王都
城塞を出てから市中で馬車を預け、連れて行ってくれたのはデパートのような大きな店だった。入り口には係が立ち、近づくと慇懃に扉を開けてくれる。
店内は眼鏡や懐中時計、指輪やステッキといった宝飾品が区画に分けて陳列され、上等なスーツを着込んだ店員が接客をしている。
「凄いですねここ。なんか高そうな物がたくさん置いてある」
「眼鏡は贅沢品だからな。他にも貴族の男連中が好みそうな物を色々と置いてある」
「なるほどなるほど。で、眼鏡は……あ、あそこだ」
春菜は眼鏡が置かれた一角に足早に移動し、陳列品を眺めていく。その中に目当ての双眼鏡をに見つけた。
(思ってたよりずっと小さいな。これじゃあオペラグラスって言った方がいいか。アンドラスさんが持っていたような本格的な双眼鏡は見当たらないな。言ってたようにイスラでは普及してないのかな?)
見た感じはオペラグラスは金属製で、プラスチックを使用している形跡はない。
「すいません。この双眼鏡を見てもいいですか」
手に取って取って確認しようと、スーツを着た男の人に声をかけた。しかし、店員は春菜の顔をジッと見ると、返事をせずに顔をしかめてソッポを向いてしまう。
「あの、遠眼鏡って言うんですかね?」
再び声を掛けても反応を示さない。まさか聞こえていないわけでもないだろう。
(無視……されてる?一見のお客さんは相手にしないとか、そういう格式の高いお店なのかな)
老舗の店ではそんな所もあると話に聞いたことはあるけれど、まさか実際に遭遇するとは思っていなかった。
「おい、貴様」
どうしたものかと困惑していると、後ろで様子をみていサレオスが凍りつく視線を店員に向けて言い放つ。
「今のは何の真似だ。俺の連れ合いを侮辱する気か」
睨み付けられた店員は言葉を失い蒼白となった。サレオスの言葉は静かだったけれど、周囲の空気を凍りつかせる力を持っていた。
(連れ合いって!そんな大胆な!)
しかし、当の春菜と言えばそんな緊迫感もそっちのけ、『連れ合い』の持つ意味を拡大解釈して頬を赤らめる。
「お客様!当店員の不都合をご容赦ください」
たじろぎ硬直している店員にかわり、初老の男の人がサレオスの元に駆け付けた。
「責任者か?」
「左様でございます。お連れの方に対するご無礼を謝罪いたします。この者には後で教育してておきますので、どうかお気を悪くなされませんよう」
「わかった。お前の顔を立てよう」
サレオスは表情を和らげ、穏やかに応じた。今日の身なりは生地と仕立てはいいものの、普段と比べれば遥かにシンプル。パッと見では王族はもちろん、貴族にも見えない。にも拘わらず、一声で場の空気を支配してしまう威厳を体全体から滲み出ていた。
「その望遠鏡が気になるのか?」
「あ、うん。ちょっと材質を知りたくて」
「構わないか?」
「どうぞ、お手に取ってご確認ください」
許しを得て春菜はオペラグラスを手に取る。
(やっぱりプラスチックなんてどこにも使われてない。それどころか)
覗いても見ても大した倍率は得られない。その上、視界の周囲はぼんやりと霞んでいる。
「あの、もっと遠くが見える、望遠鏡が二つくっついたようなのはありませんか」
「それが当店で一番拡大の効く二眼望遠鏡です。それ以上の拡大ですと、単眼の望遠鏡をご使用いただく必要がございます」
「そうなんですか。例えば他国ではもっと倍率のいい物が使われてたりしますか」
「特注品となれば話は別でございますが、この大陸にある市販の物であれば、当店の品は何処に出しても負けないと自負しております」
「……そうですか、ありがとうございました」
「騒がせたな、この望遠鏡を貰って行こう」
春菜がその場を立ち去ると、サレオスは金貨を出してオペラグラスを購入した。
店の外に出ると、春菜はサレオスに謝る。
「ごめんなさい、余計なお金を使わせて。私、自分で出しますから」
「いらん気をつかうなよ。あの店でハルナがそこまでする義理は無い」
サレオスは懐からお金を出そうとする春菜を制止する。
「望遠鏡が欲しいのか?気に入った物がないなら作らせるぞ」
「狩猟地で会った男の人が手にしていた双眼鏡、いえ望遠鏡におかしな素材が使われているように見えたんです」
「まさか、森であった男のことを気にしていたのか?」
「うん。でも、この世界には私の探しているものは無いかもしれません」
「世界?随分と大きな話だな。どういう意味だ」
「実は――」
やはりイスラには双眼鏡は無かった。アンドラスがそれを手にしていたことと、使われているかもしれないプラスチックについて、春菜は今初めて口にする。
「なるほどね、ハルナの世界にあって、イスラではまだ見ぬ素材か。おもしろい話だな」
「もっと早く話した方がよかったですか?」
「ハッキリしてから話そうとか思っていたんだろ。男の怪しさが増した印象はあるが、それだけでは身元までは辿れないだろう」
「やっぱりそうですか?悪い人ではなさそうだったんですけど」
「知るか。そんな男のことはさっさと忘れろ」
サレオスはつまらなさそうに言い捨てる。
「そんな冷たい言い方しなくてもいいじゃないですか。……そういえば、さっきの店員さんはなんであんな態度だったんですか?私何か悪いことしましたかね?」
