ド底辺に残るちっちゃい希望
「あとは……」
C'は自分の補足に視線を落とした。
【C'/C-prime補足:肉体は精巧な『残鳴機構』である】
「なり、もの?」
「樹脂や繊維などいろいろあるが……この世界の感情と記憶のデータである『拍動』を伝える物質が使われた……人工の、人間のようなものだ」
「拍動と人工の人間だけわかったかも! もうちょっとわかりやすく!」
CSの要求に、C'は頭の中で言葉を並べ、どうにか答えた。
「俺の身体は、特殊効果がついたビートやリズム、その自動録音と自動再生機能がついたプレイヤーだと思ってくれればいい。問題は、それに自我がついていて、勝手に自分に入ってきたビートに絶えず振り回される状態だ、ということだ」
「んん、たいへんそう……えっと、どんな音がするの? 少し、送ってみていい? 今度は絶対、痛くしないから。わたし、触ってみた方がきっとわかる」
「そっと頼む……」
CSはC'の腕にまた触れた。そうして一回だけ控えめな拍動を意識してコアから送った。
とん。とん、とん、と……と……。
C'の中に音が宿って、綺麗な残響になって、それだけでいっぱいになっていく。
その代わり、音が大きく反響している時はC'の拍動は聞こえない。
音がC'の中に溢れてしまったら、きっと、彼は消えてしまうとCSも直感した。
C'がいなくなる。それはCSを、とってもざらざらした気持ちにさせる。CSはC'の音が聞きたくて、頭を寄り添わせた。
「すごくよくひびく。きれい。きもちいいね。からだは、あったかい。心臓も、とくんとくんしてる」
「精巧という部類に入るらしい。人間と遜色がないが、ここだけは君と明確に違う。俺は『拍動を収めて鳴らすための入れ物』だ。その自覚がある」
「いれもの……Cの記録以外の、なにか。でも、それしたら……C'自身の拍動はなくなっちゃう、よね? なんだろう……でも、それを考えるとね、わたし、すごくざわめいて、内側がかたくなるの」
液体ケーブルを抱えるCSの声はわずかに震えた。C'はこめかみあたりに手を当てて、何かを思い出そうとした。が、ノイズが掛かって何も理解ができない。諦めて、苦い顔のまま小さく息をついた。
「くっ……そういうところは情報がない。都合良く作られている証拠だ」
「むむ! すべてが、悪い方に都合がいい! わたし、とろけて音がなくなっちゃう! C'、嫌がっても響いたら無理やり鳴らされちゃう! すごくよくないのは分かる!」
「同感だ。現状、俺たちは底の底で、いいように拍動汚染に縛られている」
CSはゆるい口調のままだったが、明らかに眉を寄せてままならない状態に納得いっていない顔だった。C'は強ばりがちな顔をほんのりと和らげて、CSに静かに同意の頷きを示した。
「俺たちはこの状態から這い上がる手段が必要で――」
たったったったっ――。
でもって、エコーコアから思考停止のシンプルで凶悪な駆け足音が鳴り、C'は青ざめ思考は止まる。身体が強ばり、呼吸が駆け足リズムに嵌まる度、瞳が徐々に未来永劫おやすみなさいのブルーに沈んでいく。
「必要が、ひ、ひつよう……やめろ! 今、俺は話をしている最中で、困る……はぁっ、はっはっ、こ、呼吸を合わせると、沈、む……っ」
「あ~! おしゃべり終わっちゃう! だめ! ひびいちゃだめ! なかされちゃう! やめてよ、えこーこあー!」
拍動が小さくなるC'を止めるため、CSがぎゅっと抱きしめてコアから重低音を鳴らす。すると、CSの内側に向けても、拍動が強く鳴り響いた。
びりびりばりばりっ!:やっちゃいけない方の共鳴の拍動。拍動汚染が流れ込んで、直そうとした方までしっちゃかめっちゃかになる。
そのうち、神経が悲鳴をあげる「ばちん」「ぱちん」とコンボして、バッドな気分のまま気持ちよくなる。
おおむね、電気ショックに等しい。
「だっ、ばっ、びりびりっ! あっこれ共鳴したかもぉ! お゛ッ、あばばばっ、びっ! 下手にさわっちゃだめなんだぁ~……!!」
止めたいと願って繋がろうと思えば、C'に埋められた雑音がびりびりとCSにも共鳴して伝わって、CSにもぼんやり青い光を灯させる。
二人の侵食された色は同じだが、光り方は違う。ブロックノイズめいたC'と、ぼんやりと入ってくるCSのチルな光。ただ、行き着く先は同じだ。
思考停止。自発的行動の終焉。拍の沈黙は、ニルヴェイズにおいて最底辺のボロ雑巾そのもの。ぶっちゃけ搾取されるだけの、雑魚!
「うぅ、ぁ……なにも、かんがえ、られな……」
「あぁ~……わたしがぁ、ほどけてくぅ……」
ずるずると滑って、二人とも共倒れになってディーの机の側でへたりこみ、液体ケーブルの優しい手当てを受け始める。
今、この時も二人の思考の中では機械がショートしたような光が飛び交い、ばちばちと命令に服従するためだけの拍動信号を叩き込んでいる。
何が困るって、こうなると反復学習で身体が「これが気持ちいい」と、脳の報酬系を刺激してしまってさらに覚えてしまうことだ。偽りのしあわせは、ノせられた時点で終わりだ。
「反復学習……おちつく、うけいれる、あんしん、す……る……」
「あはぁ、へへ……まけてる、しずんでるぅ……わたし、いま、どこにもいないよぉ……すきぃ、しあわせぇ、きもち、ひぃぃ……」
先行きは果てしなく不安だった。ただ、二人は着実に正気である時間を増やしていた。今日初めて、二人は押しつけられた陶酔の中でもぎゅっと手を繋いで、離さなかった。
それを会議から帰ってきて一瞬だけ驚いたディーが見つけて、ほっと胸を撫で下ろしていた。そうして一週間してきたように、ぽん、ぽんと一度ずつ、肩を叩いてやった。それだけで二人の間に響いていたものは消えて、二人は現実に帰還できた。
【豆知識『共鳴』:この世界には一人一つずつ拍動(振動、単純な音)がある。それが重なると、今感じている感情や共有したい情報が、気持ちよさと共に分かり合える。ただ、やりすぎるとどっちかに偏ったり、引きずられたり……混ざったり。『ちょうどいい共鳴を大切に』】




