」なんて言葉遊びが読めるから、これもディーが作ったのかもしれなかった。
拍動鞘。あるいは拍動即興装置『BeatQuiet』。それがこの作品の名前だ。
――昔に使っていた俺の武器だ。
(君は調律に回る前は、これを使っていた。それなら、俺も使えるのだろうか? 理屈は、君越しに分かる……戦い方も想像だけなら)
使い方も分かる。記録の中で、Cは走ってビートダウンに肉薄する。軽やかな跳躍。金属を蹴って、装置の核に迫る。このトリガーを弾いて、『拍動』を収める。
「Lock」
――ぴん。
たった一つ選び取って、自分の拍動を揃えて引き寄せ、鞘に収めて、猛攻をかいくぐり、対象の射線を見極める。
「Aim」
拍動の圧を蹴って、自在に進む。どうしてヒーラーなんてやっていたのか分からないぐらい、彼は自由だった。
「Fire」
――ぱちっ。
次に鳴らすトリガーで解放する。居合いでもしたように、目前で音が爆ぜる。そうしたら、次の『拍動』を収められるようになる。拍動支配装置の音響をかわして、次の拍動と共鳴して、射線を取って――頭の中では再生できる。
だが、それは知識と照合しただけ。
天才のための、究極の即興演奏のための装置。C'は自分の身体がそれについていかないことは百も承知で鞘に手を伸ばした。
「……ッ!!」
C'は鞘に指が触れた瞬間、電流が走ったような感覚に驚いて手を引っ込めた。確信だけが、彼の中に響く。冷や汗が流れる。
(ちがう。これは、『俺は使えない』! いつか使えるとかいう類いじゃない。俺の魂、俺の構造では、無理だ!)
拍動は宿っていた。ただ、澄み渡りすぎていて、C'が触れたら共鳴してからっぽになってしまうほどの圧があった。神経も、脳も、精神も魂も、からっぽをどこかで拒むC'は、共鳴しながらでは触れられない。
だけど、C'は半分ぐらいは道具だ。だから壊れたまま、大切に安置されているこれを、使うという意思ではなく優しく指先で慈しもうとした。そうしたら、自然と触れられた。
「君は、寂しくないのか。俺は、壊れたまま、しまわれている君を寂しく思う……俺もそうされたら。きっと、寂しい」
ぽつりと口から出た言葉を受け取る者なんて誰もいないのかもしれない。道具に意思なんてない方が当たり前だ。
収める。放つ。C'の性質はなまじ鞘に似ていたから、感情を揺らしてしまった。これは主がいなくて、さみしがっていると思ってしまった。だから撫でてから、ディーの部屋を後にした。
「また来る。大丈夫。待っててほしい」
鞘は直されることがなく、燕尾服は誰も着ていない。いまは、日陰に置かれて影に守られている。




