しあわせ、しゃりたぷ/ジャンル:イージーリスニング/BPM:82
ニルヴェイズは今日も賑やかだ。CoLの外は乱痴気騒ぎが一日たりとも休まず続けられている。
今日は行政区の中にしあわせ体験をうたう絶対ろくでもないカルトのビラが貼りまくられ、警察の無言かつ怒りの撤収が行われた。
こんなクソな治安で警察は超善戦している。誰もサボってない。ただ、頭おかしいやつが多すぎるのだ。
どうあれ、十二時になればお決まりの鐘と騒音と消音の殴り合い。外はだいたいそんな感じだった。
けれど、今のCSとC'はニルヴェイズの喧噪から離れている。最悪のバッドステータスにまみれた身体と精神を整える、つかの間の休息と修行。今、二人にはそれが必要だった。
「ふぅ~……訓練が終わったあと、これがないといきていけない……」
CSは今日も筒だけのポッドに黄金の液体ケーブルと一緒に入って訓練を終えた後の余韻に浸っていた。
鼻歌を歌いながらコアの拍動を揺らし、白いゆるふわパジャマの裾と一緒に液体ケーブルを波打たせている。今日はイヤフォンをつけて、拍動を聞いてのリラックス・マシマシ・スタイルだ。
ぽん、ぽん、ぽん、ぽぽ:本日のおすすめBPMは82。泡が弾み、弾けるような入浴におすすめの柔らかい音。
一方、グレーのシンプルな寝間着のC'は若干、判断に困るように眉を寄せて、配給品の中に入っていた袋の中身と、ポッドの中身を見比べていた。
その視線は、黄金に輝くCSのお気に入りの液体ケーブルに注がれている。
「君は、発見された時からそれと一緒にいるな。その、今更だが……それは、液体ケーブルで間違いはないんだな?」
「うん。それは間違いないよ、ぜったい!」
「これを見てくれないか」
C'が袋詰めのまま取り出したのは、銀色の液体ケーブルだった。
CoL正式規格と書かれたそれは、袋の中で大人しくたぽたぽと水銀めいたテリツヤで揺らめいている。が、重量は水銀より遙かに軽い。
基本的には小型のホルダーと一緒に携行する。
CSは両手で袋を受け取って、慎重に開けてみる。
【液体ケーブル:拍動が振動である以上、世界は液体を望んだ。拍動を伝達する不思議なとろとろスライム素材は、今やニルヴェイズに満ちる拍動に繋がる超便利アイテムとして活躍している。戦う時にも必須アイテム。危険性とか由来とか覚えてる人はいない】
「こるの液体ケーブルちゃんだ! 銀色なんだね! でも、あれ? 動かない。大人しいね……出てきてもいいよぉ」
「CS、落ち着いて聞いてほしい」
自主的に外へ出てこない銀色の液体ケーブルに呼びかけるCSに、C'は真実を伝えるべきか一瞬迷った。口を閉じ、引き結びかけて、CSに残酷な事実をお知らせしなくてはならない事実に目を伏せた。
「やはり通常規格は、接続だけでしあわせにならない」
「へっ?」
「通常規格は、自律もしない」
「えっ?」
「動くものもあるが、動作は極めて限定的だ」
「えっ? えっ、動かないの? この子みたいに、なでなでもおせわもしてくれないの? あっ、たましいが溶けちゃってる!? 袋にっ、詰められちゃったから!?」
「違う……最初から、そうなんだ。君の持つそれは、十中八九……規格外かつ、違法品だ」
柔らかい入浴BGMはこの時をもって拍動を停止した。
この日、CSの脳天からつま先にかけて、衝撃が走った。この騒々しいニルヴェイズという都市で、全ては賑やかに、明るく動くとさえ信じていた。
だが、違うのだ。CSの持っている液体ケーブルの方が、変なのだ。
どーん!:ショックを受けた時に聞こえてくる古代から姿を変えない拍動音。がーんとも表記する。おおむね低いピアノ単音か和音、下に向けた強烈な音の移動で演出される。雷鳴が代用として使われるケースもあり、大抵の場合、その背後にはアイデンティティを揺るがすレベルの暗雲が立ちこめている。
「思い出してみた……この子と同じもの、見たことないかも!!」
「そう。そうなんだ。カラーリングとして金色はあっても、『しあわせを与える』という規格は存在しない」
「じゃあ、この子はどこから……ああっ! そうだっ、あのビートダウンだ!! えーと、鉢植え……の、ビートダウン!」
「そう、ブルームポット」
CSは隠れ家で見た、あの恐ろしい姿が載った資料を思い出した。なんならもっと思い出すために、配給されたお手元の通信端末に視線を落とした。
あの球体の拍動なし画像を見てみれば、しゃりしゃりと優しくなびく金色の液体ケーブルを携えている様が撮影されている。
その一本、あるいは一匹がこれである。今はCSをしあわせにするために、すりすりしながら従順にしゃりぽよしている。
しゃり、くぷぷ。ぽよ。
まあるく収まって顔も何もないキャワなスライムのツラをしているが、こいつは人間の精神や魂を快楽漬けにすることができる。
正真正銘、溶かす方のスライムだ。自我はない。
「つまり、えっと。ブルームポットはよくないしあわせのビートダウンで、この子は、たぶん、それについてた部品で、それは、とっても……あぶない、あつかいで……」
しゃりぽよスライムの処遇を思った時、CSは液体ケーブルをかばうようにポッドの中にでそれをかばった。ほぼ、両手を伸ばして突っ伏すような姿勢で、その姿は飛び込んで腹打ちをやらかした直後に似ている。
「だ、だめぇ! この子がないと、わたし、だめなの! だめぇぇ、ちゃんとお世話するからぁ! とかさないでぇ……っ!」
「待て待て、俺はそんなことはしない。今すぐ取り上げられるという話でもない。ただ、改めて観察をしたい。構わないか?」
急に血も涙もない獄卒疑惑をかけられたC'は戸惑ったが、敵意がないと主張するため、相変わらずあまり変わらない表情なりにうろたえ、両手をそっと挙げて訴えた。
「あっ、それならいいよ! よかったぁ! 出るね。よいしょ……」
ほっと胸を撫で下ろしたCSはポッドの中から身を乗り出して、前よりずっと軽やかに飛び降りた。そして、抱き上げるようにして、『しあわせ』を吐き出しながらまんまるに丸まった液体ケーブルを取り出した。
液体ケーブルはCSが入っていた時よりもはるかに圧縮されて、水筒型の保存容器に入るほどになっている。
Cの記録的には、触るのには勇気が要る。ただ、これが害を為したいわけではないというのも、C'はよく分かっている。なので、CSの足下に置かれてころころと転がるそれを、まずは片膝を突いて慎重に観察し始めた。
《しあわせ拍動譜面記録003:しあわせ、しゃりたぷ/ジャンル:イージーリスニング/BPM:82》




