38 彼女は何を見たのか。彼女とて――それを取り繕い続けることは、できなかった。
「じゃあ、買い出し。なんとなくでいちゃったけど、初日ぐらいはみんなで作ってもいいかな?」
「食事の団欒がやっぱり一番話せるのよね~」
出かける気満々でカバンからエコバックを取り出す葵。
「賛成です。もちろん食堂の方も見に行きたいとは思いますけど、今日じゃなくてもいいですもんね」
「全員で行こうか」
勝手に仕切ってるけど大丈夫かな?
「わかりました」
「月十五万ならみんなの食べ具合にもよるけど、十万行かずに済むかな。節約も大事だけど、とりあえずは予備のために十万五千食費にして、残りは貯金でいい?」
そこでキッチンをぐるっと見回していた陽翔が
「ソファ等の優先順位は低いですね。家電は一式そろっていますが、日用品はあまりないですね」
と。
「日用品ないままご飯を作ることはできるけど、あった方がいいね」
「布団は六つあります。皆さん、布団で寝られるタイプですか?」
三つの部屋を覗いて教えてくれる一花。
「私は行けなくもないけど……」
私と一花以外ができればベッドがいい派。
「どうすんだ? 男女で部屋をわけるのはいいが、三つ並べたら結構狭いと思うが?」
「琉生に同感。……ベッドね。知り合いに頼めばタダでもらうことは可能だけど……。シングルで大容量チェストベッド最低四つ」
「本当ですか? なら、残りの四万五千円は家具よりかは日用品を優先ですか」
ベッドの用意が必要になったので電話することにした
「もしもし?」
『はい。晃です』
「シングルの大容量チェストベッドを最低四つ、最大六つ。できれば小さめのを二十時までに。無理ならいいわ」
『……了解しました。れ――』
そう言って電話を切る。
何か言いたそうだったが構わず切る。
「晃さまに電話するなら俺も話したかったです!」
晃さんは仕事は完璧で狐の憧れの的でもある双子の弟。
蓮も晃さんに憧れている人の一人らしい。
「……届けられる。とのことです。二十時まで来れそうだって」
「よかったです」
「サッと目を通した感じ、担当の先生に伝えれば客人大丈夫だそうですね!」
「蓮、今、冊子をパラパラ見てただけじゃ……?」
一瞬で覚えるのも重要だからね。
「俺の特技の一つ~」
「わかった。先生に伝えてくる」
そう言って檸檬は部屋を出て先生に伝えに行った。
「……ところでなんだが」
檸檬が行ったところでしばらく話していなかった琉生が口を出す。
「もう、三十分経つぞ? そろそろ買い出しに行かないか?」
一斉に時計を見る。
アニメが始まったのが十二時のため三十分も話していたことになる。
「檸檬さまが帰ってきたら、行きましょうか」
「「そうですね……」」
♢♢♢(視点:琉生)
檸檬が新藤先生に許可を取って戻ってくると、六人は二手に分かれた。
料理が多少はできる、檸檬、蓮、陽翔の三人が分かれ、
料理が全くわからない俺と葵と一花もそれぞれに分かれた。
蓮、葵、一花が鍋、包丁などの最低限の料理の必需品を。
俺、檸檬、陽翔が食材に分かれることにした。
最年長をわけた方がいい気もしたが、葵にリーダーを任せられないという暗黙の了解が五人の中にはあり、結果こうなった。
スーパーに着くと
「今日、何食べたい?」
と陽翔と琉生に聞く檸檬。
「そうですねぇ……」
カートとかごを持ってきた陽翔が考え込む。
「……たけのこ。あ。たけのこ食べたい」
食材をグルッ~と見渡して一番近くにあったたけのこが食べたくなった。
「たけのこ。旬だもんね」
「高いですけど……初日ぐらい贅沢しますか?」
「頑張ればいけるか……あ。アレルギーについて聞かないと」
「アレルギー……重要ですね。特定原材料以外でもありますし、聞いておかなかったのは間違いでしたね……」
「アレルギー……舌がピリピリする程度だが、俺はキウイがダメだ。特に大変なものではないけどな」
「なるほどねぇ~」
そう言いながら檸檬はスマホにメモをしている。
「葵と一花さんの連絡先とか交換しておけばよかったですね」
先にやるべきことが何個もあったな。
