裏腹
(どうしてこのタイミングで)
まさか望遠鏡を探したその日に件の人物と出会うとは思わず、横目でサレオスを見る。
晩餐で名前が上がるくらい注目され、バルバスの軍が中心になって行方も探している。謎の人物であることは確かだけれど、春菜に悪い印象はない。むしろ感謝をしているくらいだ。
「知り合いか?」
サレオスが尋ねた。
(どうしよう……もちろん正直に話すべきなんだけど、サハリを助けてもらった恩もある。でも、サレオスさんに嘘は付きたく――)
「アンドラスです。以前、王家の狩猟地で偶然お会いしました」
春菜が一瞬の躊躇を見せたのもつかの間、アンドラスは自ら名乗った。サレオスはその名が意味するところを十分に理解しているはず。
「ほお……名前は聞いている。俺の部下が世話になったそうだな礼を言おう」
(サレオスさんまで!どうして、お互いそんなこと喋っちゃうの?私がお城で働いてること、アンドラスさんは知ってるんだよ、魔王様だってバレちゃうかもしれないのに)
サレオスは眉を一瞬動かしただけで、咎め立てする様子もなければ、身分を隠そうとする気配をあまり感じない。
アンドラスは不思議そうな顔をする。
「部下?確かコボルトのご主人はそちらの……そういえばまだ名前を聞いていなかったね」
腹の探り合いをしているのか、それとも別に思惑があるのか。何がなにやらわからなくなり始め、春菜の思考能力を超えようとしていた。
「名前を聞かれているぞ」
「ふえ?花沢春菜です」
「ハナザワ・ハルナさんか、珍しい名前だね。どうだろう、立ち話もなんだし店の中で話すというのは?」
アンドラスはカフェを指差し尋ねた。春菜はこの場の決定をゆだねる様に、サレオスの顔を伺う。
「え、えっと……私が決めていいのかな?」
「遠慮をするな。お前も聞きたいことがあっただろ」
まるで顔色を変えないサレオス、口元に笑みを浮かべるアンドラス、二人はお互いの顔を見合わせていた。
(二人とも一見和やかだけど、目が全然笑ってない)
「じゃあ、決まりだね。行こうか」
「え?ちょ、並ばないでいいんですか?」
アンドラスは行列をすり抜け店の中に入っていってしまった。戸惑い立ちすくむ春菜に、サレオスが声を掛ける。
「行くぞ」
「え、でもこの行列を横入りするのは」
「ここは恐らく奴の店か、少なくとも関係者といったところだろ。宿屋を探しても見つからわないわけだな」
「え?何が何だかもうサッパリだよ」
「俺だってそうだ。行けばわかるだろ」
春菜は追い立てられるようにして店に入った。
一0席ほどのイスとテーブル置かれた狭い店内は満席。若い女の人達が嬉しそうに、こげ茶色のケーキを食べている。
(あれ?この匂いは)
店内は鼻腔の奥に絡み付くような、甘い匂いが漂っていた。二メートル近い筋骨たくましい身長の男の人が、春菜の前に現れる。
「いらっしゃいませ」
(大きい!エプロンしてるからウェイターさん?ウッディな可愛らしい内装と女の子ばかりの店内にミスマッチ過ぎる!)
