性別不詳はニルヴェイズに結構いる
「――以上、今日の報告だ」
「いじょーです!」
C'とCSは正気を取り戻し、椅子に座って報告を終えた。
C'はよれたワイシャツを綺麗に戻して知的なたたずまいを取り戻し、CSは頭を揺らさないように背筋を伸ばしてディーに向き合って、留守中にあった出来事の報告を終えていた。
拍動汚染に屈したのは三時間で二回。それは、だいぶ数が少なくなってきた方だ。二人は正気である時間の方が多くなってきていた。
「ご苦労さん。三時間の間に二回で済んだんなら上出来。頑張ってるじゃん」
ディーはくるくるとペンを回しながら、C'の真っ直ぐな視線と、CSの熱が入った眼差しにいつものラフな雰囲気で応じている。
必要なら、へらへら笑う。今は必要じゃないので、二人の話を親身に聞いてくれている。
「報告をした上で、ディー。すまないが、力を貸してほしい」
「そう、でぃーの力が今、今こそ必要なの!」
「ほう? 力? 何が欲しい?」
ディーは興味深そうな声をこぼし、CSとC'にそれぞれ視線で促した。二人はぐいっと、ほぼ同時に机に身を乗り出して訴え始めた。
「訓練っ、できるばしょ! ない!?」
「適切な施設でのリハビリと訓練が受けたい」
「へえ、リハビリ。もう?」
CSは机を両手でばんばん叩き始め、C'もばんばんにノってしまい、無表情で指先でリズミカルに机を叩き始めた。苛立っているように見えなくはない。
「あのねあのねあのね、このままだと本当になぁんにもできないの! C'とお話してても急に自分がほどけちゃって、きもちよくなっちゃうとお話終わっちゃうぅ! お昼にお話したのに、気がついたら止まって日が暮れてるの! かなしい!」
「ほう?」
「俺も、考え事や会話、読書の最中に割り込まれて、困っている。俺のことは、ままならないなりに、制御したい。ディー、君ならコネクションがあるのでは、と。Cの記録を頼りに考えた。カンニングだが、情報が足りない。許してほしい」
「ふーん……」
ディーは二人の切実な訴えを見て、軽く頭を動かした。
それから二人に手を向けて待つよう伝えてから立ち上がって、自室に戻って何冊かのパンフレットを持ってきた。
丁度二人分、まるであらかじめ用意していたかのように揃えられている。
それはニルヴェイズという拍動が往来する街だからこそある、いくつもの長期リハビリ施設や、拍動の対策を身につけるための訓練所だった。
カラフルなそれを、二人は「おお」と揃って小さく声を上げていろんな角度から見比べている。
なんなら耳を澄ませばほのかに震えて、拍動でどんな場所かも教えてくれる。
「リハビリ施設ってのはいろいろある。例えば、純粋に拍動汚染を軽減するための病院、失われた肉体機能を取り戻すジム。精神、肉体、その方向性。お前たちの目的に応じて、行く場所はきちんと変える必要がある」
「うん、うん。わかる。わー、いろいろあるんだね」
「こんな世の中さ。病院も警察もパンッパンだ。どこもかしこも動く身体と自我の取り合いで、デカい音でお互いまくしたてまくってる。行く場所を選べなきゃ、その辺の拍に巻き込まれて溶けるだけだ」
「……『人は、生きたまま殺せるようになった』か」
Cの記録から、C'はその言葉を引っ張り出した。胸に手を当てれば、Cの記録が器の身体に反響して、彼がまだそこにいるような気がしてくる。でも、いない。
――ポストアポカリプスという言葉を俺は知っている。
(君は非拍動性の書物で読んだんだ。この世界はある種の終末を超えて、終わらないお祭り騒ぎを続けている。アーケードやショッピングモールはあって、俺たちの知らない『昔』の面影こそ残っているが、熱狂の拍動時代前の輪郭は溶けている)
Cの記録と対話するように、C'は情報を飲み込んだ。
食料の供給や施設などは社会的に残るが原則ポストアポカリプスのご時世だ。彼が考えている間に、CSが手を上げる。
「そうだ、でぃー。もう一つ聞きたい! 聞かせて!」
「何だ?」
「気にしなくても良いのはなんかわかるんだけど、わたしたちのからだ、もしかして、わからないところがある? それは、大丈夫なの?」
パンフレットを潰さないよう握りながら、CSは落ち着きなく自分の身体を見た。
至って中性的な見た目だ。肩や背中を露出していても、全体的なラインからは区別が付かず、ほっそりとした華奢なたたずまいだけがある。
C'もほぼ同じだ。
細身の身体をきっちりしたワイシャツとスラックスで包んでいる。CSよりはお堅い見た目でも全体的な見目は変わらない。
強いて言えばCSの方が可愛い。C'はきれいめだ。
ディーはやっぱりペンを回しながら、好奇心を得たCSに軽く笑みを見せた。
「感じ方が拍動メインになって、人間の認知は変わっちまいつつある。特に、拍動と共鳴しやすい奴の肉体は一部の情報がなくなる。そのまま認知の外で処理される。喋っても、識別できないってやつもいる」
「姿や声が欠けちゃうってこと?」
「そ。欠けても何事もなく進む。無意識にそれに関係する行為が全人類全記録の外でされて、終わり。Cの頃から、その身体は男か女か、はたまた突然変異の両性か無性別か、誰も認識できてない。でも、そのままで通していいし、俺もそうしてきた。気にすることじゃない」
つまり、性別不詳――ご想像にお任せしますでCSとC'は永遠に通されるということである。その代わり、自我を狙う連中は絶えず骨まで震わす爆音を携えて輪郭のフヤい者をシバき続ける。
こういう世界だ。
老若男女、等しく自我崩壊が隣で待ち構えているのでそれどころではない。自認や認知の歪みなんて拍動の上書きとカウンセリングで差し替わるお手軽な時代にあって、なりたい自分にはだいぶなりやすい。
なりたくもないものにされる可能性も高いのだけれども。
―― 俺の一人称が『俺』なのは、それが最も拍動を伝えるのに適切だったからに過ぎない。
(『私』では距離がありすぎて共鳴しにくく、『僕』では逆に引っ張られてしまったから、君は『俺』と自分を表現した)
C'は密かに、性別不詳のCが自分という存在を万全に使うために『俺』という一人称を意図的に選んでいたらしいという豆知識を入手した。一人称の距離感さえ、暗示飛び交うニルヴェイズじゃ立派な戦術だ。
(では、俺は? ……いや、俺のままでそんなには、困らないな。再現を続行……いや、それも違う、かもしれない? 違うなら、合わせるのは……違う?)
理論では分かるが、芽生え立て自我のC'にはまだ体感しにくかった。




