第31話 変わらない熱
映画館から出た。結論から言えば、楽しめるのかなという俺の心配は杞憂だった。
ふらふら~、と足が売店に向かう。はっきりしない意識のまま、パンフレットを買った俺はようやくそこで静谷を放っておいている自分に気づいた。
あ、まずい。
俺は慌てて、振り返る。すぐ後ろで、静谷がにやにやしながら俺を見ている。急に単独行動を始めた辺りから、そのまま俺に着いてきてたようだ。
「ほんと、変わってない」
静谷はとても嬉しそうだ。その分、俺は恥ずかしい。
「……すまん」
俺も静谷の「変わってない」という言葉に心当たりがあったから、素直に謝った。
「前にもそうやって、雨上がりの虹を追いかけだして迷子になったことあったもんね」
「待て。それは覚えてない」
俺は全力で首を横に振った。俺の挙動がおかしかったのか、静谷は今度は腹を抱えて笑い出している。
それで、虹だって? せいぜい、小学生の時に白い鳥が学校にやってきて、ふらふらと教室を抜け出した時かと思った。虹って、いつだ? 下手したら園児のころか。
「まぁ。それでこそ、誘ったかいはあったんだけど……」
静谷はきょろきょろと周囲を見渡す。何かを見つけたようで、ぱっと顔が明るくなった。
映画館の出口を指さして、静谷は小首を傾げた。
「喉渇いちゃったから、喫茶店にでもいかない?」
俺は何も言わずに頷いた。あんな大きなジュース頼んでおいて、と思ったが言うのは野暮なので黙った。
静谷と一緒に入った店内は休日の夕方ということもあって、適度にざわついていた。運良く席が空いていたので、四人がけの席に向かい合って座る。
窓から少しだけ夕日が差している。まぁ、あれくらいなら問題ない。いきなり直視しなけりゃな。念のため、覚悟だけして視線をそらす。
店員に注文を言ったあと、静谷は前のめりになって俺に聞いてきた。
「で、どうだった?」
その一言が、一度静かになっていた俺の心を解き放った。
「いや、あれは何なんだ、ほんと。一瞬のカットだけで、あんなに感情って表現できるもんなんだな」
考えるより先に口が動く。自分でも驚くくらい言葉が止まらない。ただ、話があっちいったり、こっちいったりしている。精査せずに話をしてるからだ。つながりも悪い。
それが分かっているのに、俺はそのまま話し続けた。
「……そこで、女の子の横顔を映したあとに、笛だけを映すんだよ。序盤で、あんなに鳴らしてた笛を、な」
身振り手振りまで交えて、俺は話し続けている。熱さは、ますます増していく。今は、過去のトラウマから話せなくなった少女の話だ。
「女の子にとっては重要なアイテムだって、観客に見せつけといてな。あれは、女の子の決意と、それでも言いたいことがあるって描写で……あっ」
そこで、ふと我に返った。
俺は何をこんなに必死になって語ってるんだ。急に恥ずかしくなってきた。先ほどまで気にもしていなかった周囲の視線も気になり出す。
ああ、でも。気にしてなかったのは、こいつが楽しそうに聞いてくれていたからだな。
いつの間にか、注文も届いていた。話が中断したことで、静谷は目の前に置かれているアイスカフェオレのストローに口をつける。
そのあと、目を細めてクスッと笑った。
「楽しんでもらえたようで何よりです」
その普段とは違った、妙に固くてかしこまった言い方に、俺の背中がむずがゆくなった。まるで、俺がどんな反応をするかまで予想できていたみたいだ。
「悪い。一方的に話しすぎた」
俺も、目の前のカップを手に取る。自覚すれば、喉の渇きがひどい。どれだけしゃべっていたのか、あまり想像したくない。
俺の謝罪に、静谷は首を横に振った。
「いいって。あたし的には、こういう沖田を見るのが一番楽しいんだから」
恥に追い打ちをかけてきた。やはり、こいつは俺がどんな行動をとるか分かって上で観察してたんだ。たちが悪い。
「そういうことで、沖田が何を言いたいのかは分かっていないんだけど」
だろうな! 分かってたよ。
俺は内心でツッコミを入れる。声に出すと、また静谷にからかわれそうで嫌だった。
静谷は時々、人の話を聞いているようで聞いていないときがある。もちろん、重要な話や自分に興味がある分野は聞き漏らさないのだが。
今回の俺は……まぁ、俺もあんまり聞かないか。何言いたいのか、分かんなかったろうしな。俺も、それは自覚している。
「それで、沖田的には一番どこがよかったの?」
だから、今度はちゃんと考えて回答しよう。そう思って、静谷の問いを頭で繰り返した。
一番か。だったら、あれだな。
「今回の女の子、喋れないだろ。役者の表情なんかも良かったけど、景色を映すことで心情を表現してるんだよ。映像そのものに、感情を託してるんだ」
「へぇ~」
分かったのか、分かっていないのか。静谷は適当に相づちを打っている。顔だけは、ずっと楽しそうではあるが。
「それでさ、その一瞬の切り替えで」
気づけば、また熱を入れて語り出していた。そんな俺を、静谷は目を細めて見つめていた、
「やっぱ、そういうのっておじさんの影響?」
言葉が切れたタイミングで静谷が話題を変えてくる。おじさん、と静谷が言う相手は決まっている。
「親父の?」
「そうそう。沖田って、『心に訴える瞬間』ってのが好きなんでしょ?」
『心に訴える瞬間』という言葉には覚えがある。親父の作品につけられたキャッチフレーズだ。それが載った雑誌を静谷に自慢をしに行ったことがある。
そっか、それも覚えたんだ。なぜか自分が嬉しくなって、俺は静谷の問いに力強く頷いた。
「まぁ、あたしもそれを知ってたから、今日誘ったんだけどね」
聞けば、今日見た映画にはどうやら一瞬を映し出すことに定評のある映像監督が参加していたようだ。静谷はその情報を知って、俺の顔を思い浮かべたらしい。
下調べも万全か。本当にこいつは楽しませることの天才だな。
「でも、『難しすぎる』とか『意味が分からない』とか酷評もされてるみたい」
「よし、どこで言われているか教えろ。レビュー満点つけてくるから」
すっかり、映像のファンになった俺は眉根を寄せて静谷に詰め寄った。そんな俺に静谷は「そこまで気に入るとはね」とにやりと笑った。
してやったり、ということだろう。単純なやつと、心の中では見下されているかもしれない。
まぁ、いい。静谷はそんなやつではないが、そう思っていたとしても、その評価は甘んじて受け取ろう。そんな人を知るきっかけをくれた静谷には感謝しかない。
「いいか、静谷。評価されずにこの世を去った創作家は世の中にいくらでもいてな」
再び俺は熱弁モードに入ってしまった。頭の中は冷静な部分もあるのに、止まらない。
そんな俺の話を、心底嬉しそうに静谷は頷きながら聞いている。
きっと、たぶん、また話の内容は素通りなんだろうけど。その表情は喜びに満ちていた。




