捜索
春菜は鳥の声で目を覚ました。傍らで眠るサハリを起こさぬよう注意してベットから抜け出す。外は太陽がまだ登っておらず、紫色に白んだ空が夜の終わりを告げていた。
短い時間ではあったけれど十分な睡眠は取れた。一人では不安で一睡も出来なかったかもしれない。
「行って来るね」
静かな寝息を立てるコボルト達を見廻し、上着を羽織って部屋から出る。多くの仲間が見守ってくれているという安心感と責任が春菜を動かす。流し場で顔を洗い、その足で城内の衛兵詰所へと向かった。
部屋に入るとすぐに当直の兵が申し訳なさそうな顔で出迎える。それだけで大よその状況は察せられた。
「様子見に出た兵はまだ帰っておりません」
夜のうちにコボルト達は帰らず、何か情報は入っていないかと思ったがそれも無駄足のようだ。
「そうですか、捜索隊はいつ頃出るんです?」
「陽が登りしばらく後です。部屋でお休みになっていて下さい、呼びに伺います」
「いえ、大丈夫です。集合は裏庭ですか」
「はい、ですが――」
「用意を済ませたら、私も裏庭に向かいます」
事情を知っている兵が気を回してくれる。しかし、春菜は深々と頭を下げて遠慮した。
一旦着替えのために自室に戻る。深夜まで清掃のバイトをこなし、僅かな睡眠時間で会社へ出勤する。そんな日も多かったので、寝不足には慣れている。
「しまった、すっぴんで城内を歩き回っちゃったか」
ドレッサーの鏡を覗き込んでハッとした。簡単に化粧を済ませ、動きやすい服に着替えるとすぐに裏庭へ向かう。空は大分明るさを増して、既に動き始めた使用人の姿もちらほら見られる。
(こんな時でもお腹が空いて、頼もしいのか情けないのかわかんないな)
使用人用の調理場へ行くと、ブネが大鍋で湯を沸かしていた。
「おはよう、おばさん」
「おはようお嬢様。今朝も早いね、事情は聞いてるよ」
すぐに春菜の前に燻製肉と青野菜の挟まったパンとお茶が出される。
「ありがと。お腹ペコペコだったんだ」
「頼もしいねえ。そうやってしっかりご飯を食べられるうちは、何が起きたって大丈夫さ」
「うん、そうだね。あの子達が帰ったら、いっぱいご飯を食べさせてあげてよ」
昨日までの朝と変わらぬやり取りが、はやる心を落ち着かせてくれる。
朝食を取り終わって裏庭にでると。すでに多くの兵士が集まっていた。春菜はその中に立つグシオンの姿を見つけ、傍へと駆け寄って挨拶をする。
「おはようございます。捜索隊の指揮はグシオンさんが?」
「そうしたいところですが、私は城を離れることが出来ません」
グシオンは朝早いことなど感じさせず、いつもと変わらぬ凛々しい姿で兵の指揮にあたっていた。自分よりも遥かに重い責任を負いながらも、気品ある態度で仕事に臨んでいた。
「どうしました、私の顔をジッと見て」
「あ、いえ……。今日もお美しいなあと思って」
「あなた――そんなとこ見てるなんて、随分と余裕じゃないですか」
「いえ、昨夜はてんぱりましたけど、今は皆さんのお陰で落ち着きました。こうしていつもと同じように話をしている方が落ち着くって気づいたんです。それで」
場にそぐわない会話ということは承知している。
「私はコボルトや兵はもちろんのこと、あなたに対しても責任を負っています。隊長の言うことを聞いて、一人で勝手な行動をしないこと。誓えますね?」
「はい」
「失礼いたします!兵の準備が整いました」
ザックが小走りでグシオンの元に駆け寄り姿勢を正した。捜索に当たる兵士三〇名と、犬を連れた狩猟係が整列を終えていた。
「分かりました。あとの指揮はあなたに任せます」
ザックは敬礼すると、列の先頭に戻って行く。グシオンは改めて春菜に向き直る。
「バルバス将軍が反乱鎮圧のために出張っている今、これ以上の兵を捜索に充てる余裕はありません。よろしいですね?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「あなたが行く必要は無いという考えに変わりはありません。これはコボルト達の、ひいてはサレオスのためにすることです」
大きな声で号令が掛かり、集まった兵が一斉にグシオンに敬礼してから隊列を組んで歩きだす。春菜は列の最後に小走りで加わった。
狩猟地に着くと兵は三つの班に分けられ、それぞれに犬を連れた狩猟係を案内役に捜索を始める。春菜はザックに守られるようにその中の一つに加わった。