「おい、俺の言動でさっきの店員を思い出すな。あんな酷い態度はしてないだろ」
「じゃあ、教えてくださいよ」
「何が『じゃあ』だ。まあいい。さっきの店はな、魔人の貴族階級が利用する高級店だ。そういうのを相手にする店員には、自分まで偉いと勘違いする愚か者がいるもんだ」
「ああ、つまり私は平民の娘っ子と見下された?」
「お前の服装はどうみても平民には見えないぞ。どこに出したって恥ずかしくない」
「いやー、それほどでも」
普段の仕事着と変わらないけれど、サレオスは気に入ってくれているらしい。
「おい、照れるな。肝心なのはそこじゃないお前の目、瞳だ」
「あ、そうか!さっきの人は私を人間だと知って」
「そういうことだ」
人間と知られただけで歯牙にもかけられない。奴隷制が廃止されたサレオスの直領地でも、個人の差別意識まで消せないということか。これからそんな街を歩くのかと思うと、春菜の楽しかった気持ちに陰りさす。
「全部じゃあない」
「え?」
「魔人の全員がそんな奴ばかりじゃないと言ったんだ」
「そうですよね。。魔王城じゃ私をそんな風に扱う人なんていないもん」
「それに、今日はそんな目に合わせないためにも俺が護衛で付いているんだ」
「ははは、そうでした。すっかり失念してました」
「だから――」
サレオスは少し離れた位置に立つ春菜を、グイと引っ張り近寄せる。
「――俺の側から離れるな」
体が触れあいそうなほど、二人の距離が近づく。こんなに力強い味方が付いているのだから、心配する必要なんてなかった。
(……また、キュンってきた)
「せっかくだから少し歩くか。この通りは王都でも繁華な場所だからな」
「わっかりました」
春菜はサレオスに寄り添うようにして、買い物や観光で賑わう歩道を歩く。
(さっきからすれ違う女の人の視線)
若い子達がサレオスの姿を目で追っていく。
(魔王様ってことがバレてるのかと思ったけれど、だったらもっと大騒ぎになるよねえ?)
春菜は横を歩くサレオスを仰ぎ見る。
(間違いない。このイケメンに魔人女子が惹きつけられてる。その証拠に……)
女の人達はサレオスを見てから、春菜の容姿まで確認していくのだ。
(謁見式の再現?ゴメンナサイ、釣り合ってないことは承知してます!)
「どうした浮かない顔で。せっかくの休日だろ、王都を楽しめ」
「あ、ごめん。楽しんでるよ」
サレオスは周りからの視線なんて気にも留めていない。
(気を使わせちゃった。そうだ、周りからどう見られたっていんだ。私は今、休日でサレオスさんとデートしてるんだ。誰がなんて言おうとそうなんだ)
それから、春菜はこちらへ無遠慮に向けてられる視線に、にっこり微笑んで返してやった。そうすると彼女たちはムッとし他様子で視線を逸らしていった。
やがて通りは広場へと辿り着く。一角には天幕を張った見世物小屋や、回転ブランコやミニ観覧車といった大きな遊具が置かれた賑やかな場所があった。
「サレオスさんあれって」
「ああ、移動遊園地だな。王都には子供向けの娯楽施設が無いから、定期的に業者が回って来るんだ。行ってみるか?」
遊園地に足を運ぶと、大人から子供まで多くの人達が楽しそうに遊んでいた。
(こんなに沢山の子供達がいたんだ。街中では殆ど見ることなかったけど、どこかに隠れてでもいたのかな)
笑顔で父親に手を引かれる子、大きな綿菓子に夢中で齧り付く子、なにやら叱られて大泣きする子。日曜日の行楽地なら、どこでも当たり前に見られる光景だった。
「どうした。驚いたような顔をして」
「え?ああ、私この世界に来て子供を始めて見たような気がします。なんか、魔人の親子も人間と変わらないんだなあって思って」
「……そうか。お前の目にそう映るなら、魔人も人間も本質は変わらないということじゃないか。確かに王都は少々子供には冷たい環境だが、こんなのは国中どこででも見られる光景だ」
「そっか、そうですよね!これが当たり前の光景で、サレオスさんは当たり前のことが当たり前になるよう、魔王をやっているんですよね」
「まるで謎かけみたいだな。ガラにもなく難しいことを言って」
「ムゥ、酷いなあ。こう見えて私だって色々と考えてるんですよ?」
「それは悪いことを言った」
サレオスは口元を緩める。二人は遊園地にあるアトラクションをゆっくり見て回る。派手さはまるでない代わりに、懐かしいような親近感をあたえてくれる。
春菜は牛馬を動力に使って動く大きな回転ブランコを指差す。
「あ、私あれに乗ってみたいです!」
「そうか。じゃあ俺はここで見ていてやる」
「ん?サレオスさんは乗らないんですか?」
「俺があんなものに乗れるか。あれは子供の遊びだ」
「そんなことないですよ。大人だって乗ってます。ふふーん、さては怖いんですね?」
「わかりやすい挑発だな。お前にそのやり方は似合わないぞ」
春菜は口元を歪め、サレオスの真似のつもりで挑発してみた。けれど効果がまるで無く、しょんぼりと肩をすぼめる。サレオスは呆れた様に溜息を吐く。
「フーッ、やっぱり大して考えているようには見えないけどな。一緒に乗って欲しいならそう言えよ」
「一緒に乗ってください……」
とても敵わない。春菜は早々に敗北宣言をした。




