休日
「いいぞ」
手の平に踊らされるように懇願すると、あっさりと承諾された。二人は子供や親子連れに混じって列に並ぶ。
「大人一人と子供一人だ」
サレオスは当たり前のように子供料金を払おうとする。
「誰が子供ですか!」
「ん?……そうか、そうだったな。大人二人、一応な」
「ワザとらしい。確信犯でしょ!一応じゃありませんから、立派な淑女ですよ!」
文字通りに胸を張って主張はできないけれど、日本の法的に言えば間違いない。
二人掛けのブランコに並んで腰かけると、しばらくしてカウベルが鳴らされる。馬丁に手綱を引かれた牛馬が動きだし、支柱に動力が伝わりゆっくりとブランコの回転が始まる。
「お、意外にゆっくりですね」
そう思ったのもつかの間、馬の歩く速度が徐々に上がり、スピードが上がると遠心力で体が傾き始め、子供達の喚声と風の音が増していく。
「お、お、これは意外と迫力が……」
外から見るのと実際に乗るのでは大違い。春菜は最初こそ余裕を見せていたものの、予想外のスピードで回っていくブランコに焦りだす。
事故防止の配慮がなされた日本の遊具と違い、回転ブランコには安全ベルトなど付いてはいない。怪我で右手を使えないから、片手でブランコを吊り下げる鎖を掴まなければならない。
「どうした、怖いのか?」
「そんなこと……なくないです。はい、実はちょっと」
意地悪な笑みを浮かべて尋ねたサレオスは、春菜が素直に認めると思っていなかったのか意外そうに真顔に戻る。
「阿呆、早く言え」
サレオスは腕を回し春菜の体を脇に抱き寄せる。
(ええ!棚ぼた?まさかの展開な!)
密着された体にすっかり恐怖心は失せたものの、別の緊張で尋常でないほど心臓の鼓動が早まって行く。
(ヤバイ、このままじゃ脈拍が200を超えるんじゃ!どっきんどっきんしてるのサレオスさんにバレちゃってるかな?早く止まってブランコ、いや止まらないで!)
回転を終えても春菜の頭はぐるぐるまわり、ブランコから降りるときに危うく転びそうになったほどだ。
「大丈夫か?」
「いやいや、お恥ずかしい。もう大丈夫ですよ」
ふら付く足取りを支えられるお陰でドキドキがなかなか収まらない。
「ん?今の音はなんですかね?」
鈍器を叩きつけるような大きな音が響いた。そこでは大きな身長計のような器具を前に、ハンマーを振り下ろす若い男の人と、傍らで彼女と思しき人が声援を送っている。
「行ってみるか」
器具の隣では蝶ネクタイをした香具師が、大げさな身振りで演説を始める。
「さあさあ、我こそは言う方は是非とも挑戦を!ハンマーを振り下ろし、見事てっぺんにある鐘を鳴らせば賞金を差し上げよう!」
ハンマーを叩きつけ、衝撃で金属製の輪を浮かび上がらせ、長い柱の上にある鐘を鳴らすゲームだ。
「残念お兄さん!そんな腰使いじゃ、彼女を喜ばすことはできないよ。体を鍛えて出直しだ」
なかなかに下品な文句で囃し立てられ、男の人は苦笑いをして退散する。すると、香具師は新しい獲物を見つけ、喜色を浮かべてサレオスを指差す。
「どうですかそちらの旦那さん、ひとつ男を見せちゃあ!」
「……」
サレオスはまるで関心を示さない。
「おやおや、情けない。そんなことじゃあ隣の彼女に逃げられてしまいますよ。『色男、魔も力もなかりけり』は本当ですかな?」
どかで聞いたような言葉で愉快そうに挑発を続ける香具師。その挑発はしっかりと突き刺さる――
「何あいつムカツク、私がやる!」
ただし春菜に。
隣の女の子が釣れるとは流石に思っていなかったのだろう、香具師は焦りの色を浮かべて止めに掛かる。
「お嬢ちゃんが?いやいや、悪いことは言わないから止めときな。大の男でもそのハンマーを振り上げるのは骨なんだ、ましてや鐘を鳴らせる奴なんて滅多にいやしない。第一御嬢ちゃんは――」
