お互いに見えている好きなとこ
ポッドから出てきたしゃりぽよ存在は、今はCSが抱き上げるぐらいの大きさになっている。C'は質量保存の法則を溶かしたそれを、数秒黙って凝視する。
「待っ……何故、いま膨脹と縮小が発生した? 質量がおかしい。それは、おかしい」
「えっとね! これはね……繋がってない時にこうすると、ふくらむよ」
CSは液体ケーブルに触れて、コアから丁度いいビートを送り始める。
そうすると、液体ケーブルはあろうことか膨らみ始めた。
ぽよ、しゃり、ぽよよ、しゃりっ。
一拍受けるごとにしあわせを溢れさせながら膨らんで、しばらくするとポッドに入っていた時と同じぐらいの大きさに成長した。
C'も仕組みに気付いて「あっ」と声を漏らした。
「……君の『しあわせ』に反応するのか!」
「うん、たぶん。わたしのしあわせを受けるとー、おっきくなる。で、出してーってするとしぼむの」
「と、なると。BloomPotの液体ケーブルのサイズも『しあわせ』で可変すると見た方がいい。というより、あれが3mの全長でこの画像の規模なら、その方が順当だ」
C'は壮絶なCの自我溶解を再び読み取ってしまい、口を噤んだ。なるほど確かに、170cmにも満たないC'とCSが持っているこの液体ケーブルより、BloomPotの方がはるかに大きい。膂力ではまず勝てない。
CSは端末と自分の液体ケーブルを見比べて、C'に視線を戻した。
「この液体ケーブルは君の手入れもするようだが、これ自体のメンテナンスは?」
「してないけど全然変わらないよ。れっか?もぜんぜん大丈夫!」
「どういう技術でできているんだ……? 人間を管理するために、自浄作用を組み込んだ? どうやって?」
「わからない。でもね、この子はわたしの大事なしあわせだから、頑張ってこの子のことについても覚えるよ!」
古来から謎の技術という便利な言葉は存在する。BloomPotは自分で成長するらしい。その結果の産物なのかもしれないとC'は首を捻った。
残念ながら、現状、CSの液体ケーブルは人懐こいしゃりぽよメタルなスライム存在でしかない。C'は自分たちと同じ、経過観察処理扱いだとタグ付けした。
勤勉な彼の隣で、同じく勤勉だが快楽に忠実すぎるCSが液体ケーブルを抱きしめる。
「……わたしもCの情報があったら、もうちょっとかしこくなるの早いかなあ」
「君の地頭は俺より良い。俺よりできることはすでに多い。知識の吸収を楽しめるのも、君の才能と美徳だ、と俺は思う」
それを聞いたCSの顔がぱっと華やぐ。が、すぐにしょんぼりしたものに戻る。
「ほんと~!? でも、わたし講習、寝ちゃうよぉ……拍がこっち向いてないって思うと、なにもできなくなって、寝ちゃう。求められてない、しあわせにできない……わたし、いないなぁって……」
「相手に君が存在するか、介入できる余地があるという証拠が必要なんだな……性格ではなく、体質として」
「トレーニングは続けてるけど、すごく困る……」
CSは困った様子で頭をゆらゆらさせながら、液体ケーブルを抱きしめて撫でている。CSは『しあわせを与える』方が好きなのか、それが叶わない相手にはあんまり気が向かなくなってしまうらしかった。
「あのね、シープライム。わたし、たまにあなたがとってもうらやましい」
「俺が?」
「わたしはシーからできてるけど、なんにも残ってない……それがね、とってもさみしい、みたい。C'が困ってるの分かってるのに、でも、ちょっとさみしい……自分がわがままで、しょんぼりする」
C'も腕を組んで、頭の中で思案していた。CSの身体からCの情報は全てといって良いほど損なわれた。よって、CSはCの存在を何も感じ取れていない。
「君の、さみしさを拭う方法があればいいんだが……」
CSにも知識や質問のとっかかりが必要だ、と。自分の持つその幸せを分かち合えないか――そこでふと、思い出してC'はささやかな音で手を打ち、顔を上げた。
「そうだ。そういえば……CS。やりたいことがある。構わないか?」
「あ、珍しい。なあに?」
C'は読書机とセットの木製の椅子だけ引っ張ってきながら、CSに話しかけ続ける。
「君には、最初の頃にも話したし、そもそも君自身も俺を見て分かっていると思う。俺は、好きなものもできたが、Cの情報が保管された入れ物……でもある。どちらも俺の性質だ。統合の気配はない」
「うん……そうだね。C'の中に、シーの記録は入ってる。情報も引き出せる。でも、C'はシーじゃない。それは、変わらないよね」
C'は椅子を置いて、ほんの少し目を伏せて、瞳を揺らしてから顔を上げた。
「だから、君もCの情報にアクセスできたら、君は何かヒントを得られるかもしれない。俺と君は彼から作られたが、感性はそれぞれ違う。君と俺は、出す質問も違う。欲しいものも、きっと違う」
