ブラスバンドのきらめき
二人もお行儀良くいただきますをして、注文した夕食を頬張り始める。今日のおすすめはお肉ごろごろビーフシチューとサラダとパンだが、みんなトッピングは違う。トッピングはトッピングでも、脳に直撃する拍動トッピングだ。
「CSはトッピングをしたのか?」
「うん! しあわせがあったから、しあわせにしちゃった! サラダはね、シャキシャキ!」
CSのシチューの拍動トッピングは『しあわせ』だし、サラダは何食べても『シャキシャキ』。
「シープライムは?」
「俺は付けていない。ない方が、響かなくて落ち着く。ブラッド、君は?」
「ぼくはシチューに『充足感』かな。あと『すっきり』のサプリ。変に味がない方が頭が回るんだ」
C'は逆に拍動トッピングを付けていない。ブラッドはシチューにだけ『充足感のある』拍動を付与して、そこに『すっきり』ゼリータイプの機能栄養食を追加して調整している。
それぞれが同じ食事で好みの幸せを腹に詰めながら、最初に口を開いたのはC'だった。もちろん、ちゃんと飲み込んでから喋る。
「それで、ブラッド。君はどうしてCoLへ?」
「探し人がいてね。ぼくはその人に学びを受けたくてここに来たんだ。恥ずかしながら、進路に迷っててね」
ブラッドはパンをひとくち手で千切って口に放り込み、咀嚼してから口を開いた。CSはリスのようにパンを口に頬張ってしあわせを摂取し、C'はホットミルクを飲むところだった。
「ディーという『指揮者』を探してる。二期生でまだ存命のはずだ」
「マエストロ?」
C'は固まった。ディーという名称に紐付いていない単語が出たからだ。CSも固まった。パンが喉に詰まったからだ。ブラッドから流れる動作で水を差し出され、CSはせっせと水を飲んだ。
「むぐっ、んっ。こほん。ディーのことは知ってるけど、指揮者のディーさんとは別の人かも? ディーはエンジニアって言ってたよ」
「いや、さすがに二期生でディーは一人じゃないだろうか」
「もしかして、知っているのかい?」
ブラッドは眉を持ち上げた。CSは小刻みに、C'はゆったりと頷く。
「ただ、俺たちは彼に助けられた身だが。彼が指揮者というのは一度も聞いた試しがない。いや、調べれば出るか……」
――ディーは指揮者と呼ばれている。戦闘において、支援特化の人間がこう呼ばれるケースがある。マエストロは熟達者で、通常はコンダクターだ。
(そして、君は調律者か。これは汎用的なものでなく、何でも直す君の腕前の結果だな)
Cの知識大辞典は便利だが、そもそもC'がその情報を手にしていなければ検索はできないところは若干注意が必要だ。照合は完了した。
「でぃー、かくしごとしてる? でも、言う必要がないみたいに思ってるかも。でぃーは聞かなきゃ答えてくれないけど、聞いたら絶対答えてくれるから」
「ふむ……いや、そうなのかい。そうか……」
思わぬ収穫と妙な返答に、ブラッドは軽く唸って二人を見比べた。その青緑の瞳はきちんと真っ直ぐ、目の奥まで届くほど聡明に光っている。話すべきものと話してはならないものを、きちんと区別している。
その上で、彼は話してくれる気になったらしい。肩をすくめた。
「一ヶ月前のBloomPotのニュースを覚えているかな?」
CSの見ていないかもより早く、C'は「ああ」と返事をした。ニュースは端末で見た。嘘はついていない。「関係者です」は、まだ出すべきでない。
端末を出して机に置き、ブラッドは今でも当時の『衝撃』を伝える拍動のニュースを見せてくれた。
『犠牲者最小。それでも瀬戸際のCoL』『やはりBloomPot鎮圧は不可能なのか』『渾身のフルオーケストラw敗れるw』。
彼はろくでもない市井の拍動つき感想までは見せず、画面を映す端末に視線を下ろした。
「あの時、彼がミッションの前線指揮を務めていた。他に誰もいなかった。確かにBloomPotで被害は出たが、それは最小限だった。むしろ道中の事故で大怪我したのは彼だった」
