シナプスに花咲く
「まだログ見るの時間かかりそう~。シーが、どんな人だったか分かる?」
「人柄までは分からないね。ただ、調律者どのはマエストロの平行観測に合わせて拍動調整ができた。なんなら、シナプスブルーム現象さえ掌握して活用していたというよ」
「シナプス、ブルーム?」
C'はその単語に、自分のコアが反応するのを強く感じてオウム返しした。思わず、片手を胸を当ててしまうほどには。CSも覚えがあるのかもしれなかった。興味を抱いて、ブラッドの説明を聞いている。
ブラッドは胸の前で両手を合わせた。
「他人の拍と自分の拍を重ねて、魂の限界をブチ抜く共鳴をする。ほんとは二人以上でやるものだし、そもそも戦闘で自分の感覚拡張に使うものじゃない」
「っていうと~……」
「信頼できるパートナーと、接続端子を介して液体ケーブルで繋がって、お互いに魂に触れあうとたまに到達できる現象なんだよ。肉体は手を握る、撫で合うとかの、精々表面的な触れ合いで済む」
「し、しんらいできるぱーとなー……。でもなんか、きもちよさそう! ブラッドはなったことある?」
「シーエス、やめたまえ。シナプスに花咲くような案件は、眼鏡を掛けていない眼鏡キャラのぼくにはない」
そんなことはないとCSは反論しようとしたが、水掛け論なのでやめた。ブラッドにパートナーはいない。眼鏡も掛けていない。イヤーカフがおしゃれ。黙ってればツラはいい。
「ん~、あ、でも。……覚えてないだけかも。しあわせな時に花びら、見たかな。うーん。C'は見た?」
「ない。いや、ただ、兆候はあったかもしれない。ひったくりの、時に……確か」
C'が一瞬思い出したのは、ひったくりを押さえつけていた時の話だった。目の奥にちらちらと花びらのようなものが見えたのを、頭の中から引っ張り出せた。
でも、花びらとシナプスブルーム現象とやらがどうして紐付いているのか説明ができない。Cの知識大辞典も引っ張ってきていないのに、C'の思考は勝手に『駆け足』で回り始めている。
「じゃあ、この現象にするには、すごーく、しあわせにしなきゃだめってこと?」
「片方を押し上げるだけならね。華拝みもよくやる手口だから、そういう現象があるというのは覚えておいて損はないよ。そうだ、CoLの端末にカルト勧誘を断る方法があるから――」
二人のやりとりが、急に遠くなってくる。C'にとってシナプスブルームは、初めて聞いたのに、ひどく聞き覚えのある単語だった。
アーケードの中に雨が降り込んできたと思うような、連続した音が魂の底から鳴り始める。
ぱち、ぱち。ぱちぱちぱち、ざざざ――!:小さく脳に火花が走る。立て続けに。映像が勝手に出力される。埋まっていた必要な情報が、C'の空色の瞳の内側で迸る。
心音が深く感覚に響いてくる。『うけいれて』『ひびけ』『そのためだけにつくられた』と。
【SynapseBloom――拍動を通わせ、限界まで魂を高めた時にだけ発生する、能力強化・拍動共鳴・伝播などを起こす現象の総称。多大なる幸福と快楽を伴い、人は陶酔に華を見るという】
いつかのCoLの訓練所で、Cは目を閉じていた。ネイビーの燕尾服の袖と白いシャツ、白い手袋が目に映る。それは記録からすると「BloomPotに溶かされたより、ずいぶん前の服」。
ディーは黒基調のいかにも指揮者といった戦闘衣装をまとっていて、ここが訓練だというのをC'に伝えている。
――ディー、端末経由で軽い快楽信号を打ち込んでくれればいい。頼めるか。
――オーケー、分かった。
ブーツで覆われた足を軽く開いて立ち、Cは意識を研ぎ澄ませていた。本当は触れあわなければ至れないはずのそこへ、一人で高く飛んでいく。
合図はディーの声と、彼の指輪をはめた指、端末越しに届くかすかな拍動信号だけ。ディーとCは距離を取っていた。
だからこれは、あくまでも『体感だけを目的とした一例』であるとをC'は自然と把握していた。これは、学習だ。
――「ふるえる」
ディーの声が一つ目の暗示をかける。拍動が震える。ほんの少しCの眉が寄る。神経に与えられるかすかな快楽信号を軸に、神経に、脳に、肉体を構成する全てに火花が散る。
快楽をもって圧殺するという世界で、それもまた高負荷なものだというのが理解できる。
ただ、『ここにたどりつかなければならない』という思考で、C'は固定されている。
――「たかぶる」
二つ目。小さな光が極彩色に歪み、ねじれ、風に吹かれる花びらに変わる。誘導された高揚にCは深く、揺れそうな吐息を漏らす。
熱感がC'の中のコアを震わせる。たったったったっという駆け足の音が重ねて聞こえてくる。抵抗しなければとかすかに思うが、指が動かない。これを、おぼえなければならない。これを。
――「はぜる!」
三つ目。目を開けると同時に光が広がる。爆ぜる。咲く。
花びらを辿っていけば、いくつもの見慣れないパールホワイトの樹皮の樹木と、そこに咲く白い――けれど、散る瞬間に数多に色づく肉厚の花びらが見えた。足下にも、世界にも、現実に重なって花が満ちている。
見えないものが見えてしまったような、奇妙な感覚。
人間の五感なんて、いつでも閉じていて、上手く開けてないだけだったんだと錯覚させる。自分たちが見ているのは一面だけだったかもと思わせる。懐かしく温かいものに満ちて、大切にされている気分になる。
だから、かもしれない。
熱くて、しあわせで、蕩ける、『うけいれる』『おちつく』『あんしんする』。
――かつ、こつ、かつ、こつ。
その時、確かにC'は後ろからCに近づかれて、囁かれて彼に共鳴した感覚を受けた。
――《《外》》の音を聞け、シープライム。君は俺ではない。そうだろう?
