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取り巻きと金



「……それで、これを見て。アメリアが『聖女の威信回復』と称して提出してきた、典礼会の予算案よ」

 ハイディが放り出した書類を、プラムは苦々しく見つめた。



 イグレイン伯爵家はトリスタンの不祥事で打撃を受けたものの、アメリアは止まらない。むしろ、失った面子を取り戻すための大規模な典礼を開こうと画策し、その費用を、既に纏まった金額が集まっていたものの、トリスタンの実態により王家の仮預かりとなっている『慈善基金』から懐に入れようとしていた。

「なぜ貴女が、王家の決裁前の予算案を握っているのよ、ハイディ」

「ブラッサム家を誰だと思っているの。……この国の税収の九割は、私の父が管理する王立銀行を経由し、私の従兄たちが務める財務局で精査され、最後に事務官である私のペン先が『承認』を書き込んで初めて金貨として動き出すのよ。王家と言えど、私たちが帳簿を閉じれば、明日からパン一つ買えなくなるわ」

 ハイディは淡々と紅茶を啜り、さらに続けた。

「それに……貴女から聞いた『魔人』の真実。あれがただの『新人類』であり、聖女の力もその一種に過ぎないというのなら、なおさら放置できないわ。……今後生まれる無数の彼らがもたらす利益を、1人の女と王家の権益のためにドブに捨てるなんて、あり得ない不合理よ」

 プラムは、ハイディの合理的すぎる判断に頷き、身を乗り出した。

「ええ。だからこそ、今すぐ止めるべきだわ。ヘリオス殿下に協力を仰いで、騎士団を動かしましょう。真っ向からアメリアの不正を糾弾し、基金を物理的に差し押さえるのよ!」



 しかし、ハイディは冷ややかな目でプラムを射抜いた。

「……やめなさいな、貴女の悪いところよ。それでは余計に、貴女とアメリアの対立構造が深まるだけ」

「……何ですって?」

「真っ向からぶつかって、彼女を悪者にして、貴女が『正義』を執行する。客観的に正しいかもしれないわ。……でも、それを続ける限り、あの聖女は貴女に怒り、暴れ、周囲を巻き込んで『可哀想な私と、悪意を持って虐めるプラム』の物語に耽溺するわ。それが傍目に見て、どんなに無理筋であってもね。……そんな非効率な戦い、私の前では禁止よ」

 プラムは言葉に詰まった。図星だった。アメリアへの怒りが、戦略を「排除」という単純な方向へ向けさせていた。

「通常は、あの手合いには『関わらない』ことが最善よ。出来れば私もそうしたいところだけど」

「……でも、そんなのって。このまま不正を見逃すなんてできないわ」

「通常なら、ね。さっきも言ったけど、これは国を揺るがす事態。だから__見逃すとは言っていないわ」

 ハイディはペンを走らせ、数枚の書簡を書き上げた。

「プラム。協力しあいましょうよ」



 数日後。王宮の回廊に、アメリアの絶叫が響き渡った。

「……どういうことですの!? なぜ、集まっていたはずの寄付金がたったこれっぽっちなのよ!」

 ハイディ・ブラッサムの仕事は早かった。彼女が書類に一言書き添えただけで、アメリアが頼りにしていた『聖女慈愛基金』は、瞬く間に出資者たる貴族家に返金されたのだ。目の前に立つ銀行官は、ハイディから回ってきた「返金依頼書」を盾に、平然と頭を下げた。

「申し訳ございません、アメリア様。集金の過程で不正が行われた可能性があるため、全ての資金を一度、各家に戻させていただいたのでございます」

「……それならっ、もう一度寄付を募ることは、禁止されていないのよね?」



 アメリアは涙を浮かべ、周囲にいた「取り巻き」の令嬢や騎士たちに縋りついた。

「皆様、お聞きになって! 私は皆様を救いたいという気持ちで基金を集めただけなのに、トリスタン様のせいで……。間違いなく、国民が幸せになるために使うつもりであった、正しい資金なのです。どうか、皆様のお力(資金)を貸してくださらない?」

 いつもなら「聖女様のためなら!」と騎士たちが剣を抜き、令嬢たちが財布を差し出す場面だ。しかし、今回の反応は違う。

「……アメリア様。実は、家の方からも『基金の不透明さ』について厳しく言われておりまして」

「ええ……。むしろ、基金が停止したおかげで、ようやく領地の橋の修繕予算が組めると、父が安堵しておりましたの」



 プラムはこの時すでに、社交界へ手を回していた。とはいえ、王立銀行からの返金通知を受けた直後から、日々の茶会などの場で再度の寄付はしないことを宣言し、その理由についてこのように言って見せたただけである。

「代わりにお父様に進言して、ブラッサム領ては、直接ご自身の領民の生活を潤すために使うのですわ__本来アメリア様が願ったように!そうすれば、結果としてアメリア様の願いは叶いますし、皆様の家も不名誉を避けられます。……疑いが晴れたら、その時にまた再出資すればよろしいの。アメリア様なら、すぐに潔白を証明してくださるわ!」



 その言葉は彼らにとって、天の助けにも等しい大義名分だった。

 実際貴族家にとって、慈善事業という大義名分を得るにしても、使途の不明な基金へ金を捨てるよりも、自領のインフラを整える方が遥かに合理的だ。領民の生活が改善されれば、家への忠誠心は高まり、巡り巡って将来の税収増へと繋がる。

 彼らはプラムの定義のおかげで「不徳な基金に加担しない正義の貴族」という面子を保ちながら、堂々と金を出し渋る理由を手に入れたのだ。



「……え? みんな、どうしたの? 私は可哀想な被害者なのよ?」

 アメリアの言葉は、誰の心にも届かない。

 


 プラムは遠くの庭園から、その様子を静かに眺めていた。隣には、帳簿を閉じたハイディが立っている。

「……感情を挟まず、利益で人を動かす。……貴女、本当に悪魔のような算術師ね、ハイディ」

「……最高の褒め言葉として受け取っておくわ」

予定が忙しくて投稿できない日もありそうなのでできる時は2〜3話書いて投下していきたいと思います

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