「うるさい!引っ込んでて!」
語るに落ちて勝ち目の薄いゲームあることを暴露する香具師。しかし、春菜はそんな話にも聞く耳持たない。眉間に皺を寄せながら懐から取り出した金貨を一枚手渡す。
「ええ!こんなに沢山!」
「それで足りるよね。あ……」
驚く香具師を尻目に、春菜はハンマーを握りしめようとして硬直する。自分が骨折していたことをすっかり忘れていた。香具師は安心したのか軽口を再開する。
「おやおや、頼もしいけれどうっかり者のお嬢さんだ。あまりお転婆が過ぎるとまた怪我をしますよ」
「むー」
不満で頬を膨らませていると、サレオスがジャケットを脱いで春菜に手渡す。
「お前、意外にカッカしやすいんだな」
「だって許せませんよあんなの」
「また怪我をされちゃ敵わないからな。後は俺に任せて離れていろ」
「は、はい」
「オヤジ、俺がこの鐘を鳴らしたら、さっきこいつが渡した金貨を倍にして返してもらおうか」
サレオスがハンマーを手に言うと。香具師は手の中の金貨を確認して嬉しそうに顔を歪め、芝居がかった身振りで大きな声を上げる。
「さあさあ!驚きだお立合い!この旦那が金貨一枚の大勝負をご所望だ!ようございましょう、ようございましょう、見事鐘を鳴らしましたら金貨二枚を差し上げよう」
結構な大金が掛かっているのに、よほど勝てる見込みがあるのか。集まっていた観衆がざわめき、辺りに人だかりが出来ていく。
「いいんだなオヤジ。今の言葉に二言はないな」
「ございませんとも旦那。ひとつ格好のいいところを見せてもらいましょう」
香具師は自信満々に笑う。確約を得たサレオスはとても悪い顔で笑い、両手を振り上げる。
高々と掲げられたハンマーは頂上で停止し、シャツがぱんぱんに張り詰める。
(わ、スゴイ筋肉!普段は上着を着てるからわかんないけど、サレオスさんの体ってあんな逞しいんだ)
春菜は自分を抱き寄せた腕の力を想い出し頬を染める。
「フッ!」
小さな息吹と共にハンマーが振り下ろされ瞬間、辺りにけたたましい鐘の音が響き渡った。耳をつんざく轟音に見物客は咄嗟に耳を塞ぎ、遠くにいた人々は何事が起きたのかとこちらに視線を向ける。
春菜は感激して駆け寄り、振り下ろす勢いで落ちていたハンティング帽を拾い上げる。
「約束だ、金貨を貰おうか」
サレオスが涼しげに手を差し出すと、香具師が渋面で金貨を二枚差し出す。
「違うだろ。あと一枚足りない」
「は?な、何を言ってるんだ。その娘が差し出した金貨は一枚だ」
「そうだ。だがお前はこの余興が始まる前に『金貨二枚を差し上げよう』と言ったはずだ。これでは金貨を一枚返却し、一枚の金貨を差し出したに過ぎない」
「そ、そんな馬鹿な!私はそんな約束――」
「言葉には責任を取れ。俺は念を押している」
「うっ……」
香具師はサレオスに気圧され、懐をまさぐり数枚の銀貨を取り出し、金貨2枚と合わせて差し出した。
「手持ちがございません。どうかこれでご勘弁を願えないでしょうか」
するとサレオスはそのうち金貨一枚だけをヒョイと摘み上げる
「楽しませてもらったぞオヤジ。残りはその駄賃だ。客いじりもほどほどにな」
取り返した金貨を春菜に手渡し、上着と帽子を受け取った。
「凄いよサレオスさん!地面を叩く音と、鐘の音が同時に聞こえたよ」
「大げさなやつだなお前は」
そう言いながらもサレオスは春菜に褒められ満更でもなさそうだ。
「……魔王様?」
春菜が発した言葉が聞こえたのか、それともを顔を知る者がいるのか、集まった観衆の中で小さなざわめきが起きた。
「行くぞハルナ」