拍動汚染と快楽に埋もれかけていた意識が、軽く乾いた音に似た拍動で現実へ戻される。
コアに直接触れられて震わされたような刺激は、甘く響きはしたが自然と受け入れられるものだった。
「シープライム! 目の色変わってる! コアに息が合ってる! だめだめ、起きて!!」
「――! え、ぁ……。ああ……? 何で、きちんと、訓練はしたはず……なのに」
C'は、CSの呼び声に、はっとして、茫洋とした感覚が抜けないまま現実に返ってきた。横ではCSが揺さぶっていたし、ブラッドも焦った顔でビートスコアを構えて何かを解析しようとしていた。
けれど、さっきまで動いていた頭が動かない。それを、CSの拍動を聞きながら、ゆっくり戻す。
ここのところ柔らかに育っていた様々な気持ちが、急に凪いだような感覚がある。
(さっきまで、俺はどうやって、振る舞っていたんだった? 確かに、二人と一緒にカフェにいて。そうだ。相談をしていた。それで、CSが起こしてくれた。落とすな、落とすな……きちんと育ててきた、大丈夫だ……)
からっぽが広がったような感触に、色あせた表情になりながらも記憶を必死にたぐり寄せる。何で、自分が拍動を収める入れ物だというのを忘れて人間のように活動できていたのか。意思と存在理由がかみ合わず、ごりごりと不快な振動を立てている。
「しーえす、ぶらっど……待て、だいじょうぶ、だ。トレーニング通り、する……」
声に宿っていたはずの拍が上手く整わない。ただ、二人を見比べて認識だけして目を閉じた。集中して、自分にrhymeを響かせる。
「Core、Lock」「Line、Mine」――、どうにか単語をかき集めて呟いて、意識を戻していく。
目を開けた時、C'の瞳の色が陶酔の青から戻ってきたのを見てか、ブラッドとCSは一緒に詰めていた息を吐いた。
「なるほどね……だいたい、きみたちの素性が読めてきた。特にシープライム。きみは、何かすごく妙な拍動学習を叩き込まれてる。単語がトリガーになったっぽいか……」
「単語で反応するのもある、だよね。C'のrhymeがそうだもん」
「何かの合言葉をきっかけにトランスに引っ張る拍動汚染は、かなり定番の方だ。シンプルだけどよく動く」
ブラッドは苦笑して、申し訳なさそうにうなだれそうになったC'の頭に、ぽんと折りたたんだスコアを乗せた。
「何て顔してるんだい。これは増やすべきだよ、味方! されっぱなしなんて、ぼくだったらムカついて眠れなくなっちゃうね!」
CSとC'は、おそらくこの青年に出会えて本当に本当に運が良かった。ただそれだけだったのだけれど、それでずいぶんと、茨の道が楽になるのは間違いなさそうだった。
もちろん二人とも、運を取り落とさないように、それぞれ顔を見合わせて頷いた。されっぱなしは嫌というのは、ブラッドと二人の気が合うところだった。
ブラッドはにやっとシニカルに笑った。
「ま、これでぼくがなんか悪い奴だったらきみたち死んだも同然なんだけどさ? 次から気をつけたまえよ?」
「やめてよぉ! 初めての友達がひどいやつでしたはむりだよぉ!!」
「冗談だよ。そんな顔しないで大丈夫さ」
(ああ。よかった。戻ってる。……あたたかい。こっちのほうが、『すき』だ――)
二人のやりとりを見た時、C'はひどく安心して、やっと深く息を吐いた。オミミナイナイの袋が今更がさっと音を立てて、いま買い物帰りだったんだよというのをC'に思い出させてくれた。
でも、ニルヴェイズに幸福はあっても安息は微妙に少ない。やっと得た休息の向こう側で、オミミナイナイ側から地面を揺るがす巨大な重低音が響き渡った。
【Cさんの弁解:シナプスブルームを体験する場合は、基本的には信頼できる者と安心できる場所で。あの後、そういうバトルエフェクトではない、もっと甘くて幸せなものだとディーに怒られてしまったんだ】




