↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/51

善友に出会えば、道はちょっとマシ


 ――|Latata-Tatattaらたた・たたった! わんつー! Tatata(たたた)


 ――もっと口ずさめるもの、多かったらいいな~!


 C'に負けないよう、CSも踊って体力をつけてみたり、しあわせを手から出すように訓練を続ける。とにかく、CSに必要なのは言葉も含め、感じ取れる拍動の数だった。

 『すき』『しあわせ』『きもちいい』。言葉と拍動を知れば知るほど、その手段は増える。ので、そう育てるのがオーイン先生の方針だった。


 ――Lock(姿勢固定),Aim(狙って),Fire(撃て). 一拍足りないが、使い勝手はいい。保存。


 ――Charge(突撃),Flip(反転)……ッ、身体が付いてこないな。別の単語で組むか。


 C'も早朝訓練と、命令と反射に逆らう鍛錬を続ける。駆け足の音は、徐々に彼自身が走り込むトレーニングの音になっていく。

 Cの知識を基礎とした戦術技能と、共鳴体質に流されない意思を育むこと。二人のトレーニング内容は違うけれど、最悪の永続バステを押し返しつつある。



【CS/シーエス : 拍動汚染被害:快楽回路増築、脊髄端子増築、従属化、本来の記憶・技術の完全消失・共感能力による拍動汚染としあわせ伝播に注意】


【C'/シープライム: 拍動汚染被害:変性意識化の反射学習。従属化、被害者C氏の記憶を保有するが、自認と記憶に亀裂。戦術技能・極度の共鳴体質】



 少なくともCSの【思考力の低下】【筋肉弱化】は人並みには戻ってきた。C'の悩みの種である【反射からの暴走に注意】も鳴りを潜め、彼も自身を制御しつつあった。

 そんな懸命の努力もまた、日常になっていく。夜のリラックスもまた、すっかり定着していた。


 しゃりたぽ……ぱら。しゃりん……ぺら:CSが液体ケーブル風呂に浸かっている音と、C'が書物を読んでいる複合音。この部屋は二人が何もしないをする時、よく聞こえてくる。


「はぁ〜……」


 CSは服のまま液体ケーブルにちゃぽちゃぽしゃりしゃりたゆたって、しあわせのなでなでお手入れに身を任せている。

 C'は部屋の隅に配置された読書机で、書を読む動作を繰り返している。これはクラシックでかっちりした服装と一緒で彼にとって落ち着く行為になっていた。


 ニルヴェイズの人々はこれをルーティーンって呼んでて、自分の拍を確かめるのに使っている。

 でも今日は、ちょっとルーなんとかに集中しすぎで晩ご飯を取っていなかった。

 

「あぁ~、おせわされてるぅ……しあわせ……。これは、残したぁい……頭の中ぁ、のこった状態で入れるの、ないときよりきもちいいぃ……なんできづかなかったんだろう~……」


 リバーブにまみれているが、CSの拍動を損なわない声が聞こえてくる。が、晩ご飯を食べていないということは、一応、生身であるCSたちからはこんな雑音が響いてくる。


 ぐぅ:お腹が空いた時に出る拍動表現。この拍動を聞き過ぎた腹部はやがて胸部と一体化していき、人間は新たなフュージョンを体験した代償に肋骨が仕事をしていないと気付いたショックで死ぬ……という都市伝説がニルヴェイズに存在する。


「ん……。もう、こんな時間か」


 C'もしまったといった顔で、読書の動作を止めて自分のお腹に手をやった。作り物でも精巧な人間に作られているから、お腹は空く。生活サイクルが同じ二人は、だいたい同じ時間にお腹が空く。CSは外に続くドアの方を見て、小さく唸る。


「わたしも食べそびれてる~。まだ食堂開いてるかなあ?」


「夜の部は、もう少し開いているはずだ。行くか」


「きまりー! いこ! 初めてだけど大丈夫だといいな~」


 端末の拍動を一拍聞けば、時間も分かる。まだ少しだけ、時間がある。CSはお気に入りの鞄を、C'も最低限の手荷物を持って出る支度をする。


 ディーはいたりいなかったりする。今日はいないが、昨日はCSが飛びついた時に抱きしめてくれたし、C'が困らない適切な距離で話をしてくれた。彼は一歩身をひいて、二人を案じてはくれているらしい。


「あのねー、これ。C'も行くよね!」


 がさごそ:荷物、資料、夜中の冷蔵庫を漁る音。音が聞こえるのに誰もいないなら、なにかの残響や生物の混入を疑うべき。液体ケーブル風呂に入っている時以外のCSから、結構よく聞こえる。


 CSは濃いベージュの鞄を漁って、ちゃんとファイルに入れた紙切れを取り出した。C'はそれを覗き込む。それは、オーインから貰ったおたよりだった。

 