「あ。蓮と一緒に居るはずだよね。蓮の連絡先なら知ってるよ」
「……お二人ってお付き合いされてるんですか?」
突然の陽翔の質問に、檸檬は持っていたスマホを落としかけた。
「急だね! してないよ!」
「……じゃあ、どういう関係なんだ?」
「う~ん……ただの先輩後輩? かな?」
「俺らだってそうだろ?」
それ以前からの関係ではあることは会話からもわかる。
むしろ蓮は檸檬のことさま付けで呼んでいるわけだし。
「う~ん……未来の上司と部下? いや、そうでもないし、そう言うことじゃないよね~……友達? かな」
「なんかうまくまとめた感がありますよ~?」
疑いのまなざしでニヤニヤと檸檬を問い詰める陽翔。
「私と蓮って難しい関係だねぇ……。とにかく蓮に連絡……ッ――」
そこまで言うと、檸檬は目を見開いて固まった。
「「檸檬?」」
「ハ――ハッ、ハ――ハッ」
何かを発見したのか、それとも大きな間違いを思い出したのか。
大きく息を吐いて、一瞬で吸うを繰り返していた。
だんだんと、だんだんと呼吸が早くなって、ただ事ではないということだけがわかった。
「檸檬!」
俺の声で、意識が少し戻ったのか、俺の方を見る。
「大丈夫ですか?」
「ご……めん。ごめん、なさい」
近寄って支えようとする陽翔に不要と言わんばかりに手で軽く押し返した。
「謝れとは言ってません」
「……だい、じょう、ぶ。本当に、気に……しないで、いいから……。か、かいもの。つづけ、て」
ふらふらとした足取りで、出口の方へ向きを変えて歩き出した。
「……陽翔。一人で買い物、できるか?」
「はじめてのおつかいじゃないんですから。檸檬をお願いします」
「言われなくとも」
檸檬は大丈夫だと言ったが、どう見ても大丈夫じゃないことは明白だ。
俺は陽翔を残して檸檬と一緒に一旦帰ることにした。
「どうした?」
「ごめん、ね」
「――ッ! だから、謝れって言ってんじゃねぇ! 何があったって聞いてんだ!」
「……」
俯くばかりで、さっきから何も答えない。
「そんなに話しづらいことか? そんなに難しいことなのか? そんなに大変なことなのか? 俺みたいなバカはわかんないって言ってんのか? もう……一人で抱え込む人を、見たくない」
「…………」
檸檬はそれでも話してくれなかった。
「蓮、に……」
家に着いてから、檸檬は自分のロックを解除された状態スマホを渡してくれた。
「わかった。檸檬は横になってな。俺は側にいるから」
琉生はもとからある布団を女子部屋に敷き、檸檬を横にさせた。
「蓮が来たら、蓮を呼んで」
なぜ、蓮を呼ぶのか。
俺にはわからないけど、あって間もない俺より蓮のが信頼していることは確かだ。
♢♢♢(視点:檸檬)
「俺は側にいるから」
誰だろうか。
聞いたことある。
その時、頭を撫でてくれたっけ?
あのときみたいに戻りたいなぁ~。
ああ、戻れるんだっけ。
う~ん、もうちょっと考えないとなぁ~。
檸檬はこの後、どうしてこう思ったのか。
よくわからなかった。
ドタドタという足音が遠くの方で聞こえつつ蓮の匂いが近づいてきた。
するとバンッと玄関が開いた後、「檸檬さま!!!」と蓮の声がした。
♢♢♢(視点:琉生)
「琉生! 檸檬さまは!?」
噂じゃ汗もかかずに運動をこなす無表情イケメンって聞いた気がするが、少し汗をかいてとても心配した顔だった。
「今、横になってるよ。一人にした方がいいのかもしれないけど、本人が蓮を呼んでいる」
「わかった」
……蓮が帰ってきたのはいいが、葵と一花が入ってこない。
おそらく置いてきたのだろう。
「……お前、葵と一花は?」
「……あ」
完璧忘れているな。
「な、なんとかなるだろ~」
「まあ、行け。三十分経っても戻ってこなかったら探しに行こう」
(でも、一花一人で大丈夫だろうか……)
不安でいっぱいだったがそんな心配はすぐになくなった。
「ただいまぁ~」と葵の声が玄関からする。
「葵さん! なんでいきなり帰ろうなんて! 私たち、まだ何も買ってないじゃないですよ!」
引き留める一花の声も聞こえる。
「レンコくんがかくれんぼしたから、探しに来たの」
レンコくんって誰だ?
