俺たちの掴んだ『かち』
ブラッドもクリアな音圧と重なる音に、ちょいちょいと端末越しに見えるウィンドウを指で引っ張って寄せ、より精密なログを取るようにオプションを弄る。が、彼はタクトを振り続ける。
「いけいけ押せ押せッ! 《収束》《収束》《Hit》《Hit》ッ!」
「Tarutaru-darudaru-daraddadda-!」「Lu」「Lu」「Lu」「Lu」「Ah~!」
ダメ押しのオーケストラヒット。コーラスの籠もった、一拍ごとの重低音しあわせ衝撃波。青紫の巨体がぶるぶる震え、エフェクトをまき散らしながら痙攣する。
重ねに重ねた音が弾けて、巨大液体ケーブルを震わせ続ける。ベースの拍動にふわふわとした明るいコーラスがストリングスと一緒に震えて、騒々しいけど力強くて楽しい高BPMの音楽に変わる。聴衆の手拍子。分厚いミュージックがそこらじゅうにあるスピーカーから鳴り響く。
(やはり、rhymeを出せるリソースは、ないか……! だが、これならどうにか……!)
陶酔と自我の丁度合間。C'は拍動に熱っぽい吐息を漏らし、両脚で踏みとどまって銃を向け続けている。もしもこれでダメだったら。次の一手は用意しなければならない。だけど、陶酔が深い。汗が浮かぶ。快楽に折れた声が漏れそうになる。意識が霞む。コアがびりびり震えている。
一方で青紫の液体ケーブルが叩きつけられる音楽に震えている。その頭の上の動力装置がスパークし、電流はスピーカーまで走って煙を噴き上げる。
喉がつっかえる。負荷の重なりで息ができなくなる。
「……ッ、ぐ……!!」
「ああぁぁぁぁぁ――!!」
CSの全力シャウトに守られながら、C'は響かせ続ける。意識と声が崩れて拍動に溺れそうになる。
あと少し。あと少し。銃を構える手が震える。コアが熱く疼く。このまま、蕩けてしまいたい。受け入れるのはきもちがいい。もっと欲しい、役目を果たしたい――歯を食いしばって、そんな道具側の本能を振り払う。
ばちん!――先に快楽の圧に屈したのは、巨大液体ケーブルの方だった。
ぼよん! ザッザッザザ、ドドドンッ!:青紫クソデカスライムが激しく不規則に縦に跳ねる音。縮こまって、丸まって、スピーカーを取り落とし、頭の上の動力装置をぼよんとアーケードの天井に吹っ飛ばす。こうしてニルヴェイズのアーケードがまたひとつ、ボロくなる。
もう、それは駆け巡る安心拍の内圧にだって耐えられない。
「ぷぴぃぃぃ…………ッ!!」
液体ケーブルの先から拍動が漏れて、とても情けない音を出しながら、巨大液体ケーブルはゆっくりと上を向くように後ろへ転がった。
ズズゥゥゥン……!:だいたいでっかいやつがひっくり返った時に出てくる地面を揺るがすタイプのオノマトペ。強敵を倒した時に響き渡って、達成感という名の拍動を内側から湧き上がらせてくれる。
巻き込みなし。左右のバランスも最適。すっぽりアーケードの通路に収まってひっくり返ったあたりで、働き者のBROがやってきた。
C'は頭を痺れさせる陶酔にふるふると身を震わせ、CSに支えて貰いながら、その事実を受け止めきれずにいる。一瞬の静寂。オミミナイナイは守られ、出歯亀たちも息を飲んだ。CSが口を震わせ、声にならない声を出す。
「はぁ……はぁ、か……っ――」
「勝ったぁぁぁっ!! 我々のッ、勝利だァー!! ブラボー! 最ッ高だよ!!」
勝ち鬨は、CSではなく後ろのブラッドから聞こえてきた。二人でびっくりして後方を見ると、すっかり音楽と自分の感情を重ねすぎてハイになったブラッドがぐるぐる目に青い光を灯してはしゃいでしまっている。
