第30話 娯楽の天才
「え、映画?」
俺は思わず聞き返してしまった。
「うん、どうかな?」
静谷は少しだけ不安そうな顔をして、首を傾げた。どうやら、俺が戸惑ったことで不安に思ったみたいだ。
しかし、映画、か。
そういえば、静谷の持ち物が少ないなとは思っていたんだ。昔はこうして、お互いが暇なときに静谷は俺の家に入り浸ろうと、突撃してくることがよくあった。
ちなみに事前連絡なしなのも変わらない。そして、なぜ、俺の予定も把握されているんだろう。思い返せば、謎だ。
そういうときはゲームやら菓子やらを、両手で抱えてやってくるのが常だった。
そっか、今日初めて静谷を見たときから、変な違和感あったけど、そこか。静谷のこの服装は外出用だったんだ。手荷物も、ポシェット一つだったし。
でも、映画なぁ。小さい頃からそうだけど、静谷とは娯楽の趣味が合わないんだ。それで、遊ぶときとか明らかに俺に合わそうとしてくるから心苦しくて断ったりとか逃げたりしてたんだよな。
全力で泣かれたから、逃げる選択肢は俺から消えたけど。
あと、こいつが好きなのアクション映画とかで、今の俺が見るのは正直きつい。少しでも血を意識すると、気分が悪くなる。静谷の楽しむ気分に水を差したくは無い。
あと、静谷って、家に持ち込んでくるゲームも対戦格闘とか多かったよな。俺がこいつに反射で勝てるわけないのに。正直、何が面白いのか、分かんないんだよな。
「……あ」
しまった。長考してしまった。気づけば、静谷が泣きそうな顔になっている。俺がこいつから逃げた時と、よく似ている。
「いや、断んないよ。おまえが行きたいんなら行くから」
「ほんと?」
俺が返事をするだけで、静谷の顔がぱっと明るくなる。
そう、そもそも断る理由は無い。静谷が俺を誘ってくるときに、俺が懸念することなんて全部解消されている。
あの頃のゲームだって、俺がつまらなそうにしているのを見て、静谷は次の機会に対戦パズルを用意してきた。じっくり考える余地があるから、勝負になった。
静谷は、それも反射で何とかしようとしてきて、異常に白熱したのを覚えている。勝ち負けは、結局静谷の方が上回ったが、あれは悔しかったけど楽しかった。
俺に気を遣っているのはもちろんだけど、静谷自身もそれが楽しいから俺を誘う選択をしている。相手を楽しませ、自分も十分に楽しむ。静谷のこの辺のバランス感覚は天才的だ。素直に感心している。
昔、俺が勝手に感じていた心苦しさは、そもそも感じる必要の無かったものだと、今なら分かる。
「じゃあ、今すぐに行こっ!」
胸の前で両手をグーにして喜ぶ静谷を見ると、不安を上回る期待が生まれる。大丈夫だろうか、という不安は吹き飛んだ。
こいつが俺を誘うのなら、さぞ、面白い映画なのだろう。
「ん?」
静谷の誘いに頷こうとして、下を向いて固まってしまった。あー、これはダメだな。
「待て、静谷」
散歩に行く前の犬のように、前のめりな静谷の前に右の手のひらを差し出す。静谷の動きは、それでピタッと止まった。
「着替えてくるから」
俺の一言に、静谷は不満げに頬を膨らませる。
「えー、そのままでいいじゃん」
「いいわけない。ダメだろ、これ。このままじゃ、おまえと一緒に外に出れない」
俺の服装、Tシャツにジャージ。不合格。
静谷の服装はどうだ。白いブラウスにスカート。誰が見ても合格だろう。
目の前の静谷が横にいたら、悪い方向に目立つ。そんな未来は避けなければならない。
「すぐ準備するから、ちょっと下で待っててくれ」
あー、でも最近まともに服買ってないな。何かあったかな。クローゼット開けてみないと分かんないけど。ろくなのが無い気がする。それでも、何か、こう、見栄えのいい物が……。
「別に、あんたは頑張んなくてもいいんだけどね」
静谷が何かつぶやいたようだったが、俺は聞き逃した。
その後、静谷とやってきたのは近所にあるショッピングモール。休日だから、けっこう賑わっていた。
とりあえず、知り合いの顔は見えなかった。いや、何か、というわけじゃないけど、気まずいだろ。鉢合わせしたら。
「う~ん」
そこに入っている映画館。そのポスターの前で俺は立ち尽くしていた。
もうすでにチケットを買ってあるので、今は待ち時間。とりあえず、一緒に来たはずの相方は別行動をしているので、俺は一人で暇を潰している。
「何してるの、ずっとポスターの前で」
静谷がやってきた。かなり大きめのポップコーンセットを手に持って。
「ふらふらして、何かアヤシー」
そして、体育館の前であったときのように、また俺を不審者扱いしてくる。心外だ。
「メニューの前でずっと固まってたおまえに言われたくない」
「えへへ」
俺の反撃に、静谷はやられた、といった感じで舌を出した。
塩にするのか、梅にするのか、キャラメルにするのか。ポップコーンの味を決めるだけで、あれだけ人って悩めるんだな。
あまりに真剣だったから、一言声をかけてから俺は離れた。遠目で見ても、まだ悩んでたから俺の声が届いてたか、どうか妖しい。
とりあえず、無事に買えたようだ。
ちなみに俺は映像に集中してしまうので、飲食はしない。この大きなポップコーンも静谷一人用だ。
このサイズ、メニューに『みんなでシェアして楽しく!』とか書いてなかったか? 確か。
あ、よく見たらこのポップコーン、三つに分かれてる。さては静谷、絞りきれなくて全部入ったやつにしたな。
こんなの食い切れ……るな、静谷なら。
「何見てたの?」
横に並んできた静谷は、俺の視線の先を見る。向こうから話題にしてくれたので、俺は素直に疑問を口にすることにする。
「……ほんとに、これを見るのか?」
「え、チケット買ったあとに不満?」
「いや、俺はいい。おまえは、ほんとにこれでいいのかと思って」
ポスターに書かれていたタイトルは『あの夏の記憶』。俺と同年代の男女の役者さんが、大きく載っている。
一目で分かる。これ、ゴリゴリの恋愛映画だ。
俺の戸惑いを、しばらく観察していた静谷は合点がいった様子で頷いた。
「こういうの、好きだよ。あたし」
「そうなのか?」
俺の疑問に、うんうんと頷く。山盛りのポップコーンが、その勢いに落ちそうになる。
俺の記憶では、静谷がこういうのを好きだった記憶がない。だから、確認しているわけだけれども。買うときには衝撃の方が強すぎて、黙ってしまった。
「いつから?」
「中一の頃から、かな」
ああ、中一の頃か。俺の記憶、あやふやなんだよな、あの辺。
静谷が選んだんなら大丈夫だ、そう思いたいのに、胸の奥で小さなざわめきが広がっていた。




