Let's Walking Nirvlaze/ジャンル:エレクトロリックソング/BPM:90
ニルヴェイズは今日も熱狂に包まれている。
今日は犬の走る音と一緒に拍動をまき散らす歩行型ビートダウンが、人間を後ろに大量につれて移動するところだった。
「どこか、もっと素敵なところへ」「しあわせを探しにいくんだぁ」
拍の誘いにまんまと乗った人間たちは、誰が何のために作ったのか分からないカスみたいな迷惑装置に操られ、街の右から左に走らされている。
至って日常といった風の野次がどこからか飛んで横切っていく。
「あっ! おまわりさん来たぁ!」「おっブロは今日も早いな~。急げよ、ビッグブラザー」
ブロブロ、ブロロロ!:警察の車のエンジン音。大事になるといっぱい聞こえるからブロブロ。その車の胴体には彼らの略称である「BRO」の文字が記されている。名前と絡めていっぱい来るからブロブロという説も。
「わあ、ぼうりょくとしはいがあったよ〜……何かしたほうがいい?」
「通報入ってるからいい。BROは働きもんだから、ほっときな」
「ぶろー?」
「警察だな。正式名称はー、あー、覚えてねえや。みんなだいたいそんな認識」
当たり前の治安崩壊に車のエンジンが鳴り響き、あたりに注意するよう拍動で呼びかけている。その横を、拍の影響を受けたCSとC'は無意識に『注意しながら』歩いていた。
CSはディーの歩行のリズムを感じ取って、それを口ずさむ。ディーのエンジニアコートに入ったたくさんの何かが、歩く度に擦れて鳴っている。
「とん、とん、ちゃりっ、とん。ちゃりっ、とん、ちゃりっ、ちゃりっ。でぃーの足音、こんなに拍がすごく一定だったんだ!」
「歩調に乱れがないな。訓練をしたことが? 君は、ただのエンジニアだと思っていた」
「記録にアクセスできないこともあるらしいな。ま、それで合ってる。設計は好きだ。エンジニアでいい」
まるでC'に見抜かれたからとばかりに、ディーはゆるい歩調に変わる。Cは知っていて、C'は知らないディーがいた。
三人で歩くと不思議とほっとして、CSはご機嫌でゆったりしたリズムをコアと共に刻む。
「るんるん、るんるん。るったたー、るんるん! たたんたんったた!」
るんるん、るんるん:今日のおすすめ拍動リズムはBPM:90。目的地まで歩くだけ。焦らなくてもゆるやかで気持ちいい。
ブルームコアから出るリズムに従って、CSは「Woo」と身体から溢れる旋律を口ずさむ。
それはニルヴェイズでは圧倒的に劣勢の『メロディ』だ。
爆音の方が人は言うことを聞いてくれる。
ハミングも、スキャットも、声を重ねて初めて聞こえる美しいオーバートーンもみんな引っ込んだ。
だから、ニルヴェイズに爆音のビートは鳴るけどメロディはとっても少ない。
拍動優勢の時代、声そのものの響きは、雑魚に格下げされた代表だ。
「CS。その歌は、どこから出てきている?」
「わかんない。身体が勝手にきもちよくなりたくて、出てくるよ。C'が、自分を証明したい時に出てくるものとおんなじかも?」
C'はディーの少し後ろを歩きながら、CSの放つ音と拍動を感じていた。
意識すれば、内側のコアは震える。身体全体が反響しそうになって、意図しない信号をもたらしそうになる。頭が揺れる。
空はちょっと太陽が傾いてきて、緩やかなはずの空気があちこちの拍動でバウンドしてハイなまま弾んでいる。
「わたし、拍動を出すとね。すごくしあわせ。身体がぐーっとあたたまって、きもちいい!」
「それは……悪くないな」
「でしょ~、んへへぇ」
ほんの少し、表情が緩むのをC'は感じた。ディーはそこに何も介入しない。ただ、目的地に向けて、すいすいと喧噪の中を歩いて行く。
だけど、だいたいこんな平和な時は、騒々しい乱入者が横から入ってきて、適当に散らかしていくものだ。
「すみませぇん! 話聞いてください! 話! ね! お前等より正しいからぁ!」
お手製の安物のマイク型ビートダウンを握り締めて、小太りの男が誰でもいいからと突っ込もうとしてくる。自分のビートダウンに飲まれて暴れる連中だってよくいる。
今日は自己承認と他責がごっちゃになったタイプだ。白目を剥いて泡を吹いてがなりたてている。
「すみませぇん!! 私の素晴らしさについて自分語りさせてくれなきゃ俺は許さねェェーッ!!」
「あぁ! へんなひとだぁ! でぃー! あぶない!」
「あー……」
後ろから一緒に歩いていたCSとC'には、ディーの冷たく相手を見据える眼は見えなかった。
