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原作で負けて壊れるはずのヒロインが、モブの俺に依存してきた  作者: 東海林


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9/12

9話

それから、さらに時間が過ぎた。

夏休みが近づいていた。

教室の窓から入ってくる風は、もうすっかり暑い。


「暑い……」


篠宮朔が机に突っ伏していた。


「まだ六月だぞ」


「六月だから暑いんだよ」


「意味分からない」


そんなくだらない会話を聞きながら、俺は窓の外を見ていた。

最近、体調が悪い。


以前よりも明らかに疲れやすくなった。

階段を上るだけで息が切れる。

朝、起きるのが辛い。

そして、血を吐くことも増えた。


それでも学校には来ていた。

冬月澪がいるから。

……いや。


別に、澪のためではない。

学校に来る理由があるだけだ。

そう思っていた。


「九條くん」


隣から声がした。


「ん?」


「今日も、帰りに……」


澪はそこで一度言葉を止めた。


「……家に行ってもいいですか?」


「いいよ」


俺は即答した。

澪は少しだけ嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます」


その笑顔を見て俺も少しだけ笑った。



放課後。

いつものように、俺たちは二人で歩いていた。

最近は、澪が俺の家に来ることが当たり前になっている。


最初は少しだけと言っていた。

でも、最近は。


「今日、泊まってもいいですか?」


と聞かれることもあった。

もちろん、泊めたことはない。


澪の家にも連絡が行くし、さすがに問題がある。


ただ俺の家に来ること自体は、もう珍しくなかった。


「……九條くん」


「ん?」


「私、迷惑ではありませんか?」


「何が?」


「こうやって、毎日のように来て」


「別に」


「本当に?」


「本当」


「……」


澪は少し黙った。


「九條くんは、いつもそう言いますね」


「何が?」


「大丈夫とか、別にとか」


「便利だから」


「便利……」


澪は少しだけ笑った。

でも、その笑顔はすぐに消えた。


「……私、九條くんのところに来すぎですよね」


「そうかな」


「はい」


「じゃあ、来なきゃいいんじゃない?」


冗談のつもりだった。

軽く言っただけだった。

けれど澪の足が止まった。


「……」


「冬月?」


「……そうですね」


澪は俯いた。


「そうした方がいいのかもしれません」


「え?」


「迷惑ですものね」


「いや、そういう意味じゃ」


「大丈夫です」


澪は笑った。

その笑顔を見て俺は、嫌な予感がした。


「冬月」


「大丈夫ですから」


また、その言葉だった。

俺が何度も使っていた言葉。

澪は俺に背を向けて歩き始めた。


「ちょっと待って」


「……」


「冬月」


俺は追いかけようとした。

その瞬間。


「……っ」


胸に痛みが走った。

視界が揺れる。

俺は壁に手をついた。


「九條くん?」


澪が振り返った。

俺はすぐに姿勢を戻す。


「大丈夫」


「……」


澪は、じっと俺を見ていた。


「今、苦しそうでした」


「ちょっと躓いただけ」


「嘘です」


「……」


「九條くんは、嘘が下手です」


澪はゆっくりと近づいてきた。


「私には、言ってください」


「何を?」


「苦しいなら、苦しいと言ってください」


俺は黙った。

澪は俺の前に立つ。


「私が迷惑なら、そう言ってください」


「迷惑じゃない」


「……本当に?」


「ああ」


「では、どうしてあんなことを言ったんですか?」


「……冗談」


「冗談でも、嫌です」


澪の声が少し震えていた。


「私が来ない方がいいなら、そう言ってください」


「だから、そういう意味じゃない」


「では……」


澪は俺の服の袖を掴んだ。


「私は、来てもいいんですか?」


「……」


「九條くんの家に」


「うん」


「明日も?」


「うん」


「明後日も?」


「……うん」


「その次も?」


俺は少しだけ笑った。


「好きにすれば」


澪は、ようやく少しだけ安心したように息を吐いた。


「……はい」


その手は、しばらく俺の袖を掴んだままだった。


家に着くと澪はいつものようにソファに座った。

俺は冷蔵庫から飲み物を出す。


「はい」


「ありがとうございます」


澪はペットボトルを受け取った。

そしてしばらくすると。


「……」


眠っていた。

俺は机に座り、課題をしていた。

ふと、後ろを見る。


澪は眠っている。

いつもと同じ。

でも今日は、少し違った。


澪は寝ながら。


「……九條くん」


と呟いた。


「ん?」


俺は振り返る。

もちろん、寝言だ。


「……ここに……」


澪は小さく眉を寄せた。


「……いて……」


俺は、しばらく動けなかった。

そして胸の奥が、酷く痛んだ。

病気の痛みとは違う。


もっと、嫌な痛みだった。


「……いるよ」


聞こえているはずがない。

それでも、俺は答えた。


「ここにいる」


澪は少しだけ表情を緩めた。

俺はその寝顔を見つめた。


俺が死んだらこの子はどうするのだろう。

この部屋に来ることもできない。


俺の隣で眠ることもできない。

俺にここにいてと言うこともできない。

そんなことを考えて俺は、初めて少しだけ怖くなった。


――俺が死んだ後。

澪は、どこに行くのだろう。


その時、スマホが震えた。

病院からの通知だった。


次回の診察日。

俺は画面を見つめる。

そしてもう一度、澪を見る。


「……」


俺は、いつまでここにいられるのだろう。

医者から言われた一年という時間。


それが、どんどん短くなっている。

でも澪は何も知らない。


俺がいなくなることも。

俺が毎日、薬を飲んでいることも。

血を吐いていることも全部。

俺は隠している。


「……冬月」


眠っている澪に向かって、俺は呟いた。


「俺がいなくなったら……」


そこまで言って、口を閉じた。

言えるわけがない。

そんなこと考えたくもない。

俺は、澪の頭にそっと手を置いた。


そして。


「……もう少しだけ、ここにいてやるよ」


そう呟いた。

その言葉は自分自身に向けたものだった。


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