BROも手を焼いてるクソデカいやつ
さて、CSとC'が新しいお友達と連絡先を交換した頃、ディーはしれっと東奔西走していた。昨日は行政に足を運んでいたし、なんなら今日、CoLの伝達名義で彼が訪れていたのは警察だった。
白基調の清潔な屋内では、せわしく拍動情報が行き交って液体ケーブルが震えている。
「ニルヴェイズ南部郊外で自我溶解者発見。拍動汚染情報がBloomPotに合致」
「拍バカ案件は収束した?」「いまシバかれてるよ」
今もオペレーターさんやAIが絡まることなく、拍動がやりとりされている。
通称「BRO」。ブロブロとかおっブロとかビッグブラザーと呼ばれるここの正式名称は長ったらしいので誰も覚えていない。言われても覚えてもらえない。
ただ、『びっくりするほど頑張ってる』のは、だいたいみんな知っている。もちろん、ディーも知っている。
「いやほんとすみません……」「反省してます……もうなんか楽しくなっちゃって……」
今日、ニルヴェイズであった『拍バカ共鳴事故』は、拍バカと呼ばれる毎日ノリノリダンシンのニルヴェイズ民がうっかり共鳴過多で起こしたものだ。
その場にいたあらゆる人間をハイなパリピに仕上げてしまい、その一部が暴れたせいでリアルタイムでBROの説教を聞かされている。
ラインを超えたらちゃんと対処する。ニルヴェイズにいるのはちゃんと偉い警察と行政だ。
「はー……ほんと激化してきてやんの。マジで街一個溶かす気か? なんのために?」
が、ディーが来た理由はそれじゃない。彼はニルヴェイズ郊外を自由に徘徊するBloomPotも気がかりだったが、この頃、いやにニルヴェイズで見るポスターについて、CoLと繋がる関係者から呼び出しを受けたからだ。
『わかりあう喜びを今わかちあう』
『拍疲れにしあわせ、感じてみませんか?』
『聞くだけでしあわせ。そんな空間』――お花の意匠がほどこされたポスターの文言は概ねこんな孤独と共感しまくりの文明を狙い撃ちするスタイルだ。
ディーは凝った肩をぐるぐると回して、ロビーで一緒に来ていたCoL所長のミュートさんと合流していた。
「お疲れ様、ディー。一緒に来てくれてありがとう」
「どーも。まあ、しゃーないっすね。ここんとこ元気ですから、『華拝み』の連中はさ」
ディーはちらりと警告と一緒に貼り付けられたポスターを一瞥した。
ポスターには『今日、しあわせになれます』という文字があって、人を落ち着かせる安心拍が花のペイントと香り、小さな振動と一緒にくっついている。見ているだけで落ち着いてきて、お手軽に安堵のしあわせを感じ取れる。
こうしたポスターなどについている拍動広告はニルヴェイズでは、ある程度なら合法だ。が、度を超しているなら当然違法だ。そして、こいつは真っ黒。
|FlowerTestament。フラテ。お花。クソデカカルト。ニルヴェイズ最大の眉唾ものにして、最大勢力のしあわせカルトは、ここのところとても元気に活動している。
ひとりぼっちの人が、ひとりぼっちにならないように。
実際それは昔はそのまま穏やかな救いの言葉だったのだけれど、この頃はニルヴェイズ各地でこんな状態の人が見つかっている。
【Bloomed:カルトの言葉で『頭に花が咲いた』ぐらいのニュアンス。しあわせと教義で満たされ、自発的に考えられなくなった状態。『楽園体験』による行方不明者は増加中】
人はしあわせによって咲き、苦しみのない楽園の一つの花になる。
教義としあわせに導かれた人を、咲いた人なんて表現で彼らは扱う。が、それはあくまでも表向きの表現であって、ディーは口を閉じた渋い顔ですべき正規の表現を浮かべた。が、それを所長に言わず、先に彼女へ声を掛けた。
「ミュートさんの見解はどうでした?」
「あら。ずるい子。あなたはもう『自我溶解が多発する危機的案件』だって目星を付けてる顔だわ」
「あはは。ま、それ以外ないっすよね。ニルヴェイズって案外、滅亡寸前かもしれねぇなーって」
ミュートの微笑みに、ディーは乾いた笑いを出した。そこそこ、規模の大きい『自我溶解』案件の連発。ニルヴェイズではひそかに、ひとつきりの音が、ひとつ、またひとつと減りつつあった。
一人に一つしかない拍動データとやらはスライムに呑まれたように溶かされて、時を経るごとになんとなくまとまりつつある。
人間の精神はいずれ、一つのそれっぽく調和した団子になるかもしれない。ディーはそう思うことがある。救いかもしれないが、何か終わってはいけないものが終わる、と。リアルタイムで、世界は熱狂に溶けている。
この世界は、『みんなが全自動で動く社会』に王手が掛かっている。
そこに魂は行き交わず、意思はなく、全ては反射で行われるだろう。
「警察も行政もよくやってる。そんでもダメだ。ニルヴェイズは溶かされ続けてんですよ。しかも、ここ最近になって急激に」
「そうね。ついに、CoLも二度目の大敗北を出してしまったわ。一度目は拍の限界、二度目は拍の暴走……ニルヴェイズはもう長くないかもしれない。それは、私も思うことがあるの」
行政区に頭だけ出したCoLの壁にさえ、ろくでもない安心拍つきのポスターが貼られていたほどだ。ディーはこのポスターを見る時だけ、一切笑わない。保護されたばかりのC'よりも表情がなくなる。
それを、ミュートはちゃんと見ている。
「私たちはBROと協力して調査を始めるけど、いいのよ? 見るのも嫌ぐらいって言ったって。Cは律しているけどきちんと言うし、選んだわ」
「あいつの名前を出すのは禁じ手ですよ~、ミュートさぁん」
ディーは人差し指を立てて、ミュートの真似をした。彼女は慈悲深く、ディーを見つめている。どこにでもいそうなおばさんの輪郭を纏った、この人はディーにとって最高の貴人であり、CoLに来てからの育ての親でもあった。
「あの子たちに、よっぽど話したくないのね?」
「俺からすりゃ、『華拝み』関係の話も相当な汚点っすからね……自分の恥ずかしい話を語りたいやつなんてそうそういないですよ」
悪戯を優しくたしなめられた子どものように、ディーはばつがわるそうに頭の後ろを掻いた。
「きっついとこ見せたくないんすよ、へへ」