《軽度拍動汚染:ブラッド/激情》。今までの高BPMから高揚が重なり、彼はタクトを振り回してトランペットやトロンボーンの音をあべこべにまき散らして即興ファンファーレを作っている。
指揮者なのに今、誰より目立ってうるさくなってしまっている。
「おっブロ到着ギリギリ決着ッ!」「デカブツを三人で押さえきったぁっ!」「朗報、オミミナイナイ閉店免れる! 共有!」
観客たちは端末を掲げたり、視界の情報を即座に拍動で共有して、仲間たちに楽しみを伝えている。ニルヴェイズ全てが盛り上がるような震えが沸き起こっていた。
C'は肩で息をしながら緩慢に瞬きをして、銃を下ろした。膝ががくんと落ちそうになったけれど、CSがそれをがっちり支える。輪郭のノイズが収まって、CSの音を静かに聞いているうちに瞳も空の色に戻っていく。
「ああ。いけない。ブラッドの拍が乱れている」
「あ~、治しとく治しとく。ミッション完了通知も送っておくさ。そっちは休んでな。ほら、指揮者が率先して鳴るな鳴るな、なんだこいつ」
ディーに背中に手を当てられ、簡単な暗示と遮断でブラッドはハイな感じから回復していく。長期戦のせいで快楽にじりじり神経を焼かれていたのだろう。解除用の暗示を受ける度にブラッドから「ぅぐ」「はひっ」なんてうわずった声が聞こえてくるのを見て、CSは小さく笑う。
「はい、下がってくださーい」「またクソみたいなビートダウン作りやがって」「このままこれに埋もれたい……」
周囲はもうBROでいっぱいだ。床に転がるスピーカーも、アーケードの上にすっぽ抜けていった動力装置も、悪態をつきながら回収してくれている。
彼らは迅速に巨大液体ケーブルを撤去するためにレッカー車を回し、奥のバキバキに壊れたサロンへ向かっている。大賑わいだ。ニルヴェイズは安心拍に包まれるのをやめて、日常に戻っていく。
(なんとか、なった……『すき』を、守れた)
C'は深呼吸をして、今更、びりびり痺れる腕を見た。身体の中で残響はまだ少し鳴っている。ロックが解除された拍動銃の反動は、次のトレーニングをしろと訴えてくる。今のだって、できる確信があっただけけれど偶然だ。胸の中のコアはじんじんと熱を帯びて、少し苦しい。磨くべきことなんていっぱいだ。
「はぁ、ふぅ……ねえ、しーぷらいむ!」
だけど、CSが呼びかければ、C'はそちらを見る。支えてくれている腕のすぐ側に、心地良い疲れに満ちた笑顔がそこにある。
「へへ、わたしたち、最初の時より動けるようになってるよね! 絶対っ、そう!」
C'は思い出して、「あっ」と、小さく声を漏らした。
最初の頃、お互い満足に会話さえできなかった。快楽漬けで思考さえままならず、ポッドの段差を前に着地もできなかったCS。反射で命令を聞くだけになっていた、自我と記録がちぐはぐの自分。今、二人は積み重ねてここにいて、ブラッドという仲間と一緒に一仕事やりきった。
CSの拍動に共鳴して、喜びを感じて、やっと達成感が滲んできた。C'の身体から力が抜ける。伏せ気味になった目。穏やかな微笑みが彼に浮かんで、熱を冷ます安堵の吐息が漏れる。買い物袋がかさりと揺れる。
「……ああ。そういえば。そうかもしれない。俺たちの掴んだ『《《かち》》』だ」
とく、とく……戦い終えてまだ早いCSの鼓動。それはC'とほとんど同じ――だけど違う、一つきりのビートを刻んでいる。
《しあわせ拍動譜面記録008:オミミナイナイ防衛戦/ジャンル:どたばたオルタナティブロック/BPM:170》




