自我フヤの考える自分たちについて
遠くから頭がおかしくなるような爆音の鐘が響き、アラームをいくつ束にしたか分からない轟音が四方八方から対抗し、まとめて打ち消すお叱りノイズキャンセリングが行政区からぶつけられて地面が揺れる。
これが街の正午のお知らせだ。毎日ある。
熱狂の都ニルヴェイズ中央近く。外からの防音防拍がなされたディーの小さな隠れ家に、一週間ほど前から二つの断片が保護されている。
拍動汚染被害をなすられまくった音にもならない断片たちは、丁度、今日の試練の真っ最中だった。
「命令……」
双方ともほぼ意識が沈んでいる真っ青な瞳。ふらふらと歩いてきたC'(シープライム)は単にポッドの中に従うべきしあわせな拍動を感知しただけだし、CSはそもそもしあわせで何も考えていなかった。
「命令、入力待機……」
心身にコアの命令音だけが反響し、低く喉元で唸るようにC'が呟き近づいてくる。CSは陶酔しきった目で彼を見つけて、微笑んでいる。
もう毎日がきもちよくって最高という刷り込みによって完全にとろとろになってしまっている。
「あなたは、『しあわせ』?」
「入力待機、命令を……」
「ん~……いいよ。あなたは、わたしに、なにしたい? なにをあげれば、しあわせ?」
「……」「……」
なんと、両者、意思がないのでなにも始まらない。それは最悪なお見合いの中で、とびきりの不幸中の幸いだった。
結果として世界は奇跡的な調和に満ち、CSとC'は自我を取り戻す時間を得た。
ぱっぽ! ぱっぽ!:数分遅れのクラシカルな鳩時計から聞こえてくる拍動。おはよう。お昼だよ。
「!」
壁に掛けられた時計からアラームが鳴り、ほぼ同時に瞳の色が戻って、二人はぎょっとして互いを見る。C'は壁に頭を押しつけて抱えるし、CSははらはらしてポッドの中から周囲を見回す。
「は……っ、だめだ。まただ……コアの拍動で思考が止まる。抵抗がすり抜ける……射撃していたかもと思うと、ぞっとする」
「うん、わかってきた。わかってきた! きっと、わたしたち、そう思うようにされてるんだ!」
「それは間違いない。俺も、君も、かなりひどい拍動汚染と改造を受けている」
CSも、「だよね」と真剣に頷いた。C'もいっぱいいっぱいな様子で小刻みに頭を振る。
二人も自分の魂と肉体が弄られてしまっているとは自覚しているので、こうやってお互いの様子を確かめ合うようになっていた。
意識はくらくらと正気と汚染をさまよっているが、二人の調子は少しだけ良くなってきた。
きっと、ディーがいていいと言ってくれたおかげだった。それが二人の正気と良心の、小さなよすがだった。
「んしょ……あぶないあぶない……」
黄金の液体ケーブルと一緒に、CSはポッドからよたよたと出て自分の情報を認識しようとするC'に近づいた。
「C'は、内側から、おとがするの?」
「そうだ。それを聞くと、反応するようになっている……頭より先に身体が反応するから思考が追いつかずに負ける。君は?」
「少し違うかも。わたしは、外からの拍動がね、気になっちゃう。ひびくと、ふわーってして、ぜんぶながれていっちゃって、わかんなくなっちゃう……しあわせ、わたし、ほどけちゃうなぁって……」
C'は「ふむ」と唸った。
「外部入力の方に影響が強く出る。俺たちは、根本的な設計が違う? ああ、君は人間だったな……再確認をしてもいいか?」
「いいよぉ! わたしもしたい! 読めないとこあったら、おしえて~……!」
C'は今は出かけているディーの仕事用の机に近づいて、放り出されたままの自分とCSの資料を掘り出して見比べた。液体ケーブルを抱っこしてやってきたCSと一緒に、まじまじと覗き込む。
【CS/シーエス : 拍動汚染被害:快楽回路増築、脊髄端子増築、思考力の低下、筋肉弱化、従属化、本来の記憶・技術の完全消失・共感能力による拍動汚染としあわせ伝播に注意】
「う、むずかしい文字いっぱい」