「オセ、その人たちは僕の客人だ。案内は自分でするよ」
オセと呼ばれた逞しい男の人が黙って頷き、二人は店の奥へと案内される。隣室はオーブンが置かれ、ボウルや泡だて器といった調理道具が並んでいた。
「お客さんをお待たせしてしまっているからね、済まないけど厨房で頼むよ」
アンドラスは調理台らしきテーブルにイスを並べる。
「どうぞ、座って待っていて。今、ケーキとお茶を用意するから」
「ありがとうございます」
春菜とサレオスは並んで座った。アンドラスがお茶の用意をしている間、オセが頻繁に厨房を出入りして、店の忙しさを伺わせる。
「あの、お忙しいようなら私は別に」
「ああ、気にしないで。すぐに別の従業員も返って来るんだ。それにオセは大きな体をしているけど、あれでも機敏だからね」
アンドラスは3人分のケーキとお茶をテーブルに並べ、春菜と向かい合う形でイスに座る。
「さあ、どうぞお召し上がり下さい。当店自慢のブラウンケーキでございます」
(これって見た目も匂いもそっくりだけど)
白い粉砂糖が掛けられたこげ茶色のケーキを口に入れると、ほろ苦さと甘さが舌の上で溶ける様に消えていった。
「おいしい!まさかこの世界……いえこの国でチョコレートケーキ食べられると思わなかった」
出されたケーキは味も見た目もガトーショコラそっくりだった。しかし感激している春菜とは裏腹に、アンドラスは森で見た時のように眉に皺を浮かべていた。
「驚いたな、まさかこの味を知っている人がいるなんて。チョコレートって言うのかい?ハナザワさんはこのケーキを食べたことがあるんだね
」
「え?や、はい。似たようなものを、あるんですよねこれが……」
春菜は歯切れの悪い答えを返した。自分が異世界から召喚されたことを話せば、サレオスの身分を明かすことになりかねない。
「なぜ驚く。自分で仕入れた材料で作った物なのだろう」
サレオスが助け舟を出すようにアンドラスを問い正した。
「ええ、そうですよ。大陸の南方から仕入れた材料を元に、僕がこの店で作りました」
「そうか、見事な味だ。しかし妙だな、これ程の味を出せる材料が未だ世に知られていなかったとは」
「それはイスラの閉鎖性の表れでしょう。人間との公な交易は未だにありませんからね」
「では何故教会の掃除屋が、そんな品を入手出来るんだ」
「掃除屋といっても実質は便利屋ですよ。小間使いに色々な所へ行かされ、様々な物を目にしてきました。人よりも多少見分は広くなります」
(なんかまた始まってる……なにこれ頭脳戦?私の苦手な分野だ)
春菜そっちのけで二人の会話は熱を帯びていく。
「なるほど。では貴様が所持していた双眼鏡とやらも、その見分で手に入れたのか?」
「ほお、なぜそれをご存じで。さきほどは『部下』と口にされていたが、お城勤めのハナザワさんとの関係が興味深い」
「文字通りの意味だ。さっきの質問には答えてもらえんのか?」
腹を探り合うやりとり。二人は肝心なことに一切答えない。お互いを攻めながら、汗一つかかずに笑みすら浮かべている。
「アンドラス、一昨日の件だが――」
会話を中断するように、フードを脱ぎながら禿げ頭の初老の男の人が厨房へ帰って来る。その時、春菜は常に笑顔のアンドラスが、微かな陰りを見せたような気がした。
まさか厨房に客がいると思っていなかったのか、初老の男の人は言い掛けたていた言葉を咄嗟に飲み込む。
「ガブエル。今は御覧のようにお客さんが来ているから、後にしてもらえるかな」
「お、おや、お客様でしたか。これは失礼した。出直すとしよう」
「待て」
サレオスは踵を返したガブエルを呼び止める。
「お前も、大柄の男も人間のようだが、この店の店主は誰なんだ」
(二人とも人間だったんだ。全然気が付かなかった。サレオスさんよく見てるなあ)
「この店の主は僕ですよ」
答えたのはアンドラスだ。サレオスは質問を続ける。
「奴隷が解放されても王都に留まった人間はいるだろう。だが、店主を呼び捨てる使用人というのも珍しい」
「仰る通り、彼等はもう奴隷ではありませんからね。自分の父親ほど歳の離れた人に、敬語を使われるのはどうにもむず痒い。呼び捨てるように僕から言ってあるんです」
「少々苦しい気もするが、筋は通るとしておくか」
サレオスが見ていたのはガブエルだった。鋭い眼光に射竦められて、ガブエルは視線を外す。
「それで、双眼鏡と言う物についてはどうだ。それも筋が通る説明を期待していいのか?」
「おやおや。まるで取り調べだ。答える必要を感じませんが、もしあなたが然るべき立場のお方というなら、話は違ってくるんでしょうか」
