第29話 これが丁寧な生活
ベッドから起き上がって、すぐに違和感に気づいた。
「あれ?」
昨日、片付けたっけ?
俺の目の前には自分の机がある。結局、昨日は静谷と話し込んでそのまま寝てしまった。だから、スケッチブックとか放置されてるはずなのに。
そこは、妙に綺麗になっていた。散乱していた画具が片付いているだけではない。なんか、拭き掃除までされてる気がする。
「まさか、な」
俺は一つの、ほとんど確信めいた予感を胸に、準備を済ませて一階に下りていった。リビングに入った瞬間、こちらを振り向いたそいつと目が合った。
「よっ」
「よっ、じゃないが?」
静谷がソファで寝そべっている。昨日と同じような感じで挨拶をする静谷に大きく息を吐いた。
「いくら休みだからって本当に昼前まで寝ているのは、どうかなと思うよ」
「宣言したのは昼過ぎなんだから、それよりは早いと思うが?」
「それもそっかー」と納得された。自分で言っておいてなんだけど、あんまり変わらないと思うぞ。
静谷は顔だけをこちらに向けながら、足をパタパタとさせている。俺は思わず目をそらした。
危険だから、止めてほしい。
「ん、どしたの?」
静谷は心底不思議そうに言う。本当に気づいていないのかな、こいつは。
「いや、べつに」
ただ指摘するのも、どうかと思うので俺は言葉を濁した。
静谷の休日と言えば、小学生の頃はTシャツ、短パン。今もジャージか、デニムだ。
それがどうだ。なんか妙にかわいらしい白いブラウス。光を反射しているのか、やけにまぶしい。そして。
なんで、スカートなんですかね、今日は。制服以外で、あんまり見たこと無いぞ。
「来るなら連絡いれろよ」
耳まで熱い。赤くなった顔をごまかすために、口を開く。そんな俺の文句に、静谷は不服だったのか、頬を膨らませていた。
「えー、今更じゃん」
「今はスマホという文明の利器がある」
せめて、昨日言え、昨日。何で、当日突撃してくるんだ、こいつは。
「だって、沖田、用事があるときはちゃんと起きるでしょ? 夜も早く寝るし。だから、今日は暇なんだなって思って。だったら、遊びに来ても大丈夫でしょ?」
大当たりである。俺は眉根を寄せた。そこまで行動を見透かされて、とても悔しい。
あと、突撃されても許されると思われているのが恥ずかしい。実際、よっぽどのことがなければ俺はこいつを追い返したりしない。
いや、こういうことをしなくなった静谷を想像すると、ちょっと寂しいんだよ。俺のそんな感情も読まれているような気がする。だから、恥ずかしい。頬が熱い。
「よっ、と」
静谷はソファから立ち上がった。俺は、ちょっとほっとする。
……まぁ、立ち上がったところで、普段と違う服装なのは変わらないわけで。視線はそらしっぱなしだけどな。さっきからまともに静谷の顔を見ていない。
「ほら、一緒にご飯食べよ。サンドイッチ作ったから」
静谷は俺の前をたたっと軽い足音をたてて通り過ぎていく。
「お、おお」
終始、静谷のペースに乗せられっぱなしな俺は、黙ってついていった。
……俺の家だよな、ここ。何で静谷に先導されてるんだろう。
「お昼ご飯向きじゃ無いと思うけどね。軽くて」
もともと朝食のつもりで用意した、というサンドイッチを静谷は冷蔵庫から取り出す。寝かせると味が安定するっての、昔、静谷から聞いたことあるな。
すごい手際の良さで準備していくもんだから、俺はただ立ち尽くしていた。静谷に促されるまで、座ることもできずに。
「じゃ、じゃあ、いただきます」
「どうぞー」
にこにことした静谷に見られながら、俺はサンドイッチを口に運んだ。
「……うま」
一瞬で、爽やかな味が通り抜けた。口の中に残る味が、妙に心地良い。
「へへへ」
俺の反応を見て、静谷はにやにやしている。
これはキューカンバーサンドイッチ、いわゆるキュウリサンドだ。キュウリしかつかってないシンプルなものなのに、何だ、これは。
断面を見る。キュウリの皮をわざわざ剥いている。どうりで、青臭さを感じないわけだ。
俺を雑だ、雑だと言ってくる静谷に物言いたい時はあるんだけど、こういうの丁寧な仕事見ると言われても仕方ないかなって思えてくるんだよな。
夢中で一個目を食べ終えて、顔をあげる。
「ふふん」
静谷が胸を張っていた。うん、これは誇っていい。誇ってもいいけど、薄着でその態度はやっぱり危険だから、止めてほしい。
二個目に手を伸ばし、口をつける。
「あれ、味が違う!?」
びっくりして目を見開く。そんな俺に、静谷は満足げにうんうんと頷いている。
「それはサラダチキン。沖田、タンパク質足りないから、昨日仕込んだの持ってきた」
静谷がぐっと、親指を立てた。俺は、サンドイッチと静谷の顔を交互に見比べる。
「え、仕込んだって、もしかして自家製?」
「うん、簡単だよ?」
料理ができる人の簡単はあてにならない。俺は大きく息を吐いた。
そんな感じで驚かされてばかりの食事が終わり、片付けだけでもと手を動かしていたが静谷が早すぎて戦力にならない。
それでも、何とか食らいついていたら気がついた。
あれ、キッチンも、片付いている?
「なぁ、静谷。もしかして、掃除してくれた?」
俺が声をかけたとき、静谷は拭いた最後の皿を収納するところだった。
「うん、そだよ」
さも、そうするのが当たり前かのように静谷は頷いた。
そっかー。俺、静谷が掃除しているのに気づかずに、ずっと寝てたのか。いくらなんでも寝付きがよすぎるだろ。
地震とか起きたら、ちゃんと避難できるか心配だ。
――大丈夫。あたしが抱えてくから。
……なんか、イマジナリー静谷に俺が抱きかかえられている図がイメージできた。不本意だから、有事の際は足をひっぱらないようにしようと心に誓う。
でも、手間をかけたな。どうお礼を言ったらいいか。
俺がそんなことに悩んでいると。
「そだ」
静谷の方が声をかけてきた。
「あんたが隠してた雑誌見つけちゃった。ちゃんと本棚に並べといてあげたからね」
「止めなさいっ!」
俺は反射的に叫んだ。
隠してた雑誌って、アレだろ。よりにもよって、アレを?
どうして、親にだってされたことのない実績を、幼なじみの手によって解除されなければならないんだ。
いや、健全なものですよ。決して、法律違反はしていません。それこそ、小学生にも買えるような。とはいえ、女子に見られるのはどうかなーと思われるものでして。
……俺は、誰に言い訳してるんだ?
大きく息を吐いた。今日だけで何度ため息をついているだろう。
ちらり、と静谷を見る。鼻歌を歌っている。とても楽しそうだ。
「ね、沖田」
「……なんだよ」
ちょっと不機嫌そうな声になってしまった。静谷はそんな俺のことは気にせず、右の人差し指をたてて、にっこりと笑う。
「一緒に映画、見に行こっ」