いや、蓮の事だな。
「レンコウくんのスマホ、発見ッ!」
「蓮さん、突然走り出してどうしたんですか?」
「檸檬の様子がおかしいから呼び出した」
「よくわかりませんが、檸檬さんは大丈夫ですか?」
それは檸檬が決めることだからどういうことも出来ないな……。
答えられないままでいると、
「わたしは大丈夫」
と後ろから、不安を少し孕んだ声が聞こえてきた。
おまけ☆
『それでは』
「檸檬さま!?」
普段は電話をくれることのない俺の主、檸檬さまから連絡が来たと思ったら、
シングルの大容量チェストベッドを六つ、二十時までに頼まれるという無茶ぶりをされた。
さっきまで東京に居て、急ぎ足で新幹線で大阪に向かって、やっと着いたところだ。
だったのに!
「檸檬さまも無茶ぶりするようになってきたなあ」
はっはっはと笑うのは助手席に座る兄、昴。
いい加減免許取ってくれないかな、と思いつつ兄に愚痴をこぼす。
「今、大阪に着いたところなんやけど?」
「それも分かって八時までやろ? だいたい七時間。向こうまで渋滞なしで約六時間。向こうで注文して受け取れば十分、時間はあるけど?」
「他人事だと思いおって」
「他人事やからな」
兄にバカにされながら車を関東方面に向ける。
「まあ、俺らはそれぞれに使え、業務はこっちが最優先や。晃の仕事はやっといてやるよ」
仕事をやってくれるのはありがたいが、嫌味はいらん。
「どーもー。適当なとこで下ろすかんな」
すると兄のスマホがなる。
「はい。昴です」
『今どこにいる』
声的に碧さま。
基本、俺は檸檬さま、兄は碧さまに使えている。
とはいっても基本は二人でどちらも見ている。
「どうされました?」
『どこにいるか聞いている』
ちょっと急いでるか?
「……大阪です。今から関東に向かいますが何かありました?」
『大阪か。今長野にいるんだが、拾って関東に送ってくれないか?』
長野。
ギリギリだな。
「なぜ長野に?」
『恐らくドッキリかなんかだろ。離れたところでカメラを構えた奴が数人いる』
「……新幹線で帰ってください」
声からは感じないが、二十七年も兄の弟(という名の下僕)をやっているんだ。
少し面倒臭そう。
兄も兄で沖縄から帰ってきたばっかだったような気がする。
だとしても、死んでもその口からため息を出すなよ?
『金がない』
「何でですか」
そんなに早く突っ込むなよ。
『……〝人気アイドルはお金のない状態で長野からどうやって帰るのか!〟って言う企画らしい』
随分とまあ面倒くさいドッキリだな。
二度とそこの仕事受けないようにしてもらおう。
「分かりました。向かいますが、碧さまの方からも言ってくださいね?」
『は?』
「ただいま晃も檸檬さまに呼ばれておりますので。お二人最優先な上、わたくしらの仕事をするものがいないため、仕事が滞ります」
分かりきったことだが、昴も面倒くさいな。
「お二人の口から! お願いいたします」
『……分かった』
「場所を教えてください」
『松本』
「……松本市美術館。そこに向かってください。そこは自力で。それでは」
そう言って兄は電話を切った。
「晃。松本を通ってから行ってくれへん?」
「別にええけど、時間ギリギリ。遅れたら昴のせいにするからな!」
晃は車の速度をあげる。
「へいへい。遅れたら俺からも言うたらええんやろ? やけど、遅れへんのが一番やから飛ばせよ?」
「言われへんでも分かってます!」
翆「普段は関西弁っていいよねぇ~(パソコンの前でニヤつく不審者)」
小「二人は大阪出身なんだっけ?」
翆「そだよ~。ついでに言えば、碧も檸檬も生まれは大阪なんだよ~」
小「にしては二人とも方言出ないよな」
翆「確か二人とも三歳のころに大阪を出たから、両親共に標準語で話してたら喋れなかったんじゃないかな。檸檬はお父さん、碧はお母さんが家にいる時は関西弁だから」
小「お前とはすこし違うんだな」