「脊髄端子、というのは。君の背中に増築された神経接続回路のことだな?」
「たぶん? せなかにある。おなかのおくに直接ずんずんが届くの。そうすると、きもちいい。C'にはないの?」
「ああ。ない……Cにはなかったから、俺もそう再現されている」
C'は資料を見比べて、CSの背中に取り付けられているという接続端子の説明を指さした。
文字通り脊髄から魂に直結するそれは、下手をすると脳より凶悪に快楽をねじ込んで自我を破壊するバックドアになりうる。
そう、この世界は脳と神経と精神と魂が数珠つなぎだ。精神も、魂も、平たく言えば振動による物理支配が有効な存在に成り下がった。
それが証明されたから、熱狂状態が収まらない。音は感情を支配するし、液体ケーブルまでノせて揺らせたなら幻覚だって見えるエネルギー的な概念だ。
みんな自我を落とすか落とさないかのリンボーダンスを強いられているっていう世の中ってわけだ。
「快楽回路というのは……」
「えーっと、ここと、こことここ。心臓と、接続端子と、脊髄端子のつながったおなかのおく、拍動がすごーくきもちいい」
「通常の人体の回路より、拍動で受ける反応が優先されて行われるところがある、という解釈でいいか」
「うん、すご~くしあわせ。触られたら、それだけですきになっちゃうかも」
ふにゃふにゃした笑みのCSに、C'は困惑した。
「漠然としたイメージしか掴めないが、覚えておく。筋力低下は、なんとなく分かるだろう。君の腕より、俺の方がわずかに筋力がある。誤差、といえばそのレベルだ。君の方が、ごくわずかに小さい」
「うん。C'をね、ほんとうにちょっとね、見上げるから。からだ、小さくなっちゃったんだ」
小難しい説明をかみ砕きながら、C'は咳払いをしてCSを観察した。CSは自分の説明書とC'のを見比べて、眉を寄せている。
「うぅ~~、前は読めたのかなぁ……う゛~……」
表情が物語っている。読みたくてたまらないが、この文字は、難しいと。
CSから知性や記憶は剥奪され、思考力の低下という烙印で脳は真っ黒焦げだ。
つまり、難しい資料の読解と説明はC'の仕事。
【C'/C-prime: 拍動汚染被害:変性意識化の反射学習。従属化、被害者C氏の記憶を保有するが、自認と記憶に亀裂。戦術技能・極度の共鳴体質、反射からの暴走に注意】
「へんせーいしきって何?」
「暗示を受けて、特殊な状態に陥った魂の状態だ。トランスとも言う。俺はこれになると、何でも命令を聞いて音を取り込んで響かせてしまう。拍動を受けて起動するよう設定されている、らしい。これは身体強化や、感覚強化にも繋がる」
「わかった。びんかんになっちゃう」
「間違ってはいないんだが……まあいい、続けよう。従属化。これは君にも言えるが、コアや、有害な拍動に従いやすくなる」
「あー。わかる。ここだよね。ぶるーむこあ。おなかのおく。響くと、きもちいいの。それで、C'のは、えこーこあ。考えを妨害してる。わたしたちは、二人で一つ」
【CS:BloomCore CS心臓付近に固定された球体装置。CSの快楽を増幅させ、範囲全ての人間に通称『しあわせ拍』を拡散する】
【C':EchoCore C'内部に縫い止められているガラス質の装置。BloomCoreに共鳴し、自分に対する拍動の効果を増幅する。C'に不利な情報を入力する主原因の可能性が高いため、要警戒】
CSが胸の心臓のある位置に手を置く。かすかな拍動が、一定のビートになって空気に漏れてくる。
CSは拍動を打ち出せて、C'は拍動を受信する。かすかに内側が震える感覚に、軽く乗るように頭を揺らした。
CSはC'と違って、コアと上手くやっている。
伝達を押さえれば、空気の震えはなくなった。C'の内側で、コアは不気味に静まりかえっていた。
【ニルヴェイズTIPS:うっかり共鳴もらい事故はニルヴェイズ全域で一日200件ぐらい。正直、警察は手が足りていない】