「お嬢様はもしもの時に備え、必ず兵の中心にいて下さい」
「もしもの時って、魔物が襲って来るってことですか?」
「そういった事態も考えられます。狩猟係が付いていながら、コボルト全員が帰ってこないというのはおかしな話です。ただの遭難とは考えにくい」
(考えたくないけど、やっぱりそういう可能性もあるんだ)
「しかし、一番気を付かなければないのはの魔を使った攻撃です。それを防ぐために魔を中和して消すという対応が必要になります」
「うーん、難しくって私にはちょっと。でも魔を使った攻撃って、今は魔人からの攻撃を警戒しているということですか?」
「はい。魔王様に反抗する勢力はほぼ一掃されましたが、気を抜くことは出来ません」
(そっか、現に公爵はまた反乱を起こしたっていうし)
「ですがご安心下さい。王城に務める我らはイスラ最強の軍です。そこいらの反乱分子にどうこうされるほど、ヤワじゃありません」
ザックは春菜の不安を拭う様に、自信に満ちた笑顔で語った。
森の中は木漏れ日が差し込み、魔物が出るような恐ろしげな雰囲気はない。息を大きく吸い込めば森の香りが体に充満し、捜索を行っているという事実を忘れそうになる。
けれど気を抜くわけにはいかない。春菜はコボルト達の手掛かりはないかと周囲に目を凝らした。
森に入ってから大分時間が経つけれど、まだ手掛かりらしいものは見つからない。春菜がたまにコボルト達の名を大声で呼んでみても反応はない。そもそもコボルト達が森で行方不明になったという確証は無かった。
突然、先頭に立っていた猟犬が落ち着きなく周囲の匂いを嗅ぎ始めた。今まで見せなかった仕草に、兵士達の間に緊張が走る。猟犬は突然走りだし、狩猟係がその後を追った。
しばらくして春菜を呼ぶ声が聞こえた。緊迫感の籠った声に、春菜とザックは顔を見合わせ、全員が一斉に声の方へと駆けだす。
猟犬が吠え声をあげ、狩猟係が必死でなだめる先に、倒れたコボルト達の姿があった。
「!」
「お嬢様!」
春菜は兵の一団から飛び出し、全力でコボルトの元へ走った。ザックが止めようと手を伸ばしたが間に合わない。
「トウマ!」
倒れている中にボスの姿を見つけ、抱きかかえるように起こす。見たところどこにも外傷は無く、鼻に耳を近づければ呼吸音も聞こえる。
「ねえ、起きて!一体何があったの!」
体を揺さぶっても一向に起きる気配がない。他のコボルトも同じだ。ザックは同行して行方知れずになっていた狩猟係を見つけ、閉じられたまぶた開けて目の反応を見ている。
「お嬢様、どうやら昏睡状態のようですね」
「昏睡って、どういうこと?」
「何か毒物でも食べたか……。ただおかしいですね。みんな妙に一カ所に集中している」
「え?」
ザックは立ち上がって周囲を見回した。確かにコボルトや狩猟係、護衛の兵士に至るまで、行方不明だった全員が、まるで集められたように一カ所にまとまって倒れている。
「索敵!」
ザックが険しい顔で号令を掛けた。兵たちは一斉に円を描くように陣形を整え、ぐるりと周囲を見回す。全員が無言で、小さな変化も見逃すまいと辺りに全神経を注いでいた。
「お嬢様は私の側から離れないで下さい」
「……何これ?」
声を掛けられるとほぼ同時に、辺りに白い煙霧が立ち込み始める。煙かと思えば匂いは無なく、しかし霧というには広がり方に濃淡がある。
「防魔、反応は!」
「ありません。魔による攻撃ではないと思われます!」
(まるでドライアイスでも焚いたみたい。ううん、あのガスはもっと低い所を流れるっけ。そうか、コンサートなんかで焚くスモークだ)
木漏れ日が煙に当たって光線を描き、辺りの視界はいよいよ低下を始める。
「抜剣!攻魔!」
その声を合図に一方の兵士が腰の剣を引き抜き、もう片方では右手を広げてを前に掲げる。今にも戦端が切られようとする殺気に、春菜は身を強張らせた。
「おい?どうした?おい!」
ふいに狩猟係がリードを引いて足元に話し掛けた。さっきまで忙しく吠えていた犬が、ぐったりと虚脱して反応を示さない。まるで倒れているコボルトと同じ状態だ。
(これって、もしかして?)
「全員息を――」
春菜は反射的に口元に手を当てた後、ザックの言葉を微かに聞きながら意識を失った。




