動揺
一糸纏わずに立つ痩身の人物。胸は小さいながらも滑らかな曲線を描いてふくらみ、臀部はつんと形よく上を向いている。白い肌に水滴が光り、なまめかしい美しさを放っている。
「グ、グシオンさん……」
浴室に裸で立っていたグシオンは、落ち着いた様子でタオルを手に取り体を拭っていく。
「はい、何か?」
「女性だったんですね」
「ええ、御覧の通りです。お分かりでしょう」
「そりゃあ、拝見してますけども。そんな冷静に――」
(――いや、私も不思議と驚きは少ないな。どこかでそんな風に感じたことがきっとあったんだ。お風呂の件を相談し時だって、気絶した時に着替えをさせてくれたって聞いた時も、どこかで納得していた)
よくよく考えれば、男性だと思い込んでいた方がおかしいのではないだろうか。サレオスとヴィネア、始めて見た三人の『イケメン』という印象が尾を引いてしまったのか。
確かに凛々しい顔立ちと長身は男性的だ。それでも、やわらかな物腰や、男性にしては高い声など、女性を感じさせる部分はあった。第一、本人も含めて誰もグシオンを男性とは言っていなかった。
「隠していた。という程ではありませんが、意識して性別を出さないようにはしていました。女であるという事実は、王族として仕事をしていく上で不都合が多いですから」
グシオンは言い訳では無い主張するように事情を説明した。
「それは……確かに隠すまでもないかもしれないけれど」
春菜は慎ましやかな胸に目をやった。
「ど、どこに目をやっているんですか。あなただって同じようなものでしょうに」
「いやいや、よくも私のことを『貧相』と言えたなーと思って」
「あなた……まだ初日のことを覚えていたんですか。執念深い女ですね」
そうは言いつつも、春菜は動揺を隠しきれずに小さく震えていた。例え胸は小さくとも、目の前にある事実は大きな脅威を意味しているからだ。
春菜は鋭い目でグシオンの裸体を観察する。
(おっぱいは、まあどっこいどっこいとしても、このスタイル……。モデルのように足が長く、色白で美形の小顔ときたら、私に勝てる要素が見つからない)
見えない脅威は意外な形で城内に潜んでいた。
「なんという強敵!」
「は?」
思わず口にしてしまった春菜の本音に、グシオンが怪訝な顔をする。
「そうか、フールルさんはこれを見抜いて『ライバルは少ない』、つまりはゼロじゃないって言ったんだ!私、城内には獣人を除けば女の人はいないと思ってたけ。けど、身近にこんなイケメン女子が隠れていたなんて!」
「あなた、思ってることが口に出てますよ」
「おっと失礼。取り乱しました」
「随分と余裕のあるように見えますけどね……。強敵ですか。私はサレオスとは従兄です。あなたが心配するようなことは何もありません」
春菜が言わんとする意味を理解して、グシオンは意外な事実を告げる。しかし、春菜にしてみれば――
(――ってだから?ちっとも安心できないんですけど。従兄同士って結婚できるんじゃなかった?どうなんだっけ?あー、民法何て思い出せない!)