彼はCoLの大型端末の画面がある壁の方を見た。今はOFFだ。落ち着いた夜の食堂の雰囲気に、正しい感情ガイドつきニュースも、感覚共有型バラエティも要らない。
「敗北を馬鹿にする者もいるが、ぼくは彼にこそ聞きたい。あんなたくさんの拍動を、どうやって観測して、最悪のビートダウンと正面衝突して、被害を抑えきったのか」
手元に視線を落としたブラッドには憎しみや怒りの拍動はなかった。ただ、知り合って間もないCSでも分かるくらい、小さな吐息を漏らした顔は寂しさに溢れていた。
「ここに来て一番にログを見た。人の拍動を完全に把握できていなければ、あんな細やかで迅速な指示はできない。ぼくは憧れてる。ああやって、きちんと人を見たい、とね」
C'は口元だけ笑うブラッドを見つめ返し、自分もちゃんと返したいと思って、水を一口だけ飲んで内側を落ち着けた。彼の拍動は、とても熱い。響いて、C'も熱くなりそうなほどに。
「俺たちは指揮者については初耳だった。君と知り合えて、もしかしたら彼が内緒にしているかもしれないと気付いた。それは、視野が広がったんだと思う。だから、ありがとう」
「おや、生真面目な返事だ。こちらこそ、ありがとう。ぼくも気になるな」
「わたしも、ちょっと気になるかも。ディーはわたしたちを見てくれてるし、メッセージはやりとりしてくれるんだけど……最近、あんまり顔を合わせてくれてないんだ」
CSもプリンの蓋を開けてスプーンを差し込む手は止めないものの、ディーについて心配はしている。二人は、ブラッドにちゃんと打ち明けてみることにしようと目配せをした。
でも、今じゃないと思った。シチューはとても美味しくて、得がたい平和の味がしていたからだ。
「ブラッド、君が持っている情報と、俺たちが持っている情報を、時間があるときに揃えてみたい。端末でもいい。構わないか?」
「折角だ。連絡先も交換しよう。きみたちの部屋にも、今度遊びに行っていいかな。拍動学の本や学習用データに興味があるなら、持っていくよ」
ぽわ:温かい感じの音。ほわほわ、ふわふわとも表現されるこれは、人がほんのちょっと優しい気持ちになった時に発生するまるっこい感じの拍動だ。
慎ましいC'はこの時、とても控えめに目を開いていた。ほんの少し、心の中に温かさが生まれていた。それを彼自身は言語化できないが、「仲良くなれるかもしれない」という、柔らかくて優しい拍だった。
そして、ちょっと忘れていた。拍動というのは別に声にしなくたって雰囲気やエフェクトとして漏れ出ることがあり、ブラッド自身に届いてしまう可能性があるなんて。人はニルヴェイズで、基本的には分かり合えてしまう。
ブラッドは頬杖をついて、一拍目だけはなんかどうにかして嫌なやつをやろうとする。
「なんだい、今のゆる~い拍。迷える羊のシープライム君はもしかして友達が少ないのかな」
「い、いや、それは」
芽生えたばかりの照れと遠慮がC'にあって、視線が泳ぐ。が、ブラッドは彼の態度にきょとんとしてから口元に少し手を寄せ、育ちのよさそうな笑いを見せた。
「ふふふっ! 実はぼくもいないんだ。こんなだからね!」
そうして、下げた眉にだけ大げさな雰囲気を残して、穏やかな笑みで手を差し出した。
「どうぞ、友人の末席に加えてくれたまえ。きみたちが嫌でないならね?」
CSとC'は向き合って、満面の笑みと少しはできるようになった微笑みを見せて、新しい友人の手に触れた。血が通ったその手に触れてみれば、気持ちいい熱が通っていた。
なんだかその拍動に魂を寄せれば、マーチングドラムの小気味よい音色や、かっこいい金管楽器のぴかぴかした輝きがコアに響いてくるようだった。
【Brad/ブラッド: 拍動汚染被害:なし 拍動研究者の両親あり。自分の拍動の在り方と指揮者としての技術を求め、自らCoLに志願】




