オミミナイナイ防衛戦/ジャンル:どたばたオルタナティブロック/BPM:170
だが、こういう時、あいつは来てくれる。きっと交戦するなんて連絡をC'がCoLに送ったからだ。そう、働き者のBROよりも早く――。
「お、やってるやってる。避難終わったんならBRO待ちでもいい! うわっ……。む、無理に攻めんな、戦線維持!」
「でぃー! いま! でぃーのこと考えてたッ!!」
「ガチ? お~、だったら嬉しいな」
おそらく自前で作ったご機嫌なフロートボードに乗って、けだるげなワーカホリック・エンジニアは音のさざなみを縫ってやってきた。内蔵した拍動を下に打ち出して音圧で飛ぶ。重低音飛び交うニルヴェイズならではのガジェット感だけ見せつけてくる。
ぎょっとするのはブラッドだ。最高のタイミングで現れた元指揮者殿は、おそらくブラッドが想像したよりはるかにアンニュイですすけた感じにイメチェンしていた。
CSとC'は、雑に液体ケーブルを伸ばして安眠生活を推し進める巨大液体ケーブルから距離を取りつつ、顔を見合わせる。
「もしかして、でぃー……交戦報告があったから来てくれたのかな」
「そうかもしれない。しかし、BROで10分も掛かるところまでこんなに早く……?」
「使ってるかも、裏道とか……!」
「この、人が……あのマエストロぉ……?」
ブラッドは探していた人物が、まさか過保護を理由にぶっ飛んでくるとも知らず、やってきたディーを見つめている。
エンジニアコートによく分からない小道具をいっぱい詰めた、ラフで、指揮棒より工具持ってる方が似合いそうなその姿に、彼は疑わしげな眼差しだ。
一方、マエストロと呼ばれて「ん?」という反応を示したのはディーだ。
今はCSの重低音ビートとブラッドのドラムビートがやや控えめに響いている。液体ケーブルの前進だけ阻んでいる感じだ。
「人違いじゃないか?」
「いやぁ~、それは通らないねぇ~ッ! はい照合照合!! ほら通ったぁ、ほらぁ! 恥ずかしがり屋さんかな!」
「でぃー! いま逃げたよね? いまッ、なあなあにしようとしたよね? ねえ! ねえ!!」
解析でばっちり人相を確認してブラッドは初手特有の嫌味な笑顔を浮かべている。ディーはさらっと人違いで切り抜けようとしたのをCSは見逃さなかった。が、それを指摘する前にディーは急ぎ足でC'に近づいた。スルーされてブラッドはショックを受けた。
「そうそう、C'! 銃貸しな! すっ飛んできた理由はそれ。ロックかけたままだった」
「これはロックが掛かった状態だったのか?」
拍動銃を差し出せば、ディーはすぐに支度をしてくれる。
たん、かちゃっ、たんっ、たんっ! たたっ、たた!:マガジンを換装し、お手元のピンで安全装置を外し、銃身を確認してディーが予備のマガジンと一緒に無言で返してくれた音。テンポ重視だ。
「んじゃ、いくつかのコードを送っておくからrhymeに組み込んで適宜使いな」
「ありがとう。声を掛けるべきだったな」
「いい。お前等はお前等で元気なら、俺は割とそんでいい。会議飛び出てきたから俺は帰る」
ディーは誰とも共感しない。たっぽたぽのデカブツスライムともだ。視線をやや右にそらし、視界の中心に入れないようにしながら、らしからぬ動きで下がってフロートボードに片足を乗せる。三人は首を傾げたり、凝視したりした。
ぷよって動いた瞬間、ディーは露骨に肩を跳ねさせた。
「……ッ、そう、俺は……か、帰る……」
スカした態度を取っているはずのディーの口元と目元は、明らかに引きつっていた。足がやや、後ろに下がりつつある。仕事で急いでいるからではない。視線は絶対に巨大液体ケーブルを直視しないよう、しかし見逃さないよう、絶妙な角度で留められている。
そこに、三人の端末に連絡が入る。液体ケーブルを繋いでいる状態なら、振動や端末越しにすぐ分かる。
――引率登録:ディー(二期生)/終了したらミッション完了認証を受けてください
「ディー、CoLから! 引率だって!」
「は!? このっ、こいつを!? 待ってくれ、俺は仕事をした。帰っ……らなくてもよくなったけど、もう少し後ろでいい。引率だ。それでいい」
「どうしたの? なんで、そんなに、うしろにいくの?」
今なお、巨大液体ケーブルは波の音を立てて、ニルヴェイズを最悪な感じに凍り付かせている。
それを目にしたディーの腰がちょっと引けているのを、CSたちは初めて見た。
何も感じないはずのディーが。この巨大なチルでプヨな存在に、若干、いやだいぶ引いている。
万物は快楽中心だが根本的に聡明なCSは瞬きをして、非情な言葉を口にしなければならなかった。
「ねえ、いまさらなんだけど、でぃー。『液体ケーブル』苦手? そういえば一回もわたしのケーブルちゃん、触ってるとこ見てないかも?」
「はっ!? 馬鹿言うな、そもそもガジェット作りにだって液体ケーブルってのは必須で、えぇっ!! ぎぃっ……!」
眼前の青紫の巨体が次の安心拍を発して揺れた時、ディーは三割増しほど顔を引きつらせた。足が露骨に一歩下がって、聞いたこともないような声を出した。
マイペースに銃の重さやシステムを読み取っていたC'も、へらへらしたディーの顔色がちょっと悪いなと気がつきつつあった。
なので、すべきことのために巨大液体ケーブルのてっぺんにある動力装置を見上げた。
「理解、できたと思う。アレを撃てば良いんだな……わかった」
「ん~、ねえ、シープライム。マエストロって、なんか、思ってたより~……案外、普通の人だね?」
急な来客に戸惑ったブラッドだったが、すいっと移動装置でC'の隣に滑ってきて、再戦の準備を始めた。指揮台を見て、解析した情報を譜面にして置いて、タクトを軽く振って試す。
C'は視線を動力装置に向けたまま、ヘッドセットの位置を少しだけ調整した。
「みんなそうかもしれない。君も、CSも、ディーも。もしかしたら、Cも。傑物に見えても劣等に感じても、突き詰めれば一個の拍でしかない。ただ、それを話すのは……後にした方がいい」
「わーっ! ごめん! お待たせ! ディーはちょっと後ろから支援してくれるって!」
「ま、そうだね。今は忙しい」
それを聞いたブラッドが少し微笑んだあたりで、CSも自分の範囲を気にしながら近づいた。
オミミナイナイはもうスライムのあるはずのない目と鼻の先。これ以上、これが進めば今日の思い出の場所は台無しだ。三人のお揃いの買い物袋が、かさかさと小気味よい音を立てる。
「なら、やるかぁ!」
「やろう」
「やっちゃお!!」
陣形を再び取りながら、三人は並んだ。CSは重低音を鳴らし、C'は頭の中でrhymeを組み上げて銃を構え、ブラッドはタクトを振り上げる。
【ニルヴェイズTIPS:液体ケーブルから出力された拍動の差を利用し、わずかながら浮き上がる技術がニルヴェイズには存在する。子どもに大ウケのスケボーならぬウキボーから、障害者用の浮遊装置まで。ブラッドの移動装置にも入っている】




