ビートダウンの材料には基本的に何を使ってもいい
三人の休日は今から最悪になるところだった。残っていたコーヒーとケーキを口に流し込み、拍動認識払いでクレジットを抜けた先に、いやに丸くて巨大な青紫のぷるぷるした塊が見えた。
「な、なにあれ……え、え、液体ケーブル!?」
それは巨大な液体ケーブルだった。ふよふよと頼りなげに震えるそのてっぺんには王冠が如く動力装置が乗っかっている。
伸ばされたケーブル先には粗末なスピーカーが取り付けられて、拍が鳴る度たぽたぽ揺れる。
さすがのCSも、これには目を丸くする。CSの液体ケーブルより、遙かに巨大だ。
【液体ケーブル(工業用/安眠規格):アーケードの道を通せんぼしてしまうほど大容量。インフラなどに使われるタイプだ。ホテルの枕元などに仕込まれることが多い】
「でっ、か……」
「げえっ、工業用じゃないか……! 誰だい、こんなのアーケードに入れたの! 普通に警察案件だよ! 連絡!」
「あっ、見て! あっち。あそこから出てきたかも?」
ブラッドもぎょっとして、ビートスコアを展開する。液体ケーブルの巨体ときたら、ちょっと震えて動けばアーケードの両隣が押し潰されそうなギリギリのサイズ。
事実、巨大液体ケーブル後方のシャッターが掛かったテナントは一部、すでにぐしゃっとしている。
巨体の横からCSが見てみれば、遠く離れた建物あたりからブチ抜いて出てきた痕跡がある。CSはオミミナイナイの袋を腕に通して、今日の戦利品を大切にしまう。購入した液体ケーブルのお友達は、全部持って帰る予定だ。
ざざ、ザザザァー……ン:ノイズと波の音が混じったような拍動。波や水のエフェクトと共に、猛烈な安心感と眠気を誘う。そこらじゅうの人間が立ち止まるか、その場ですやすやしてしまっている。手荷物を漁ろうとした轟音主義者も横ですやすやしている。人類は平等に眠る。沈む。最悪、溶ける。
「ね、ねむる……」
がくんと、追いついたC'の膝も落ちそうになる。慌ててヘッドセットに手をやって、CSの拍動を聞き取れるようにする。
ブラッドもあくびをひとつしながら、頭を軽く振る。
「分析! タイプは安心拍! ふ、あぁ……この規模ならBROすぐ来ると思うけど、足止めはしたいねぇ……あー、安心、安眠かぁ。はぁ……きっつ……」
「これ寝ちゃうよね。きもちいいもんね。でも、勝手にきもちいいにしちゃ、だめ……! とん、とんとんとんとん、だんだん……!」
CSは足でリズムを取りながら、液体ケーブルに接続端子を守ってもらい、本能的に自分に宿る拍動のペースを吊り上げる。
その目は巨大な青紫のスライムに釘付けだが、買い物袋のたからものとはちゃんと区別ができている。
だんだんだん、だだ:本日のおすすめBPMは170。これぐらいで身体を揺らさないと寝ちゃう勢いだ。
「CS、C'、そろそろ拍動装置リンクしとかないかい! ぼくもちゃんときみたちのデータが見たい! コード送るよ!」
「はーい!」「了解した」
三つの拍動装置が、それぞれの仲間とリンクする。CSが自身に繋げた黄金の液体ケーブルを伝い、情報を自身に流す。ヘッドセットからC'自身へ、そしてビートスコアからブラッドへ。それぞれの拍動がより明確に受け取れるようになる。
ニルヴェイズの雑音は遠ざかり、ターゲットと自分たちの音に集中できるようになる。特にブラッドは、二人の様子を確認してすでに指とタクトを動かしている。
「ひどいざまだね。こんなんで生きてるのかい? ちょっと補正掛けるよ……《拍動調整:C'》《チル》……っと」
「ありがとう。ああ、これは、頭が楽になる……気力が戻るな」
C'は液体ケーブル越しに感覚を調整してもらって表情を和らげた。困ったことに、彼は道具でもある。
自分で律するよう努力しているが、大切に手入れされる行為自体、ちょっと気分がいい――『すき』に該当する行為だ。拍動銃を抜いて構えられる程度には、それだけで回復する。
「わあ……しあわせの送り方、見えるかも! ブラッドの支援範囲も見えてる! わたし、しあわせがちゃんと選べそう!」