 ――あなたたちはその身の上の関係上、こちらでの参加を推奨します。どうぞ。

 

 『CoL 第七期少人数活動部門志願者へのご挨拶及び"恒例行事"について』。


 一週間後に同期の顔合わせ会があるお知らせだった。別段、CoLの中を歩いていれば顔は合わせられるだろう。

 ただ、一堂に会すというのは、このニルヴェイズにおいて難しいのではないかという不安が二人にもあった。


 今、基礎訓練に明け暮れる時も、拍動は消え続ける。


 数日前、会ったこともない名も知らぬ隊員は「しあわせの音が強すぎる」と叫んで、そのまま溶けてしまったらしい。自我溶解のログとからっぽの肉体がCoLに運ばれてきた。


 また、C'は「ただいま」という残響だけをCoLの入り口に聞いて、ついそれを反映して呟いてしまった。

 その日、爆発事故があって物理的に誰かが死んだ後。どこからか流れてきた最後の拍を、C'は拾ったらしかった。

 死者の拍は、時に導かれるようにしてCoLに帰ってくるのかもしれなかった。


 CoLは対ビートダウンのみならず、ニルヴェイズのお祭り騒ぎの最前線だ。

 当たり前のように精神の支配と破壊が横行するこの世界、一期一会を逃したら溶けていた・死んでいた・その他の接触できなくなったケースなどいくらでもC'には思い浮かんだ。


「俺も行こう。会える時に会っておいた方がいい」


「うん! わたしたち含めて八人だって! 多いのかな? すくない? ディーも?」


「いや、ディーは二期生だ。オーイン先生が確か、そう言っていた」


「じゃあ、会えるのは六人! えっ、どんなひとたちかな……しあわせかな、わたし、楽しみ!」


 二人はドアを開けて、通路へ出る。こうして二人で一緒に歩くのも、当たり前になってきた。二人の自室から、食堂まではそう遠くない。

 が、二人は朝までなかったあるものに気がついた。それは白い、いくつもの拍動遮断型ダンボールだった。


 がたっ、ごとっ。ごとんっ:一人で動かせる程度の大きなものを動かしている音。押したり引いたりする仕掛けに出くわしても聞こえることがある。


 からっぽだった隣の部屋からはこんな物音がしていて、いかにも人がいますという拍を放っている。二人は部屋の前で立ち止まって、つい、新しくやってきた『お隣さん』に興味を示す。

 

「ここって空き部屋だったよね。誰か、保護……されたのかな?」


「荷物が多いから、自力でここに来たのかもしれない」


 そういう風に噂話をしたからか、部屋の奥から一息ついた声が聞こえてきて、玄関に向けて足音が近づいてくる。CSは好奇心と不安とでそわそわとして、C'もどんな人が出てくるのかと考えて待ってみる。

 出てきたのは、荷物を運んでほんのり汗を滲ませた青年だった。


「おや、こんばんは。特徴的な拍動をお持ちだね。あいにくといい見世物は一つもないよ。何か用かい?」


 ドア枠に肘を引っかけて、片方の唇だけ持ち上げ、青年は愛想よさげに二人を見つめ返している。ちょっとシニカルな雰囲気もある。

 ナチュラルに流した茶色寄りの短い金髪、身を包む清潔なカッターシャツもボトムも左耳についたシンプルな赤らんだ銅のイヤーカフも、どことなく華やかで垢抜けている。


 平たく言えばチャラそう。


 が、そのほんのり垂れた目の一見して人好きのする青緑の瞳は、明らかにこちらのことを分析している。表面より、拍動はずっと落ち着いている。


 CSもC'も、きちんとお辞儀をした。


「あっ、ごめんなさい! 初めまして、隣の部屋に住んでるCS、です!」


「CSと同室のC'だ。今から夕食に行こうと思っていた。悪いように思っていたなら、失礼した。すぐ立ち退こう」


「ああ、隣? へぇ……じゃあ、ぼくらは正真正銘、隣人というわけだ。良かったぁ、ニルヴェイズで最も辛い孤独という憂き目に遭わずに済みそうだ!」


 二人を一瞥していた青年は、眉を下げて笑みを変えた。最初の嫌味っぽそうな雰囲気が和らぎ、今度は芝居がかった言葉がこぼれた。


「ぼくはブラッド。CoLの、少人数活動部門の七期生だ。夕食なら丁度よかった。ぼくも食べそびれていたんだ。一緒にどうだい?」


「いいの!? やったぁ! あっ、ふふふ、嬉しい! おんなじ七期生だぁ!」


 つい丁寧語を失ってしまったCSは、恥ずかしがって笑みを返し、端末だけ持ったブラッドが歩き出す後ろをひよこさんのように歩き始めた。

 C'はその後ろ。人間関係の陽キャ感は圧倒的にCSに軍配が上がっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。