春菜が自分の失言に気付いて口元を押さえると、サレオスはその手を取って足早に歩き出した。
二人は再び目抜き通りに戻った。
「ごめんなさい。不用意でした」
「即位して間もないと言っても、流石に名前は知られているな」
サレオスは怒るどころかむしろ楽しそうだ。その様子に春菜もホッとする。
「街を歩く人が誰も気にしないから、サレオスさんが超有名人だってすっかり忘れてました」
「顔まではほんど知られていないからな」
「そっか、この世界にはテレビもインターネットも有りませんもんね」
「なんだ、ハルナの世界では国王は顔を民衆に知られているのか?」
「ええ、もちろん。こんな風に街を歩けばあっという間に人だかり……いや、街なんかたぶん歩けないですよ」
「それは生きづらそうだな。こうして息抜きも出来やしないのか」
「え?」
サレオスは顔を顰めて冗談めいた様子で大きく息を吐き出した。
(息抜き……そっか、サレオスさんも楽しんでくれてるんだ)
「どうした急に笑い出して」
「えへへ、今日のサレオスさんはいつもと雰囲気が違うなーって思って」
「面白い。どう違うんだ?」
「んー、教えてあげません!」
「なんだよそれは」
休日に彼女とデートして、ふざけて、笑って、そんな普通の青年のような一面を見せてくれていることが嬉しかった。
(こんなイケメン、普通に街中にいるわけないけどね!)
「そろそろ休憩にするか。ハルナが言っていたのはウェパル通りはカフェだったな。そこに行ってみよう」
「そうですね。私もお腹が空きました」
サレオスはふいに歩いている人を呼び止める。
「失礼。ひとつお伺いしたいがよろしいか――ウェパル通りをご存じなら場所を教えて頂きたい」
そうしてしばらく会話を交わすと礼を言い、道を教えてくれた人は立ち去った。春菜はその様子も感心する。
「なんだ、驚いたような顔をして」
「いや、意外だと思って」
「無茶言うなよ。さすがに王都の通りの名前までは把握しちゃいない」
「いえ、そうでなくて。ちゃんと人に物を尋ねることが出来るんだと思って」
「お前!一体俺をなんだと思ってるんだ」
「俺様魔王様」
春菜の返答にサレオスは呆れた様子で額に手を当てる。
「やれやれ、まさかこんなところで仕返しされるとは思わなかったぞ。じゃあ、詫びにそのカフェでケーキを奢ってやるから、それでチャラにしろ」
「不当交換!うう、随分安い手打ちだなあ」
「馬車を使うまでもない距離だ。歩いて行くぞ」
「わかりましたようー」
目的の通りに着くと、店の場所を探すまでもなかった。小さな通りに三〇人ほどの若い女の人の行列が出来ていたからだ。
「わっ、凄い並んでますね。流行ってるって言ってたから覚悟はしてたけど、これほどとはなあ」
行列するのを躊躇していると、サレオスは構わずに列の最後尾に付いた。
「いいんですか?」
「そのために来たんだろ?お前が並ぶのが嫌なら止めにするぞ」
「ううん、私はいいんです。けど、申し訳なくって」
多忙を極めるであろう一国の元首に、こんなことをさせていいものか。もっとも、当のサレオスは気にするような素振りを見せない。
「全然列が進みませんね」
「この通りにある店なら、規模はしれているからな。それほど人が入れる大きはないから回転は遅いだろう。でも後ろを見てみろ」
「うわ、もうこんなに」
春菜たちの後にも、すでに数名の客が並んでいた。
「おや、まさか君が来てくれるとはね」
「え?」
出し抜けに、知り合いにでも話しかける様に、気安い雰囲気で話し掛けられる。一瞬、春菜は誰かと勘違いをしているのかと周囲を見回したほどだ。
「アッ!」
「やあ、久しぶりだね」
声を掛けて来たのは狩猟地であったアンドラスだった。