「言っている意味がわからんな。これはただの世間話だろう。それとも何か聞かれるとマズイことでもあるのか」
不敵な笑みを浮かべて睨み合う二人。ガブエルは額に汗を浮かべ、客席へ向かう出口にはいつの間にかこちらを伺うオセの姿があった。辺りに漂う甘い匂いと裏腹に、厨房は緊張感で満ちていた。
(まさか、こんなことになるなんて)
休日のティータイムにしては空気が重すぎる。流石の春菜もケーキを食べる手が止まっていた。
「なるほど、確かに世間話だ。ゴメンよハナザワさん。もう少し楽しい話をしよう」
「そんな顔するな、もう終わりだ。今日は折角のお前の休日だからな」
動揺している春菜を気遣ったのか、二人はふいに言葉を和らげた。
「お詫びと言ってはなんだけど、今試作中のケーキがあるから、食べてくれないかな」
アンドラスは人懐っこい笑顔で笑うと、奥の棚から新しいケーキを二人に差し出す。チョコレート生地の間に、何種類ものナッツやドライフルーツが挟まれている。
「あ、これってブラウニー。すごいこんなのまであるんだ」
「たくさん食べてね。うちのケーキはいくら食べても太らないって評判なんだ」
春菜は場の空気を和ませようと、出されたケーキを遠慮なく頂く。厨房の空気は寛ぎを取り戻し、オセとガブエルもいつの間にか姿を消していた。それからはサレオスとアンドラスが互いを探り合うようなこともなった。
春菜はお腹一杯にケーキを食べ、満足して店を出る。
「すっかりご馳走になっちゃいました。とってもおいしかったです。持ち帰りが出来ないのが残念」
「うちのケーキは日持ちがしなくてね。また食べたくなったらいつでもおいで……と、言いたいところだけど、それは君のお友達次第かな」
アンドラスの視線の先に、無言で佇むサレオスの姿があった。
「行くぞハルナ」
「そ、それじゃあ、失礼しますね」
「うん。あまり無茶はしないように。元気でね」
『無茶』とは何をさすのか、思い当たることが多くて分からない。サレオスはアンドラスと言葉を交わすこともなく、足早に立ち去る。
「気に入らんな」
小走りで追い付いた春菜の横で、サレオスは眉を寄せて独り言のように呟くと、それからは何事かを考える様に終始無言だった。
サレオスは時折後ろを振り返き、春菜が走らずに済むギリギリの速度で歩いている。さっきまでは周りを行く通行人に追い抜かれるくらいゆっくり歩いていたのに、今は何を急いでいるのか。
馬車預り所に辿り着くと早々に春菜の手を取り車に乗せ、目抜き通りへ城塞のある方へ向かって行く。
「帰る前に用事を済ませる。少し急がせるから捕まっていろ」
「はい、わかりました」
ルシテ島への橋を渡ると、先ほどとは打って変わり衛兵は即座に敬礼して道を開ける。しかし、サレオスはその前を通り過ぎずに、馬車の上から緊迫した様子で衛兵に命令を下し始める。
「いいか、ウェパル通りにあるミカルという店だ。髪を後ろで結わえた青い眼の店主と、背の高い使用人と坊主の老人。こちらは二人とも人間だ」
(え?今アンドラスさんのお店のこと言った?)
「急がせろ!」
命じると、衛兵の一人が城塞の中へと駆けこんで行く。辺りは急に慌ただしく人が行き来をし始める。春菜にもそれがアンドラスに対する、何かしらの命令を下したことは察しが付いた。
元々、軍に行方を追わせていた人物。手配するのは当たり前と言える。
「スマナイな。今日の休暇はこれで終わりだ。俺は政務のためここに留まる。帰りの馬車を用意させるから、それで帰れ」
サレオスは馬車を下りると、春菜に手を差し出した。その顔は朝からの和らいだ気配は失せ、いつもの精悍な魔王に戻っていた。
「あの、さっきのお店に……」
「旅行者といいながらまさか店を開いているとは。教会の掃除屋というのも嘘だったか。それはわからんが、あれだけ外連味なく話されては怪しむなと言う方が無理だ」
(確かに、お店を開いているのには驚いたけど……。軍に捕まるっていうことは、犯罪者として扱われるのかな)
庇い立てするつもりはなかったけれど、アンドラスが捕まるとしたらそれはサハリを助け、自分と関わってしまったせいのように思えて気が引ける。
「心配をするな。尋問して何も出なければ悪い様に扱わない。だが、おそらくそうはならんだろう。奴には俺と同じ匂いを感じる」
「同じ、匂い?」
「……」
サレオスは質問に答えず、穏やかな顔を作って和やかに語りける。
「もう、あの男のことは忘れろ」
春菜はその言葉に小さく頷いた。




