父親からの愛
テーブルについて休憩している雨音と夏日のもとへ深雪が麦茶の入ったポットを持って行くと、夏日が手を出してきた。
夏日の大きな手にポットを持たせて、深雪は自席に着こうとしたが、チャイムの音が鳴り響いたので、おろしかけた腰を再び浮かせた。
「出てくるね」
「荷物じゃない? ぼくも行くよ」
深雪に続いて、雨音も席を立つ。小走りで玄関へ向かい、ドアを開ける。玄関の向こうにいたのは、水色の制服を着た宅配便の配達員。大きな段ボールを二箱抱えた彼は深雪を見て浮かべた笑顔を、奥から顔を出した雨音を見て引っ込めた。同じ服を着た同じ顔の人物が出てきたので驚いたのだろう。深雪と雨音がふたりでいると、こういったふうに他者から変な反応をもらうことがよくある。雨音がいつも言う「深雪と一緒にいると目立つ」は、こういうことなのである。
動揺を表に出してしまって心なしか気まずそうにしている配達員から荷物を一箱ずつ受け取る。雨音に一旦預けて、配達員がこちらに背を向けたのを見届けてから扉を閉めると、いつの間にか、背後に夏日が立っていた。
「運ぶの手伝うか?」
「いい」
雨音は首を激しく振った。夏日がしょんぼりとした風体でこちらを見てくるので、深雪も苦笑いを浮かべながら左右に首を振る。
「いいよ。そんなに重くない」
「あ、これ深雪のだ。ここ置くね」
そう言って、雨音が床に段ボールを置いた。深雪は手に持っていた雨音宛ての荷物を彼の細い腕に持たせる。深雪から荷物を受け取った雨音は、軽やかな足取りで二階の自室へと続く階段を登って行った。
「なんかいーもん来たの? オトーサンからだろ」
夏日と同じ空間にいるにしては上機嫌な雨音の背中を見送って、夏日が深雪に声を掛けた。深雪は首を左右に振って返す。
「さあ。雨音、いつもこうだよ。僕は欲しいもの来たことないけど……」
そう言いながら、深雪は自分の胴よりも大きい段ボールに貼られたガムテープを剥がす。ガムテープと一緒に、ローマ字の書かれた宛名ラベルが剥がれた。送り主は夏日の推察通り、深雪と雨音の父親からだ。彼はもう長いこと海外に住んでいて、深雪も雨音も物心ついた後に彼に会った記憶がない。
中学生の子どもふたりを置いて家を出た母親といい、海外に出たきり顔も見せない父親といい、薄情な親たちである。けれど、定期的に荷物を送ってきたり顔を出しに来るだけまだましな方なのだろうと深雪は思うようにしている。肝心の子どもの方が、それを望んでいないとしても。
段ボールの蓋を開くと、中は多様な物がみっちりと詰められていた。ひとつずつ箱から出して床に置きながら、深雪は小物の名前を呼んでいく。
「服。服。服、ズボン。ゲームソフトと、何これ、写真立て? あとギターのコイルと、ボールペン」
よくわからない物品のチョイスだ。ギターの本体は随分と前に送られてきたので、コイルはそれに使えということだろう。雨音も深雪もギターに興味がなかったので、倉庫代わりにしている父親の部屋に仕舞い込んでそれきりになっている。
主が一度も入ったことのないその部屋には、ふたりの子供宛に送られてきた、使われることのない服や雑貨が段ボールごと積まれている。定期的に処分はしているが月末になると必ず大きな段ボールが二箱届くので追いつかず、部屋はいつも段ボールであふれている。
深雪が段ボールの中に適当に置いたゲームソフトを、夏日が手に取った。
「んぁこれ、おれやりたかったやつ!」
「そうなの? 今度やる? 多分機械もあるよ」
「いぇーい。でもおれ、今別のやつやってんだ。終わったらやらして」
小躍りする夏日を細い目で見て、深雪は段ボールの蓋を閉じた。ゲームソフトをテーブルの上に置いておくよう夏日に頼んで、段ボールを再び抱える。リビングの奥の廊下に向かって歩いていくと、深雪と同じく段ボールを抱えて降りてきた雨音と目が合った。
「何が入ってた?」
雨音に問うと、階段を降りきった雨音は足を止めて、まぶたの中で赤銅色の瞳をくるくると回した。んー、と呻いてから、口を開く。
「かわいいワンピースと、紐みたいなサンダルと、あとセクシーな下着」
「エロいやつ!?」
すかさず会話に食い込んできた夏日に視線をやって、雨音が彼の方へ向けて段ボールを突き出す。
「いる? ちゃんと履いてくれるならおまえにやるよ」
「いらねー」
夏日は渋い顔をして、首をぶんぶんと左右に振りながら差し出された段ボールを押しのけるような仕草を雨音に返した。
「あはは。おまえにはやらないよ。絶対エロいことに使うだろ」
珍しく、雨音が夏日に向けて大きな声をあげて笑った。夏日の表情が、変わる。深雪の胸の中に、ただれたぬかるみが生まれる。
「使わねーよ。下着なんかより中身のが大事だろ」
「語るな。きもいな」
「うるせー」
深雪が雨音に目をやると、いつの間にか、彼が笑ったままの目でこちらを見ていた。平静を装って、雨音に向けて笑顔を浮かべる。
雨音とふたりで、父親の部屋に段ボールを置きにいく。そろそろ処分をしようかなんて話しながらリビングへ戻ると、椅子に座ってスマートフォンをいじっていた夏日がふたりの方に顔を向けた。
「なー、春休みにじーちゃんち行くんだけど、みんなで行かねえ?」
そう言われて、深雪は表情を硬直させた。少しの間を置いて、首を横に振る。
「僕はいいよ。おまえのおじいちゃん怖いもん」
夏日の黒い瞳が、天井を仰ぐ。
「叱られてガチ泣きしてたよな。なんで怒られたんだっけ?」
真っ直ぐにこちらを見てくる夏日に、深雪は言い淀む仕草をした。見なくてもわかる。自分の背後で、雨音が笑っている。後ろの雨音を目で牽制して、深雪はゆっくりと口を開いた。
「山に連れてってもらったときに」「あっ、アレか! 縄の方に行ったからだろ!」
深雪がせっかく紡いだ言葉は、夏日の無遠慮な大声にかき消される。
「知らなかったんだよ。縄あるなんて思ってなかったし」
「なんかの曰くがあるんだって。じーちゃん信心深いからそういうのうるせーんだよな」
ぐねぐねと体を大袈裟に揺らして、夏日が言った。言葉を終えて、一拍の間。夏日の頭が上下に揺れた。
「雨音は?」
「ぼくもいかない。おまえとふたりとか無理」
ぴしゃりと跳ね除けられて、夏日は梅干しでも食べたみたいに口を窄めた。




