8月10日
氷上は独特な趣味嗜好を持っている、と思う。
普通八月の日本人と言ったら殆どが甲子園に感情が湧くと思われる。
多分興味がなくても自然と甲子園をテレヴィジョンで眺めていると思う。
ただ彼は一日から今日に至るまで、動画配信サイトの生配信を居間のモニター画面に映し出している。
映し出されているのはザルツブルク音楽祭。
夕方から深夜までモーツァルトモーツァルトモーツァルト。
多分朝まで放送されているのだろうけれど、当日の最終公演を見れずに彼は寝る。
何が楽しいのか分からないし彼に「モーツァルト好きなの?」と訊ねてみた所「いや全く」と否定する答えが返ってきた。意味が分からない。
ただ暑中見舞いの手紙の中にウィーンからの手紙があった。多分それが影響しているのだと思う。
怖くてそれは尋ねられない。
夕方藤の花の甚平着てる者が西瓜をおすそ分けに着た。
そして氷上は商店街で安売りしていた焼き鳥とハーゲンダッツを大量に買ってきた。
各々適当にそれらを摘まみながらフィガロの結婚を聞いている。
「なぜモーツァルト?」
河童ナイス! 今日だけ河童と言わないでおいてあげよう。あれでも私こいつの名前知らない、今度ウカミにあったら聞いてみよう。
「あそこでヴィオラ弾いているの親なんだ」画面を指差して氷上は答えた。
今日のハーゲンダッツはとても美味しく感じた。