CSは拳を握って掲げた。どっちがよりしあわせでないか、元気じゃないかを見分けられるようになった。しあわせの配分を、直感で感じられるようになる。両手に力がこもる。
交戦開始の届け出はC'がした。いわゆる、クエストも受領。準備は万端。これが、初陣。
「おっけー! やっちゃお!」
「ミッション準備完了」
「では、行こう! 諸君! 1、2、3、4!」
ハイテンポな重低音に小気味よいドラムとお祭り騒ぎのトランペットが重なる。そして、元気を出すため――しかし相手の見た目に拍動が共鳴しかけた『たるたるした』しあわせ賛美がCSから聞こえてくる。
「Talitta-talitali-|talitalitta! Talutalu! Talutalu!」
ザザァン、ザザザッ――。スピーカーから耐えがたい眠気を呼ぶ拍動が響き渡るが、一度、陣を引けば抵抗はできる。あとは、暴れ散らして伸びてくるチルチルスライミーなケーブルにさえ、当たらないようにすればいい。
C'はとにかく怪我人がいないかのチェックと、避難誘導をしながら、巨大液体ケーブルを最も効率的に停止させる手段を探す。スピーカーと動力装置を破壊するため、どでかい液体ケーブルのてっぺんを狙える場所を探す。
「Glide、Dash!」「Hey!」
CSのきもちいい合いの手を背中に受けながら、C'は走り出す。先ほどまで彼がいたところをケーブルの腕が撫で、横たわったケーブルからそのまま極太安心拍が発信される。
ニルヴェイズのいいところは、殺伐としていないエリアなら肉体の即死攻撃がないところだ。肉体的には。
「エリア解析完了! 眠ってる人間で危機的なのはいない! BRO到着まで10分! ケーブルの巻き込みだけ気をつけたまえ!」
「Okke!」
「Run、Scan、Standby、Aim、Breathe、Calm――『Freeze!』」
できるだけ安心拍の眠気に負けないような、C意識気味のはっきりした声色でC'はrhymeを重ねていく。
が、Freezeの言葉はぽよんと巨大液体ケーブルの表面を伝って、どこかに飛んでいった。ザアザアとさざなみめいた音と水っぽいエフェクトをまき散らし、困惑に固まり掛けたC'に快眠をお届けしようとする。
CSたちも振り下ろされるケーブルの直撃事故からは逃れつつ、C'にヘイトが向いている間にオミミナイナイから逃げ出す人々を誘導している。CSのしあわせ拍が、強ばった身体を和らげながら、力強く安心拍を弾く。
「|Tattala-Tatta! でぅん、でぅんっ!」
CSは身体から出るしあわせを口ずさみながら、トレーニングでかなり改善されたステップで前に進み、リズムを踏みならして自分の周りから眠気を一掃する。
足から聞こえるのは、さっきオミミナイナイで覚えたばかりのよく響く重低音だ。ガバキックがさざなみを吹き飛ばす。新しい音に、CSは上機嫌に「んふ!」と笑顔を見せる。
「シープライム、ダメージ通ってないね! 連射、組めるかい!」
「了解――Track、Stack、Crack、Smack、Crush、Bash、『|Rush、Freeze《凍結連射》!』」
ぺちぺち!:小気味よい凍結連射がやわらか安眠スライムに直撃して弾かれた音。この拍動銃はFreezeしか撃てないし、弾も限りなく玩具に近い。
「……? …………」
C'は理知的な性分なので銃を構えたまま、冷静かつ速やかにこの銃と目の前の巨大な液体ケーブルを見比べ、今まさに手元で起こっている重大インシデントについて無言で考え、構えを解いて銃を見下ろして表情の薄いまま回答を出した。
「うん。火力が低いな……」
「ラ~イムくんデータ更新したァ!? というより、きみの凍結は安心拍持ちには通りにくいね……チルな方向で揃ってて乱しにくいんだよ」
ブラッドからの無慈悲な煽りは信頼の証。その後の丁寧な解説によって、C'は属性概念を思い出した。似た雰囲気はわかり合ってしまって火力が通りにくいということだ。
【ニルヴェイズTIPS:戦いは相手の制圧と同時に、場の制圧が基本。場を自分たちのビートで満たせば、相手のダメージ倍率が上がるみたいなやつだ。武器の形をしている者は場の制圧には弱い傾向がある】




