夜の食堂を受け入れよう
「ブラッドさんは、どこからきたの?」
「ブラッドで構わないよ。ニルヴェイズの研究施設から。といっても、研究者側で実験の被害者ってやつじゃない」
「何の研究を?」
「安眠。ビートまみれで眠れない人もいるからね」
C'は後ろをついて行きながら、お手元のCの知識大辞典で情報を照合している。
ニルヴェイズは治安が悪いので、良い科学者もいる分、悪い科学者もそこそこ存在する。
良いか悪いかは、まあまあ基本的に人をさらってなんかするかどうかあたりに掛かっている。
万人に人権はあり、繋がる自由があり、よって、ないも同然のご時世だ。
壁に貼られたスローガンは『短く、聞きやすい拍動で』。
隣には『カルトの拍動式勧誘の断り方』ポスター。
『自律型ビートダウンを見かけたら!』という警察の張り紙も隣にある。ポスターアポカリプスって感じで整っている。
「きみたちは、どうしてCoLに?」
「最初はね、リハビリだったけど、ここで人を『しあわせ』にできたら嬉しいなって!」
「へえ。リハビリ勢か。確か、他にも一人いたはずだよ」
「となると、八人中、俺たちを含めて三人がリハビリ経由の志願になるのか」
C'は壁際で拍動のソーシャルディスタンスを守りつつ、オーインが少数部門に自分たちを推奨した理由をなんとなく理解してきた。
この少人数活動部門とやら、ワケアリで一般枠に参加できない者の枠なのではないだろうか。
それを、ニルヴェイズでは多分、『ノリの悪いやつ』か『ノリがキマりすぎてる奴』と表現するのではないだろうか。
一抹の不安が、お寒いカラーリングの輪郭に宿ったうっすい温もりを音もなく拭い去った。
「シープライム! ドア開いてるよー!」
「ん? あ、ああ、すまない」
エレベーターで地下一階に上がって廊下に出れば、すぐに食堂にはたどり着く。夜の食堂には落ち着いた拍動が流れる。C'はついその穏やさに聞き入ってしまう。
夜の部の食堂はみんな食べにくるタイミングがばらばらだから、静かに食事を食べられる。自由に席と拍動トッピングを選べばいい。
「あっ、オーイン先生だぁ」
「彼もゆっくりしたいだろう。そっとしておこう」
なお、オーイン先生は同じ食堂の離れた片隅で、『落ち着く』拍動がトッピングされた鮭茶漬けをすすっていた。
多忙な大人の穏やかな時間を邪魔してはいけないと、二人は彼をそっとしておいた。
「夜の食堂に来たことは?」
「ないよ~。お昼は食券だよね! 夜も食券? あれ、ちがうね?」
CSは食券売り場を覗いて、それが止まっているのを確認した。
ディーがお弁当を渡せなかった時など、二人はお掃除などで得たお小遣いで食券を買っていた。
しかし、夜の食堂は雰囲気が違う。中にいるスタッフさんが入れ替わっているらしく、メニュー式になっている。
「夜は配給された端末経由でいけるよ。注文はやったかな?」
「えっ、ないかも!」
「まさか、端末の使い方も知らないのかい?」
はんっ、とでも言うような演技っぽい、鼻につく笑いをブラッドは放った。
もちろん、二人に上品かつフレンドリーに椅子を引いて、おててでどうぞをしながらだ。
「そこのアプリがあるだろう。そう、それだ。食堂に入ったことをそのボタンで伝えて……そこにメニューがあるから、好きなものを頼む。そう、偉いね。そして、呼び出しが来たら取りに行く。水はセルフサービスだ。昼と同じでドリンクバーもあるからね。つける? つけない。水持ってくるね?」
お手元の端末について、ブラッドは一から優しく説明してくれた。
それから二人にお手拭きを置いてから、いかにもわざとらしく額に手をあてて、急に高圧的な拍動を発した。
「はぁ~ッ、何も知らないなら指をくわえてここで待っていたまえ……きみたちの出番はないよ」
端末経由でメニューを登録したC'とCSは拍の乱高下に混乱しながら椅子で待った。
かたん。たったん、たった! たたたたたんっ!:二人を座らせた後、ブラッドの手によってご機嫌なリズムで食事や水やプリンが並べられる拍動。
ブラッドは軽やかな足取りで非拍動性の水が入ったコップを二人に差し出し、呼び出しにも応じて二人分のプレートを持ってきてくれた。
C'は非拍動性のホットミルク、CSはしあわせな気分になれるプリンも付いている。
彼が自分の食事を持ってくるのはそれからだ。二人の向かいに座り、自分の食事に向き合い始める。流れるような作業。無駄のない親切と、蛇に足付けたような執事めいた演技動作が、流れ作業で行われた。
「では、いただきます」
完璧かつスマートに食事を始められるよう整えられた二人は顔を見合わせて、この改めて青年を評価した。
「えっ? なんか、す、すごくっ……丁寧! 優しい!」
「今の拍から丁重に扱われるケースがあるんだな……」
鞭1割、飴9割だ。攻撃的に聞こえる言葉がなんだったのかと思うぐらい、二人は懇切丁寧にアプリの説明を受け、ご飯を並べてもらった。お手拭きと水もサービスだ。
ブラッドという人物は、まれに異様に斜に構えた態度を取るだけで、間違いなく親切だ。なんか鼻につく初動がなければさぞかし好青年としてもてはやされただろう。でもそうするからそうではないのだろう。
「オーイン先生と同じタイプかも?」
「そうかもしれない。苦労をしているんだろう」
CSから先制パンチをかます代表として認知された先生は、C'からもそのような、少なくとも星五つではなさそうな評価を与えられた。
噂のオーイン先生は今、鮭茶漬けの余韻に浸って買ってきた栗入り月餅をおムシャり始めていた。
「はぁ。平和最高」




