じぶんたちって、なに?
「んーと、しーぷらいむは、C?の記憶があるんだね?」
「Cの情報は登録されているが、あくまで『記録』だ。俺は、それに応じて出力している。喋り方も、戦闘技術も、いま話している説明も。いや、彼は途切れず話せたから仔細は違う」
「途切れるのは、自分のことCだとはおもってないから?」
C'はCSの問いかけに、苦い顔をした。
「……そうだ。致命的な食い違いを感じる。昔、誰かだった、というわけではないはずだ。今ある思考と、登録された記録がかみ合っていないよう、作られたと判断している」
「ちりちり、ざりざりが聞こえるのは、そのせいかも」
CSはそっと、ちりちりと頭の奥に不快感を覚えて眉を寄せるC'の腕を撫でた。ワイシャツに包まれた小綺麗な腕。CSからは、その内側からノイズまじりに惑う拍が感じられていた。
一方、響く自分の拍動さえ、C'は感じられない。
「あとは……」
C'は自分の後頭部あたりを撫でた。樹脂のような、かすかに肉よりも固い質感がそこにある。
「気にしておくべきことは、接続端子か」
「これは分かる! なんで書いてないんだろ?」
接続端子。これが、この世界と繋がるためにほとんどの人が搭載している、生体や様々な拍動由来の機械を繋ぐ部分。
人によって見目は違うが、C'は白い髪の中に目立たず、CSは少しだけ周囲に青いラインが目立つ。
脊髄端子の周りはもっと鮮やかだったという想像が、C'の極めておぼろげなここ一週間の記憶に残っている。
「おそらく、Cがすでに搭載していたから、ここに記載されていない。それに、一般的な施術だ」
「この子と繋げるところ、だよね? あと、機械でつながれるのもある! 私は脊髄端子もあるから二個!」
くっ……ぷぷっ、きゅるっ。しゃり:液体ケーブルの震え、擦れる音。あるいは彼(彼女?)の発する鳴き声に近いもの。
スライムに似ているが滴らない。肉体の境界を抜けて魂まで優しく撫でてくれる。それは『しあわせ』にしたいだけ。
CSは足下にいつの間にか擦り寄っていた黄金の液体ケーブルを抱き上げた。これの健気なすりすり、しゃりしゃりによって、CSの心の平穏は保たれている。
が、Cを破壊したのも実質これだ。C'は複雑な表情でスライム状なのに滴らないそれを眺めた。あったかくて、メタリック。癖になる手触り。
「この子はね、わたしと一緒に見つかった液体ケーブルちゃん! 繋がれるし、触ってもらうとしあわせになるよ!」
CSはしゃりしゃりぽよぽよの存在に頬ずりした。CSに反応してか、黄金の液体ケーブルは小さく揺れて頬ずりを返すような仕草をする。
基本的にCSでなくとも人懐こく、C'も何度か触られたこと自体はある。
「自分で動くのか?」
「動くけど、動かない。わたしの気持ちだけ聞いてるみたい」
もっとも、自我があるかは証明できない。『しあわせ』が足りないものの側に寄ってきて、撫でたり、寄り添ったり、慰めるような仕草をする。何も知らなければ、人懐こい生き物のようにさえ見える。
「ああ、いや、俺は遠慮する。グロッキーになる……」
C'はしあわせに人見知りさんなので若干、擦り寄りを回避している。
何せ、すぐ共鳴する彼の身体は液体ケーブルのしあわせを過敏なほど響かせてしまい、秒で危険な陶酔に至る。
保たない。なので話題を戻す。
「拍動を使った機械は一般的に普及している。ニルヴェイズの都市もそうだっただろう?」
「うん。いっぱい音が鳴ってた。あれは全部、拍動がついてる。こっち見て、これ聞いて、これおいしい、みんな拍動が入って、わたしたちを誘ってた」
C'は相槌を打って続けた。
「そして、その技術の最たるものが液体ケーブルによる『魂への接続』あるいは接続抜きにしても起こる『拍動による認知の侵害――拍動汚染』だ。君は、直感で分かるんじゃないか?」
「んふ……それは、分かるよ。それだけは、ぜんぶわかる……ふぅ」
液体ケーブルを自分の接続端子の側に触れさせて、CSはうっとりとした顔でそこを撫でさせた。
「神経ネットワークで繋がるときもちよくて、魂で繋がってずんずん響くと、とっても、きもちいい。すき。しあわせになる。したがっちゃう。ここをなでなでするとね、端子がぜんぶひらく感じがするの。本当に開くわけじゃないけど、ひらく。あげたいっておもっちゃう」
かすかに有機的な音を立てて、CSの接続端子から液体ケーブルが入り込む。CSは陶然としてそれを受け入れて、神経の全てが接続される温かい感覚に身震いする。
頭も、心臓も、おなかのおくの魂も。
液体ケーブルが繋がって撫でてくれるだけで、お手入れされているようで気持ちがいい。
「あぁ……ケーブルちゃんが入ってくると、あたまもからだも、あったかくなって、しあわせぇ……。しーぷらいむも、たぷたぷとろとろになれてきもちいいよぉ」
「ぅ……!!」
ケーブルに接続するだけで快楽を覚えているというCSのうっとりした拍動が、C'の極めて敏感な感覚に届いて共鳴させ肩を跳ねさせた。
C'は死にかけの表情筋のまま即座に数歩の間合いを取った。
それはどう考えても人の領域を超えた快楽へのノーサインだった。
CSはショックを受けて両手を跳ね上げ、そのまま青い顔で手を振った。
「あーっ! あーっ! こわがらせちゃったぁ! ごめん、わかるよぉ、こわいよね、しあわせにされちゃったきろく、あるんだもんね! とけるの、こわいよね!」
「す、すまない、そこまで強く拒否したつもりはないんだが……!」
気圧されてしまったC'も、慌てて視線をさまよわせる。
「響いてくる音が、その、困惑する。君の快楽が、身体に反響して。反応に、困る。困っている。俺は、俺のことも把握できていない。段階を踏みたい」
「おともだちから、だよね! うん、まつよ! わたし、まつ! ソーダの時もそうだけど、C'をこわしたいわけじゃないの……一緒に、きもちよくなりたいだけ……」
「分かっている。大丈夫だ……お互いに、判断基準がない。時間が必要だ……」
快楽に共鳴して赤くなりかけた顔を手であおいで冷まし、C'は早口気味にCSを抑えてから、もう一枚の自分の資料を手に取った。
液体ケーブルをしゃりんと端子から抜いたCSをそっと手招きすれば、CSも距離感が分かって、うんうんと首を振りながら近づいた。




