Cの残響/ジャンル:ミニマル/BPM:70
「心配しないで。わたし、ちゃんと手を握ってる」
「ありがとう、CS。……やってみる」
目を閉じたC'は深呼吸をした。知識を引き出す程度に使っていたCの記録に、求めるように触れる。ここに魂はない。けれど、情報を宿したリズムとビートは残っている。それが揃えば拍動は再現できる。
どこかで響くエコーコアの拍動に背を向け、溢れる言葉のままに声帯を震わせる。
人間の発する言語ではなかった。そしてC'の普段の声より、淡く幼さがあって、柔らかい声が重なっていた。
「『きて、ほしい』……」
ほのかな陶酔の熱に、C'は眠る間際めいた眼で瞳を青く染めながら、天井をゆるりと仰いで響きを辿る。自分の身体いっぱいに、Cの残した拍動を響かせる。輪郭に青いノイズが走る。そうして頭の位置を戻していくにつれて、一つの拍動が確かに、浮かんできた。
かつ、こつ、かつ、こつ――。:器が自分の意思で再生するのは規則正しい、ゆっくりした革靴の足音。Cが歩けば必ず聞こえた、一番身近で一番整った音。C'の背中の方から歩み寄ってくる気配は、思考を急かさない。ただ、コアと接続端子のあたりが切なく熱を持つ。
「――」
ふわりと、C'の接続端子あたりから肩まで、柔らかく抱きしめられるような感覚があった。その瞬間、C'はひどく小さな、安堵の吐息を漏らした。自然と意識が沈むのを感じた。
けれど、苦しくはない。温かい水中を漂うような温もりの中で、彼の意識は微睡む。頭が前に傾いて、身体の中で保存された拍動が反響し始める。C'は正しく感情と情報の宿った音の器として機能し始める。
青と白のコントラストの燕尾服を纏う姿がノイズと共に青白く光ってC'に重なる。白い手袋が、薄い黒手袋と重ねられるように色を隠す。
(あっ……拍が、変わった)
そして、CSに届く拍動の揺らぎも、変わる。CSは直接、その残響を聞いたことはない。でも、懐かしいと感じて目を潤ませた。
(いろんな拍……全部小さい。でも、整って一つに聞こえる……あったかい)
革靴の足音、めくられるページ、木製の時計の針、ピアノと弦楽器の温かい響き。たまに、どこかで光がきらきらと零れ続ける音もする。拍動にまみれた世界で、どれも弱いもののはずなのに、はっきり響いてくる。
自分たちが失ってしまったものを、憑依させるようにC'が再生している。その失われたビートに、自分も会いたかったんだとCSは実感した。
「……シー。この、拍が」
「使い方には気をつけた方がいい」
ゆっくりと顔を上げるC'の喉から、C'ではない声が聞こえてきた。
柔らかい忠告だったのに、CSの身体はぶるっと震えた。
「『これは再現で、魂はここにない』」
声の音程こそ同じだが、静かなのにハリがあって明確な意思を感じる凜とした声。かすかに共鳴で青ざめた瞳の中に、冷えた空の星に似た鮮烈な光がある。CSが息を呑むほど、拍動は調和して澄み渡っている。
(ぜ……全然、違う。この人……ど、どうやって、崩されたのかわかんない。音が、ぴったり揃ってて、本当にわたしの身体、この人だったの……?)
それはC'の惑って揺れる拍動とは完全に質が違う。いつもの親しい音は、身体の内側で『鳴り』を潜めている。
ごくりと、CSは無意識に背筋を正して、唾を飲み込んだ。
「C'が預かっているあなたの情報を、C'の体を介して、外からアクセスしてるだけ。そういう感じだったよね? 実際に、いるわけじゃない。あなたは、ここにはいない」
沈黙は肯定。Cは余計なことを喋らない。たくさんのごちゃごちゃした拍が溢れ出て、CSは視線を泳がせる。
「あのね、教えてほしいの。あの日、えっと。あなたは、逃げ遅れた人を、逃がそうとしたんだよね? じゃなくて、BloomPotにどうして捕まっちゃったの? でも、なくてっ……ディーが寂しがってるでもなくって……好きなものは、読書と甘いもの、だよね……」
再び沈黙。CSはいつもならC'が作ってくれる質問すべき言葉を考え、自分で必死に組み立てる。
穏やかなまま様子を見守ってくれる綺麗な瞳に、気圧されそうにさえなる。こんな分かりきった話を聞きたいんじゃないと、唇が震えそうになる。
「ちがう、そういうの、聞きたいんじゃなくて。あの、言いたいこと、たぶんいっぱいあるの。でも、わたし、ことばと拍動が見つからなくなっちゃってる。あなたを、見てみたいって思ってたのに、いますごくからまってる」
「それでも構わない。時間は有限だが、君はそれをどう使ってもいい。そうだろう?」
初めて、Cは明確にCSへ声を掛けた。CSは小さく声を漏らした。
穏やかなのによく通って、おなかのおくの余計な拍動を抑えてくれる。あらゆる拍動機器が、それを聞いたきりぴったりと正しい音を出せるような、チューナーみたいな響きだ。
(わたし、たくさんのひとをしあわせにしたい。しあわせを奪わないで、しあわせにしたい。そのために、わたしのしあわせが知りたい。この人の力を、借りたい……!)
その声を聞いたから、CSは一つの焦点を取り戻したのかもしれなかった。
喉から切実と焦りの声が出て、拍動の方向がまっすぐ整う。目を真っ直ぐ見て、つっかえそうな願いを押し出す。
「わ……わ、わたし、CS! 今、あなたの記録を再生しているのは、C'(シープライム)! わたしたち、あなたから作られたの! ねえ、この名前の由来、あなたの情報から、わかる?
わたし、あなたと自分の繋がりを感じたい。それはほんとじゃなくても、大丈夫。わたし、あなたの情報から、なにか、自分のことを教えられてみたい!」