「それって……わたしに、見せてくれようとしてる? シーのこと、教えてくれようとしてる?」
CSはきょとんとした。そして、意味を理解してから、はっとした。C'は自分の胸に手を当てて、目を閉じた。その胸の奥にあるコアをCSもじっと見つめていた。
C'はそっと椅子に座って、背筋を正して、品良く膝の上に軽く握った拳を置いた。
「俺は前から一度、器として、自分で機能……してみたい。そういう、小さい欲求があった。道具的な発想だから、あまり、意識しないようにしていたが……こちらも俺だ」
「でも、拍がなくなっちゃうかも、しれないんだよね?」
内側がざわめいて焦るCSに、C'は首を横に振った。
「いや、リハビリを介して理解しつつある。コントロールの問題だ。俺を消すのではなく、一時的に、Cの記録を肉体を介して再生できないか試してみたい。君の方が、いい。俺は、嬉しい」
「わ、わたし、ひょっとして……頼られ、てる? C'、わたしにお願いしてくれてる! えへへ……!」
C'はそっと頷いた。CSは心の中に小さな花が咲いたような、ぽっとした優しさと明るさを感じて目を丸くした。リラックスしていた頬が赤らんで、思わず両手を胸の前で握った。
「うん! うんうん、シープライムのお願いだったら、わたし、手伝うよ! 何すればいい?」
「上手く行ったら、君がしたい質問をしてほしい。俺が合図をしたら、俺に拍動を送ってほしい。そうしたら……君の拍を基準に、再生をやめて俺に戻るよう努力する。問題はないと思うが、もし様子がおかしかったら、即、ディーやオーイン先生を呼んでくれ」
「分かった。手を繋いで、呼ぶ、ね?」
座ったC'を真似して、液体ケーブルの上に座らせてもらう。しあわせ拍で膨らませて、丁度いい高さにして、C'と同じ目線にした。
それは二人がこっそりする、小さな実験だった。
(C'はがんばってるもんね……わたしも力になりたい!)
CSはC'がきちんと自分を律するために訓練に参加していたのも知っているし、誰より正気でいようと藻掻いているのも知っていた。だから、実験に協力する。
何より、やっぱり『しあわせ』を誰かにあげたいCSにとって、求められることは最高に幸せだった。
「んふふ」
「どうした?」
「んーん、訓練してるC'はかっこいいけど、夜のC'はきれいだなーって。白くて銀色の髪がさらさらで、姿勢もよくって、夜に見るとどきどきする」
C'は、薄い表情のまま瞬きをした。自分の頬に手を添えてみて、考えたこともないと軽く唸った。本人は、白銀の髪や睫毛にも、理知的な空色の瞳にも、すらりとした端正なシルエットにも気付いていない。
CSが活き活きとした命の愛らしさを抱くなら、C'はCを模した美しい人形だった。
「君も、ほとんど同じ色だ。でも、君は自分が好きなもの、似合うものをよく分かっている。眩しい日中も君は見失わず、探せる。それは、俺には少しうらやましい。その一房の金の髪は、君の色だ。俺の見た目には、独自性はないから」
CSは顔をほのかに赤らめた。
一方、CSは自分を可愛らしく、柔らかく仕立てることにためらいはない。それが、CSにとって『しあわせ』を分ける行為の土台の一つであり、何よりきもちいいからだ。
それは習性レベルに植え付けられただけなのかもしれない。しかし、その快楽を迷わず追える性質こそ、C'にとってCSの持つまぶしさの根源だった。二人は、お互いの違いを認識している。
最初の頃より、ずうっと二人は、二人らしかった。
「えへへ、照れちゃった。きれいだね~、しーぷらいむ~」
「こういう時は。ありがとうでいいんだろうか?」
「すきなら、受け取って? でも、すきじゃないなら、受け取らなくていいよ」
「……わからないときは、一旦、受け取ったままでいいか? 君は褒めてくれて……その行為自体は、俺は嬉しい。内容は、判断はできない。基準がない……」
「ふふふっ、いいよ! 待ってる待ってる!」
「嬉しい」と口にする時の声が、ほのかに和らいだ。一つ一つ感情を確かめるように覚えていくC'を、CSはそれはもうにこにことして見守っていた。
CSから見て、C'はたった一ヶ月でずっと表情豊かになっていた。
閃いた時に軽く眉が動いたり、判断に困るとき少し唇が開いたり、外の気になる拍動を感じ取ると空色の瞳が震えたりする。そういうささやかな動きが多くなってきて、精神的な動き――それこそ、自我を基準としたC'としての拍が育まれつつある。それを、CSは一番近くでずっと見てきた。
CSは迷わずC'の薄い黒手袋に包まれた手を握った。きゅっと、痛くないように、訓練の帰り道でそうしてきたように。




