rhymeとスキャットは長期戦が苦手
「では諸君! 高BPMでもくじけずに……演奏停止、終了ッ! 1、2、3、4!」
仕切り直し。ケーブルを四方八方に伸ばして安心拍をまき散らす工業用液体ケーブルの進行を阻止するため、新人三人組は行進のビートを鳴らし始めた。
じり、じりっと安眠スライムは動力装置を頭に乗っけたまま、加工された波音を連れて進んでくる。すでに敷かれたケーブルから、安心拍の波が迫ってくる。
「Talitta-talitali-|talitalitta! Talu! Talu! これ以上はぁ、ざーざー禁止っ!」
振り下ろされたケーブルを、いよいよ腕を交差して重低音を響かせて受け止め、再びCSがスキャットめいたリズムを取り始める。心臓が圧迫されるほどの強烈な拍が、安心拍の侵入を防ぎ、逆に液体ケーブルをノせるために跳ね回る。首筋に汗が伝う。
凍結は効きにくい。ならばとC'も再びケーブルを狙ってrhymeを唱え始める。
「Breathe、Ease、Rise、Upper、Crush、Smash――ッ、『Fever!』」
「《拍動収束》――《Hit》!」
一拍溜めたあとの発射タイミングにブラッドが重ねる。今までの凍結とは一線を画した燃え上がる弾丸が飛んだ。今までのより少し重たい手応えが手と腕に伝わる。
ぶつければ心を乱すrhymeが青紫の巨体の頭上にある装置へ飛んでいく。弾かれない。動力装置にオーケストラヒットと共に直撃して爆ぜ、スピーカーに衝撃が伝わる。
ばちばちと拍動同士が競り合う火花は飛ぶが、C'も一撃では通らないのは察している。
両腕を下げ、銃を持ったまま、間合いを取って通信を投げる。
「Keep、Step、Brad……じゃない、ブラッド。射角が取りにくい。何かあると嬉しい」
「オーケー、《拍動追尾》入れる。必中は正義! そのままッ!」
「Brace、Place、Space、Back、Lock、Aim、『Blaze-Fire』!」
「《Trace》!」
飛び退き、とんと着地して、もう一度液体ケーブルの頭上の動力装置に狙いを定める。八拍八単語のリズムを取り続けながら、C'は射撃を続ける。
Fireと重ねた追尾コールが楽譜のホログラムに乗って、軌道をわずかに変えてぼかぼかと動力装置に叩き込まれ、小気味よい手拍子に変わる。
CSの側に伸ばされたケーブルから、安眠拍が不意打ちのように放たれる。これ以上、液体ケーブルの塊が前に来ないよう拍動を鳴らしていたCSは、音の波に横っ面をはたかれて、ぐらりと揺れる。
「Tarutaru――Puyoッ!? んぐっ、す、Suya……ぐぅぅ……っ!」
《軽度拍動汚染:CS、睡眠兆候》
《共鳴過多:CS 陶酔進度1 拍動耐性低下/BloomCore補正 しあわせ出力向上》
全員の意識にその警告が流れる。ぼんやりしたチルな青光を浮かべた瞳でたたらを踏んで、CSは眠りそうになってしまう身体を踏みとどまらせる。それをブラッドとC'が二人がかりで起こす。
「Lock、Aim、『Fire』、CS! 自分の拍に意識を向けるんだ」
「CS、拍動維持! ドラム音送るよ、《Keep Tempo》!」
「ありがとぉ! んん~っ、ずんずんずんずん、Da-da-da-da!!」
細やかな《拍動調整:CS/激情》の補助がCSを引っ張り上げる。
疲れてきた声を張り上げて、CSが眠気を振り払う。拍動汚染警報が消えたCSの元気な拍動がアーケードを揺らし、振動でケーブルを押し下げる。
「お、CoLの新人さん?」「新人いるんだ?」「うわー、やってるやってる」「おっブロはやく~!」
危険だと分かっているのに野次馬しにきたニルヴェイズ民たちが、オミミナイナイを賭けた戦いに端末を掲げ始める。彼らは無責任だけど、ノリはいいので応援してくれる。
ディーはそれを予見していたとばかりに何でも入った魔法のエンジニアコートから、ぽいっと小さな三角の金属製ガジェットを後方へ投げ飛ばす。
展開された小道具は直線上に立ち入り禁止の網を吐き出して、『ただいまCoL対応中!』のメッセージを浮かび上がらせる。
「BRO到着まであと2分」
ディーの通達と同時にカウントダウンが始まる。これを超えれば防衛成功。だいぶ後ろにノックバックできてきたが、それでも崩れかけた巨大液体ケーブルはぶるぶる震えて前に出ようとする。
不意にその最大出力が、急にスピーカーから放射される。けたたましいくせにリラックス感だけは強い波の拍動が、後列のブラッドにまで叩き込まれる。
「うわ、……っ、ここまで、響いてくるのか……! ぁ、まず……」
《共鳴過多:ブラッド 陶酔進度2 快楽負荷発生》《軽度拍動汚染:睡眠兆候》のログが並ぶ。
後列にいたブラッドが苦しげな表情を浮かべる。青緑の瞳がかすかに青ざめる。小さな煙が漏れ出るような淡い光が、まどろみかけた瞳の内側を蝕む。それを見たCSが周囲の様子を確認して、ブラッドに向けて最大出力で拍動を打ち鳴らす。
「あ~っ、だめ! しーぷらいむは~、忙しい! ごめん! おはよおはよおはよおはよ!!」
「ぐあぁっ、譜面が飛ぶぅっ! は、すまない、起きたよ!」
ブラッドはごんぶとしあわせ拍の直撃に快楽のショックを受けかけ、悲痛な叫びを上げた。ついでに目を覚ました。これでギリギリ起きる安心感だ。
親指を両方とも立てて「ぐーっど」とだけ声を返し、一つ咳をしてからCSはケーブルの魔の手から逃れているC'へ合流を急ぐ。
「Skip」で軽やかに飛び、「Flip」で追撃のケーブルから元の位置へ戻り、「Dash」で肉薄しながら雑に積み上げられた荷物に飛び乗って『Blaze』で熱狂を打ち鳴らす。
C'はCSとブラッドに守られながら、巨大液体ケーブルを最前線で止め続ける。
だが、C'の自己暗示というのは声と思考由来である以上、ある限界が存在する。彼の顔は赤く、声が若干小さくなっている。実は目もぐるぐるしている。喉もひくついて、震えている。
(て、手番が多い、BPMが高い、手番がっ、息が、いきが、つづかな……ッ!!)
酸欠。肺の圧迫。シンプルな生命の危機。直撃すれば安眠待ったナシのケーブル相手に、走りながら細やかなrhymeを唱えるのには無理がありすぎる。拍が飛び、足が止まりそうになる限界だった。
「Breathe!(息継ぎさせてくれ!)……ha」
心なしか高BPMにノった酸素補給をして、C'は慌てて飛び退き、伸びてきたケーブルを回避する。しかし、問題はここから飛び出してくる拍動だ。直撃が免れないと表情を強ばらせたC'の前に、CSが喉をひりつかせ、それでも歌いながら滑り込む。
「Tulitta-tulutulu-Dadada-Latta! わたしがぁっ! しーぷらいむの、しあわせを、守りにきたよぉ!!」
音と音がぶつかって、あたりの看板を激しく揺らす。後ろで観客の接近を止めていたディーの背中をびりびり震わせる。振り返っても、彼は共感しない。でも、確かに背中の表面に熱は当たったらしい。