日本の法に当てはめても仕方がないのに、焦ってそんなことにも気がつかない。
「そんな仇を見るような目で人の裸を凝視しないで下さい。いくら同姓でも、さすがに居心地が悪いですよ」
「あ、ゴメンなさい」
居心地が悪いと言いながらも、グシオンは裸体を隠そうともせず、真正面から春菜を見据えている。逆にこちらが恥ずかしく視線を逸らす。
「浴室の後始末は使用人に伝えておきます。あなたは新しいお湯が用意できてから出直しなさい」
「わかりました」
会話はこれで終了と、グシオンはシンクにある鏡に向き直る。春菜は軽く頭を下げてから浴室の扉に手を掛ける。
(ちゃんと内鍵掛けよう?いくら女同士しかいないからってさあ。とんだドッキリだったなあ、この世界はホントに驚くことばっかりだ)
春菜は驚きと混乱でかいた妙な汗を拭いながら自室へと戻った。
裏庭で遠足に出かけるコボルを見送りながら、春菜は昨日の光景を思い出していた。
(グシオンさんが女性だったなんて、なんでもっと早く勘違に気が付かなかったんだろ。まあ、だからといって魔王城での生活が変わる訳じゃないけれどさ)
グシオンにスカートを履かせ、サレオスの傍らに立つ姿を想像してみる。
「やばい、超お似合い。はたから見ればベストカップルじゃん……」
本人の台詞を借りるなら『心配するな』ということだけれど、そんな言葉では安心することはできなかった。
(好きなくせしてそうじゃない振りする人って、しっかり美味しいところを浚っていっちゃったりするしな)
「ご主人様、行ってきます」
もんもんとする春菜に、ボスのトウマが報告する。新人を補充して大所帯になったコボルトは、休日を2組に分けて順番に取らせることにしていた。トウマ達一行はこれから例によって王家の狩猟地に向かう。
「うん、気を付けてね。無茶な狩りはせずに、魔物が出たら逃げること。案内の狩猟係さんと衛兵さんの言うことをよく聞いて、陽が暮れる前に帰るのよ」
コボルト達は殊勝に返事を返してくる。今まで何度も春菜抜きで遠足に出かけているのに、どうしても保護者気分が抜けずに注意事項を並べてしまう。我ながら過保護すぎると呆れる。
(サレオスさんも私のことこんな気分で見てるのかな、それはちょっとへこむ)
コボルトを見送ってから、今日仕事に入っている班の様子を見に魔王城に入る。
「グズグズするな、明日の朝までに着く。急げよ!」
大広間ではバルバスが覇気の籠った声を上げていた。はっぱをかけられた兵士が、忙しそうに走り回っている。
「バルバスさん、何かあったんですか」
「お嬢様。実は蟄居を命じられている公爵が挙兵したという一報が入りましてな。急ぎ、兵を連れ鎮圧に向かおうというところです」
「あの公爵が?いくらサレオスさんが『攻めて来い』って言ったからって……よっぽど恨んでるんだ」
その原因に自分も関与していると思うと責任を感じる。
「お察しのように、この挙兵は公爵の個人的な恨みから出てはいる。しかし、まったく勝てる見込みもないのに反乱を起こすとも考えにくい。誰かが後ろで糸を引いているかもしれません」
「危険な戦いになるんですか?」
「ガッハハハ!ご安心ください。奴風情がどう頑張ったところでたかが知れている。むしろ手こずらせてくれた方が兵のよい訓練になるというもの」
バルバスは不敵に笑った。こんな顔を見せるのは狩猟地の森に一人で飛び込んで行って以来だ。それでも、そんな態度を見せられると春菜の不安も緩む。
「また将軍自ら乗り込むんじゃうわけですか?バルバスさんも困った人ですね」
「これは手厳しい。ですが、すぐに動かせる兵というのは案外少ないものなのです。急ぎます、これにて失礼」
「お気を付けて」
バルバスは勇んで大広間を出て行った。
(あの嫌なオジサン反乱起こしたんだ。あんなのバルバスさんにやっつけられちゃえばいいのに)
サレオスが不在となり、バルバスが遠征に出てもやることは変わらない。いつもより少しだけ静かになった魔王城を、春菜は黙々と掃除をして回った。
夕刻になり、掃除室で後片付けをしていた春菜は置き時計に目をやる。
「あの子達、もうすぐ夕食の時間なのに帰ってこない……」
いつも遠足から戻った時はリーダーに報告をさせている。それが今日はまだない。
春菜は長屋の2階を覗きに行く。一時期春菜が寝起きしていた部屋は現在では2段ベットが並べれら、コボルト達が寝起きをしていた。
「トウマ達はまだ帰ってない?」
「はい。まだみたいですね」
既に仕事を終えて休んでいたサハリに尋ねた。いつもは休日組の方が戻りは早いのに、今日に限ってはまだのようだ。