彼は一瞬でエンジニアコートのポケットから一つの銀の棒状のガジェットを取り出して、スイッチを押し、CSとC'へ届く拍動を防ぐ音の壁を作った。
出される拍動と反対側の拍動を出して、ノイズキャンセリングにして相殺する。
ディーの肉体そのものに拍動は直撃したのに、彼は動きを変えなかった。暴漢は何が起きたかもきっと、分かっていなかっただろう。
「じゃあな」
「は?」
叫びながら突撃してきた暴漢の通り道に、長身ゆえ長い脚が差し込まれた。
がしゃん! ごろろん! ごんごごん!:金属製のゴミ箱と轟音主義者のフュージョンサウンド。くさい、おもたい、かまびすしい。ニルヴェイズ的には低レアの部類。オノマトペ十連ガチャを引いたら三個ぐらいは必ずある。
C'は轟音に身体を強ばらせた。ディーに足を引っかけられた暴漢は勢い余って、お手製のビートダウンと一緒にゴミ箱に突っ込んだ。それでもう、暴漢の尻は震えて動かなくなった。
暴漢とゴミ箱は合体し、敗北者を象徴するオブジェという芸術的境地に至った。おめでとう、存在意義。
タイミングよくその辺のゲーセンから調子の狂ったファンファーレが響いてくる。
「相手が悪かったな。明日、頑張りな」
ディーは小道具をペンのように回して、へらへらと脱力したような笑いを見せている。彼は誰とも共鳴しない。その輪郭を、CSは今、はじめて把握した。
「でぃー、なんでそこで立っていられるの?」
人が嫌がる大音響の拍動スピーカーの前で、彼は平然と立っている。CSやC'が立ち止まれば、拍にノせられて店の中に吸い込まれてしまいそうなそこに。
二人に振り返ったディーは夕暮れに消えゆく影のように静かに、穏やかに立っている。
「拍動、感じてない……の?」
「ん? あー、音として認識はできるし身体も通りにくいけど入ってる、が。何て説明すりゃ分かってくれる?」
彼はちょっとだけ困って眉を下げて、ゆるい笑みを崩さないまま頭の後ろを掻いた。
「身体は少し感じてるけど、頭は少しも感じて、ないの? そう?」
「おおむね、そうだ。生まれつき。役には立つ」
「腕、触っていい?」
「ん? どうぞ?」
CSがディーの腕に触り、拍動を送ってみた。だが、確かに一切響かなかった。あるいは、くぐもった防音壁を通したみたいな、あまりにかすかな拍動だけがあった。CSがほぼ確認できないほどのレベルだ。
「とんってしたのに、なんにも、響かない。そっか。でぃーが手を当ててくれた時にわたしたちが戻れたのは、でぃーが響くのをとめてくれたから、だ……」
「まあ、一応は? ほら、行くぞ」
手をひらひらと振って、ディーは二人を促した。C'はCの知識大辞典からデータを引っ張り出しながら、後ろをついていく。
――ディーは誰とも共感しない。知覚が拍動から『遮断』されているんだ。これは体質上の問題だ。
(あ……記録にアクセスできた。それは性格傾向という話ではなく、体質の話なんだな)
どうやら、ディーはこの拍動全盛の時代に響けない体質らしい。
C'は彼の顔を見た。気のない横顔。その焦げ茶の瞳の奥には深いあきらめがあるような気がした。
「じゃあ、楽しいを届けても、届いてない? ディーは、しあわせにならない?」
ディーの言葉を聞いて、ビートを維持しながら後ろをついて行くCSが歌を止めて、不安そうに訊ねる。
そうすると、ディーは液体ケーブルを抱くようにして撫でてもらっているCSに、疲れでくすんでいるけれど柔らかい笑みを見せた。
「いや? 俺には俺の感じ方があって、お前にはお前の感じ方があるってことさ。拍じゃなくて、『音』を重ねたコーラスは、むしろ好きだ。音が重なるのを紙に記すと、どれもこれも紙が光るみたいでさ」
「んふ~! じゃあもっと歌っちゃおう! Ah~、Wooo~」
ご機嫌な旋律が戻る。それは、C'が暗示を掛けなくてもC'の魂を守ってくれている。が、なんとなくCSの上機嫌な歌声の方に惹かれて、つい唇を開いた。
「Stay、Stay 、Slow、Step――」
「お? ノってきたか?」
「少し。だが、十分だ。多すぎると……感じすぎてしまう」
「好きな量だけ取りゃいい。拍は溢れてる」
「しーぷらいむ! 重ねよう~! きもちいいよー!」
ディーの穏やかな見守りとC'の穏やかな魂の揺らぎを見て、CSがにこっと笑い、身体から響くビートを大きくする。ニルヴェイズの拍動を全て遮って、三人はぼろっかすのアーケードを抜けていった。
《しあわせ拍動譜面記録002:Let's Walking Nirvlaze/ジャンル:エレクトロリックソング/BPM:90》