携帯電話もないこの世界では、非常時の連絡もままならない。一部では魔を用いた通信が行われているが、特殊な能力を有する者を必要とするらしく、軍や行政の緊急時に使われる代物だ。
(何か起きたのかもしれない)
春菜はざわりとした嫌な感触を肌に感じ、急いで衛兵の詰所へ向かった。
魔王城の一階にある詰所は城内の警備に当る兵士の控室兼司令部で、春菜の掃除の管轄外ということもあって、足を踏み入れるのは初日に城内を案内されて以来。
中は壁ぎわに剣や鎧といった武具が整然と並べられ、長椅子に座り休憩する十数名の兵士の姿があった。
「突然すみません!今日、コボルト達に付添って頂いた衛兵の方はお戻りですか」
兵士達は春菜の姿を認めると一斉に立ち上がり姿勢を正す。部屋の隅に置かれた机に向かい書き物をしていた見覚えのある兵が、慌てる春菜の様子に気づいて駆け寄ってくる。
「お嬢様の仰った兵はまだ帰参しておりません。如何されました」
「まだあの子達も返っていないんです。今まで一度だって遅くなったことないのに」
「コボルト達が?それはご心配でしょう。今はバルバス様がご不在ですので、捜索を出すならグシオン様に報告する必要があります。私と一緒に参りましょう」
「あ、ありがとうございます。助かります」
「私はザックと申します。以前、お嬢様とは狩猟地へご一緒させて頂きました」
ザックは慇懃な態度で親身に応じてくれた。
執務室で仕事をしていたグシオンは、春菜の報告を受けると怪訝な顔をする。
「一人や二人ならいざ知らず、衛兵も含めて全員が戻らないというのは解せませんね……。わかりました。残っている狩猟係と、兵数名に様子を見に行かせなさい」
「はい、承知しました」
「あの!私も付いて行ってはいけませんか?」
兵士が今にも部屋を出て行こうとした時、春菜は同行を申し出る。
「なりません。すぐに陽が暮れます。あなたがいても足手まといになるだけです」
グシオンはすぐに拒否した。
「コボルトなら夜目も効きますが、あなたはどうなんです?初動の兵たちも偵察のようなもの、捜索隊の必要があれば明日、陽が昇ってから出します」
「じゃあ、明日の捜索隊には私も加えて下さい!」
「足手まといという言葉に変わりはありません。あなたに一体何が出来るのです。それにバルバスさんの不在に重なるというのも気になります」
グシオンは冷ややかな目を春菜に向ける。
「確かに私には何もできないけど、コボルト達が私を見つけてくれます!あの子達、離れていても私の匂いを感じればどこにいるか分かるって、だから道しるべ程度にはなれるつもりです!」
「……」
「お嬢様が言われたことは本当です。以前、狩猟地にお供をさせて頂いた際、コボルト達がそう言っているのを私も聞きました」
無言で首を縦に振ろうとしないグシオンに、ザックが助け舟を出すように付け加えた。
「サレオスの言うことすら聞かないあなたです。どうせ私が止めたところで行くのでしょう」
言い訳をするつもりはない。憮然とするグシオンに、春菜は黙って深々と頭を下げた。
部屋に一人で帰っても心配で眠れないことはわかっていた。
春菜は長屋二階にあるコボルトの部屋で帰りを待ちながら、空いている二段ベットに潜り込む。体の小さいコボルトは、一つのベットで二人が寝ていた。
(あの子達なら夜目も効く。私なんかよりずっと強いんだから、夜の森でも心配ない。私が起きて待っていたって何にもならない、明日のために寝なくっちゃ)
しかし、寝ようと言い聞かせるほど、反って目は覚めてしまう。寝返りを打ち、開け放たれた鎧戸から差し込む光りを眺める。
(月が出てるんだ。これだけ明るければあの子達も帰ってこれるかも……。サレオスさん、私強がってみたけどなんにも出来ないみたい)
『あなたのためになんだってする』という台詞が頭の中で白々しく響く。自分の無力さが情けなく、悔しさで涙が浮かぶ。
「ご主人様……」
枕元で囁く声が聞こえた。顔を上げるとサハリが心配そうな顔でベットの脇に立っている。
「……眠れないの?おいで」
毛布を開けてやると、サハリはベットに入って体を丸め、もぞもぞ体を動かし懐に潜り込んでくる。春菜は優しく頭を撫でてやる。
「怖い夢でも見た?大丈夫よ、トウマ達はみんな無事に帰って来るから」
「ううん。ご主人様が寂しいと思って」
「!」
春菜は衝撃を受けた。守ってやると気を張っていたつもりが、逆に自分が見守られているとは思っていなかった。春菜は愛おしさに堪え切れず、サハリを抱きしめた。モフモフの毛が顎をくすぐり、石鹸の香りが鼻に届く。
「ご主人様、くすぐったいです」
「ふふ、私も……」
頭を顎先でぐりぐりすると、サハリが楽しそうに声を漏らす。春菜は人の温もりを感じながら、不安を忘れてそのまま眠りに就いた。




